「嫉妬から悪口を言う」=「自分の心を隠し傷つける」
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(ゆう:脳内言語化・魅力発掘コーチ)
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好奇心旺盛、観察・分析が大好きな
HSS型HSPで、元人生迷子。
コーチングに出会い、
自分の個性を知り「ありたい私」に進化中
国際コーチ協会認定ポテンシャルコーチ
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前回は、
昨日は偏頭痛がひどい話と
今日お話しする
謙虚さと傲慢さ、
それについての心の動きについて
次回お話しすることの予告でした。
今回ですが、
先日YouTubeで見たお話についてです。
仏教説話という感じだったのですが、
詳しく見ると
どうも完全な説話とも言い切れないので
(chat GPTに相談しても
わからなかったので
私のリサーチ力の問題かもしれません。
誤解を生むのは避けたいので)
仏教説話とはお話せず、
お話の中のエッセンスだけ伝えます。
(引用元:心が汚い人が絶対に発する5つの言葉)
「嫉妬から悪口を言う=真実を隠す=自分の心も隠す」
というお話です。
以下はそのYouTubeのお話を
私がエッセンスをまとめたものです。
嘘をつく時(悪口を言う時)は
最初は平気でも、
そのたびに心が汚れ、
心に恨みがこもるようになる。
他人の幸せを見たときに、
自分の中にある満たされない感情が
顔を出す。
それを解決するために
悪口を言ってしまう。
___________
※ここは私の主観ですが、
無意識に嫉妬した時、
(ずるい!という気持ちが湧いた時)
「べき」や「当たり前」を使って
相手を悪く言うことで、
自分の気持ちを隠す。
そうすることで
悪口や非難することを正当化できるからだ。
___________
人が悪口や相手を非難するのは、
自分が優れていると
思いたくなるからである。
悪口を言う時は
確かに一時的には気が晴れるが、
じきに虚しくなる。
それは、
悪口は他人を傷つけているように
みえるが、
実は自分自身の心に傷をつけている。
過度の非難は、
心を荒ませ関係を壊す。
それはおごりという
心の動きから生まれる。
自分が正しいと思い込み、
他者を見下すことで
自分の価値を
保とうとすることである。
このような行動は
他人だけではなく、
自分自身も傷つけることになる。
他者を見下さなくても、
自分の価値を
保てるようにすれば良い。
そうなるためには、
まず自分自身に
慈悲の心を向けることが
大切である。
自分を受け入れ、
自分の心に
優しく接することができれば、
他人にも
同じように
接することができるように
なるからである。
貢献することは大切である。
自分自分に貢献することも
大切である。
それは自分の好きなことを
大切にするということである。
思いやりのある言葉は
心の絆を深める。
嫌味を言いたくなるときには
「足る」を知ることから始めよう。
それは今あるものに
感謝するということである。
例えば家族に感謝を伝え、
彼らの努力を認める言葉を語れば
彼らも次第に心を開くようになる」
といったお話です。
この話を見た時、
私自身がここ最近感じていたことは
ブッダも言ってたんだ!!と
嬉しくなったのですが
(その辺りが私の傲慢なのでしょう、
悟りを開いた超偉人と一緒、
煩悩まみれのちっぽけな
私が同じわけないのでw w w)
でも元がちょっと微妙だったのです。
ですが、紹介しようと思ったのは、
こうしてYouTubeに掲載され
いいねも確か1,200くらいとられた
ものだったので
多くの方の心にヒットしたのだと
思います。
特に嫌みを言いたくなる時の
お話などは、
コーチングで私が学んだことの通り。
それもあってご紹介しました。
感謝されたければ
まず相手に感謝を、なのです。
要は人には
「感情のスイッチ」があり、
「怒り」をぶつけると
相手の「怒り」スイッチを
押してしまうし、
「いつもありがとう!」と
先に相手の「感謝」スイッチを
押してしまえば
相手にも「感謝」スイッチが
入るということです。
それはさておき、
元々の嫉妬心からの悪口です。
わかりやすく言うと
戦中の「贅沢は敵だ!」とかの
隣組的な制度が
その人間心理をうまく使っていると
思うのです。
「自分は〇〇のために我慢しているのに
あいつだけズルい」
的な心理です。
そのあたりの人間心理に
気質もあり私は敏感なので、
建前を大切にする先生や
管理する側からは欺瞞を見抜くので
嫌われがちです。
そんな私ですが、
自分ごとになると気づけない
ことがわかりました。
今年の7月くらいから
その辺りのことに
ようやく気付けるように
なってきました。
自分は例外、
適用除外していたのです。
・・・傲慢ですよねぇ、
自分の気持ちはわかっていると
思っていたので。
もっとも薄々は気づいていたのですが、
認めたくなくて無視していた
と言った方が正確です。
ようやくそこに向き合おうと
思うようになると
見えてきました。
「可愛く優秀な女の子」が好きだった父
からの愛情に姉ほど恵まれず、
「自分に厳しく人には甘く」と
昭和の道徳的価値観の強い母と
「自分はまだまだ」が基本の
超ストイックな姉に囲まれて育ったため
「自分を褒める」ことが
育つ過程であり得ないこと、
やってはいけないことだと
どうも私は思うようになっていました。
ここにきて
私の中で傲慢さが顔を出す時は
どうやら大概
自分の中の「認めてほしい」が
あったのだと気づきました。
そこで最近、
自分に優しくする、認めるを
徹底するように
心がけています。
私の人生の師匠とも言える
姪っ子は「自分大好き!」です。
自分より可愛い子も、
優秀な子もいる、
社交的な子も色々いるけれど、
「私は可愛い!私サイコー!」なのです。
彼女はとても幸せそう。。。
(姉曰く、彼女は彼女なりな悩みも
あるそうですが、
基本ハッピーだそうです)
それをここ数日思い出しています。
「自分に厳しめな人こそ、
まず自分に優しくする」を
取り入れてみてくださいませ。
きっともっと生きやすくなると
思います。
お読みくださり、
ありがとうございました。
日曜日を除き、
発信していきたいと思っております。
