この前、スマホで見ていた
英語のサービス。
その日の夜、
もう一度開きました。
料金を見て、
口コミを読んで、
「初心者でも大丈夫」
というところも見ました。
これなら続くかな。
こっちの方が
私には合っているかな。
見ているうちに、
ちょっと申し込んでみようかな、
という気持ちになっていました。
申し込みのページまで進んで、
ボタンのところで
指が止まりました。
なぜか、
昔のことを
思い出したんです。
まだスマホで
何でも探すようになる前。
英会話スクールのパンフレットを
ダイニングテーブルに何冊か並べて、
月謝を比べて、
曜日を比べて、
初心者でも大丈夫かを見ていました。
こっちかな。
でも、こっちの方が
通いやすいかな。
あのときも私は、
「今度はこれなら」
と思っていました。
今はパンフレットじゃなくて
スマホになったけれど、
やっていることは
あまり変わっていない。
そう思ったら、
申し込みのボタンを
そのまま押せなくなりました。
別に、
今見ているサービスが
悪いわけではありません。
昔通ったスクールが
悪かったとも思いません。
家には、
前に買った英語の本も
まだ何冊か残っています。
ちゃんと最後までやっていたら、
違ったのかもしれません。
でも、
本のこと。
スクールのこと。
ほかにも試したもののこと。
一つずつ思い出していたら、
ふと、
これまで英語に、
いくら使ったんだろう。
と思いました。
ちょっと考えてみたけれど、
すぐには分かりませんでした。
それより、
もう一つ気になりました。
私は何年、
「今度はこれなら」を
繰り返しているんだろう。
本を買ったときも、
スクールを探したときも、
そのときは毎回、
ちゃんと理由があったんです。
今度は続けやすそう。
これなら初心者でも
大丈夫そう。
前のものより
私に合っていそう。
今度こそ。
でも、しばらくすると、
また次のものを
探していました。
それなら私は、
ずっと何を探していたんだろう。
そんなことを考えていたとき、
ある方が書いた
英語についての読みものを見つけました。
そこに、
「英語ができなかった」ことを
全部同じにしていませんか、
というようなことが
書かれていました。
最初は、
どういうことだろう、
と思いました。
でも読んでいるうちに、
昔のことが
いくつか浮かんできました。
あれは、
本当に知らなくて
言えなかったんだっけ。
あのときは、
知っていたのに
その場で出てこなかったんだっけ。
聞き取れなかったこともある。
人を前にしたら、
急に言葉が出てこなかったこともある。
そして、
買ったものを
続けられなかったこともある。
でも私は、
それを全部まとめて、
「やっぱり私、
英語ができないんだ」
にしていた気がします。
そして、できなかったら、
次の本。
次のスクール。
次の勉強法。
今なら、
次のサービス。
そこで、また
スマホの画面を見ました。
さっきの申し込みページが
まだ開いたままでした。
でも、
今度は少し違って見えました。
できなかったことが
毎回同じじゃなかったのなら、
次に探すものも、
毎回同じでよかったんだろうか。
結局、
その日は申し込まずに
ページを閉じました。
英語をやめようと
思ったわけではありません。
もう教材なんていらない、
と思ったわけでもありません。
ただ、
次を探す前に、
「前は、何ができなかったんだっけ」
と一度考えてみても
いいのかもしれない。
まだ、それくらいです。
私が読んだもの、
ここに置いておきます。
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