アボリジニの考えはシンプルで温かいです。
人間は土から生まれ土に戻る。
人間には与えられた役割があり、人間は全て必要な存在だ。
私がワイルドフラワーエッセンスセラピーと出会うきっかけとなったのは、
アボリジニの伝統的ヒーリング儀式である「ピットヒーリング」でした。
オーストラリアを旅行する際に、何か現地のヒーリングを受けてこようと検索していたところ、
「ピットヒーリング」という儀式があることを知りました。
残念ながら、私の旅行期間と、ピットヒーリングの開催時期が異なっていたため、
それを体験することは出来ませんでしたが、
ピットヒーリングの主催者である「バスデバ博士」が、
オーストラリア政府認定セラピスト養成機関であるナチュロパス(自然療法士)の学校を開かれていることを知り、それを辿ってゆくと、私にもそれを学ぶチャンスがあるということがわかったのです。
私は、約4ヶ月という期間で、
「ベーシックコース」「アドバンスコース」「カウンセリングコース」「ティーチャーコース」を一気に学び、
セラピスト資格&長野県でワイルドフラワーエッセンスセラピーをお伝えすることの出来る資格も取得し、現在に至っています。
そこで、本日のブログでは、
私が、このセラピーを行うきっかけとなった『ピットヒーリング』について、
皆様にご紹介してゆきたいと思います![]()
数年前に亡くなられた、バスデバ博士の友人である元アボリジニ族長老「ナンジャン」は、
小さい頃、難病に侵された事がありました。
昨日のブログでご紹介しました通り、
かつてオーストラリア政府によって行われた人種隔離政策的な性質を持つ保護政策、
(アボリジニ人種の親権、そして、アイデンティティを無視して奪い、
白人指導のもと、文化的な生活を出来るように教育するという制度)
により、彼は小さい頃、白人によって両親から引き離され、
シスターケイト孤児院で生活していました。
彼は、そこで、小児麻痺を発症し、手足の自由が利かなくなってしまいます。
医師に診せても一生車椅子の生活と言われ、
「このまま、ここに居たとしても、この子供はどうせ死ぬだろう・・・」
と半ば見放された状態で孤児院で過ごしていたところを、その当時の長老が連れ出して、
アボリジニ族に古来より伝えられている『ピットヒーリング』という儀式を行いました。
ピットヒーリングというのは、
汚染されていない土地に穴を掘り石炭を並べ土をかけ、
その上に特別に選んだ生きた花を敷き詰め、さらにその上に水を吹きかけます。
この中に、人が横たわり、カンガルー皮や木の皮を被せます。
穴に入る人は浸透効果をもつ、
フラワーエッセンスを体内に取り込むための媒体である
『神聖な土地の粘土(泥)』を塗り穴に入ります。
癒しの儀式は葬儀のように行われ、
その人が穴に連れて行かれるとき周りの人はその人の為に悲しみ嘆き、
詠唱し、人により入っている時間は違いますが、数時間から数日にも及ぶ事もあります。
この癒しの儀式を受けた人は以前に持っていた問題、心的状態にはなく、
過去を水に流した人=『新しい人』とみなされます。
例えば、精神的に、弱虫だったり、乱暴だったり、落ち込んでいた人も、
肉体的に、弱いと思われていた人はもはやそのような状態ではなく、
過去を水に流した新しい部族の一員としてまた受け入れられるのです。
彼はこのピットヒーリングに一昼夜入り、
出てくる時には曲がっていた足が真っ直ぐに伸び、自分自身の足で出てこれる程
回復していたそうです。
この話は症例として、
オーストラリアのプリンス・マーガレット病院の当時の新聞に残っています。
※ピットヒーリングは、アボリジニの部族によって手法が異なります。
※上記の方法で、アボリジニ族から正式なピットヒーリングを受けた最後の者となったのが『ナンジャン』であったと言われています。
やがて、大人へと成長した『ナンジャン』さんと、
ワイルドフラワーエッセンスセラピーの創始者である『バスデバ博士』は出逢います。
そして、バスデバ博士は、彼が研究し、世に発表しようとしていた彼の辿り着いた
『花の治癒特性』や『そこから辿り着く深い叡智』が、
何万年もの間、アボリジニに伝承されてきた『花の治癒特性』や『そこから辿り着く深い叡智』と、
完全に一致していることを知る(証明する)機会を得たのです。
その後、彼らは互いに協力しあい、ピットヒーリングを受けたいと願う全ての人種に、
分け隔てなくその手法を体験出来るように努めてきました。
『ナンジャン』さんが亡くなられて以降、ピットヒーリングの開催は見合わせておりますが、
ワイルドフラワーに触れる旅などの企画は現在も行われています。

