私が、エル・エリアのブログに、美容関連の記事として、
旬の食材や気になった食材の栄養素や食べることによって得られる効果を書いているのには、
(私にとって)深い理由が存在しています![]()
そこで、本日のブログでは、それらを書いている時の私の想いをお話してゆきたいと思います。
生活とは基本的に、命をつなぎ活動することであり、また生きながらえるために行う様々な活動である。 人は生き続けるためには、少なくとも、何らかの栄養を取らなければならず、身体に何かをまとうことで体温を保つ必要があり、また野の雨や風をしのげる場所で眠りをとることを必要とする。つまり食べること、着ること、住まうことである。日本では、そうした生活の基本を漢字で簡潔に表現しようとする時は「衣食住」(いしょくじゅう)などと表現する。
人類の歴史を俯瞰して見ると、実は、人類はその歴史の90%以上、野外での生活をして生きてきた。狩りをしたり木の実などを採りま漁をし、動物の皮を身にまとい、洞穴や樹木の陰で雨風をしのぎ眠り、新たな獲物を求めて移動を繰り返してきた。人類は自然界に生きている動物や植物を食糧とし、またそれをほとんどそのまま衣類として用い、自然の地形や樹木等をそのまま活かして眠る場所を確保し、そのように生活してきたのである。そうした一連の行為は、近・現代人が考えるような「苦しみに満ちたもの」というよりは、大自然の生命力を讃えたり、その恵みに感謝したりする行為であった。
その後、人類の中に農耕をする者が現れると、農耕人(民族)たちは(その性質上)土地を占有するようになり、狩猟人(民族)たちを排除しようと暴力をふるってきた歴史がある、と指摘している学者が幾人もいる。また農耕がおこなわれるようになって、他の者が栽培・収穫したものを奪って自分のものにしてしまう者も現れるようになり、それによっても貧富の差が広がりはじめた、と指摘している歴史学者も多い。貨幣の使用も、さらに貧富の格差をもたらしたという。
また、命をつなげることが当たり前のように可能になることが増えるにつれて、ただ生きながらえるだけ、ではなく、同じ生きながらえるにしてもその「生」の内容、「生」の質も問われることが増えるようになり、「クオリティ・オブ・ライフ (Quality of Life)」という用語でそれが言いあらわされるようになった。
ただし、近年でも基本的に、生き延びるためにあまり必要ではないような行為・要素、例えば極端に贅沢な行為などは「生活」とは呼ばれていない。
私たちが、中庸(片寄らず穏やか)の状態で、
「生(命・生の質)」を全うし、幸せに存在する方法は、いつでも身近に存在している、
と私は考えています。
命をつなぎ、生きながらえるために行う様々な活動=『生活』。
私たちの「食」するものによって、私たちの「命」を繋いでいるのであれば、
私たちは「食」ついてもっと興味を持ち、安全性や栄養面など様々な側面から理解し、
選び続けることによって、個人の、または全体の、「生の質」を変化させてゆくことが出来るのです。
「食」を通して、私たちの身体(ミクロコスモス)を整えれば、
宇宙(マクロコスモス)にも良い影響が響き渡ります。
だから私は、料理を楽しんでしている主婦の方にもっとその楽しさや、大切にしていることを、
ブログなどを通してシェアして欲しいなぁと思っています。
それがどんなに素晴らしく楽しいことなのか・・・
誰かに説得するのではなく、まずは私から始めようと思い、
私は、エル・エリアのブログに、美容関連の記事として、旬の食材や気になった食材の栄養素や食べることによって得られる効果を書いています。
これからも書きますよ![]()
![]()
だから、皆様も是非、「命」を繋げる為に「食」について書いてみましょう。

