7月23日 ふみの日。
7月は文月であり、23で文の日。
ふみを出す機会はめっきり減っていますが、たまにはふみを書いてみましょう。
Message in A Bottle
1979年リリース。
♪漂流して海の果ての島にたどり着いた
また今日も孤独な1日
僕以外誰もいない
誰しもが耐えられないであろう孤独
絶望に沈む前に救い出して
世界に助けを求めろ
SOSを叫べ
誰かきっと受け取ってくれるはず
誰かきっと受け取ってくれるはず
ボトルに入ったメッセージを
ボトルに入ったメッセージを
希望だけを頼りになんとか持ちこたえている
愛が人生を救うときもあれば
愛が心をこわすときもある
今朝目にした信じられない光景
数えきれないボトルが海岸に流れついていた
孤独なのは僕だけじゃないみたい
数えきれない漂流者たちが帰る場所を探し求めてる
世界に助けを求めろ
SOSを叫べ
助けを求めてSOSを叫んで
The Policeも孤独を感じてSOSしたくなるときがあるんだ。孤独なのは自分だけじゃないんだって少しなぐさめられる曲。
自分自身が孤独で助けてほしいって、メッセージボトルを流すしかないっていう状況の他に、反社会的なメッセージも感じる。
孤独に陥らせる世の中って、それを救おうとしない世の中って何なんだ!って。
前略
心が漂流しています。
心の居場所が、心地よくいられる場所がありません。
いつも不安で、心がへきえきしています。
これ以上傷つきたくありません。
これ以上漂流していたくありません。
安全で不安のない、心地よい場所に心を確保してください。 早々
いつも居るべき場所にいて、やるべきことをして、自宅ではリラックスして休日はお出かけして。
漂流なんかしていない!
冒険してるわけじゃないしするわけがない。
でも、気づかないうちに心が漂流していることがある。
傷つけられて迫害されて、虐げられて、嫉妬にそねみ、ねたみ、パワハラ、セクハラ、モラハラ....様々な危険にさらされて生活している。
まじめにやろうとしてやってるのに、知らないうちに足元をすくわれたりする。
怖いのは、自分は人を傷つけたり、虐げたり、パワハラ他様々なハラスメントなんかしていないと思って行動しているけれど、それが結果、人を傷つけて孤独にさせて、心を漂流させてしまっているという事実があること。
漂流したくてする人なんかいない。
漂流してしまうってことは、そうなるのにきちんとした原因が、事実があるから。
助けてほしい!
SOSって叫んでも、世の中って難しい。
相談できない案件もあるし、相談する人をまちがえてしまったりしたならば、自分が突如として悪者にされたり、さらにひどい被害を受けてしまったりもする。
ひどい原因、事実のある環境から逃げるか、耐えるか。
二者択一。
しかし漂流だからどこにも逃げようがない。
ただただ、好転するまで耐え続けるの?
耐えられなくて、自分自身で自分の存在を消すことだってあり得る。
何事もないような顔して過ごしてるから、もっと傷つけてもしいたげても大丈夫?
とんでもありません。
何事もないような顔していても、ひどく傷つき、漂流してしまっているケースは多々あります。
逃げられなくて、ずっと耐えていたならばどうなりますか?
想像したくありません。
誰も見ていなくてもやるべきことをして毎日傷に耐え、さらにしいたげられて、ずっと心が叫んでる。
誰も見ていないと思っていても、見ている人がいたりする。
また、きちんとした見る目のある人は、その人の様子でその人なりを理解してしまう。
だから、まじめにこつこつとやり続けてる。
けど、愛が人生をこわすときもある。
世の中にはHonesty...誠実なんて存在しないの?
そんな単語があるだけなの?
ならば自分も不誠実でいれば悩まない。
心が漂流しない。
でも、不誠実ができないから悩むんだ。心が漂流するんだ。
不誠実でいることがまかりとおって、誠実でいようとすれば傷つき、心が漂流する。
そんな世の中があっていいの?
おかしい! 狂ってる!
だからふみの日に、先に書いた手紙をボトルに入れて海に流してみる。
手紙が入ったボトルはどこに行き着くのかはわからない。
どうか気持ちを理解してくださる方の元へとたどり着きますように。
共感してくださって、救われますように。
愛が人生を救いますように。




