私は、どうしようか迷っていた。
どの選択が最善なのか。

***

北海道の冬は厳しい。

1月半ばと言えば、一年の中で最も寒さ厳しい時期だ。いつ大雪が降るかなんぞ、予測が立たない。

まさにその日は、想像もつかないような猛吹雪。
いつもなら30分程度で着く娘の家まで2時間もかかった。2時間と言えば、羽田から新千歳空港まで飛んでもお釣りがくるような時間だ。
それを、たった9キロの道のりを車で2時間!

ニ車線ある道路が大雪のために一車線になっているのも原因のひとつであろう。対向車とすれ違うことさえままならない。
信号が青なのにもかかわらず、びくとも動かない車列。どこで、何が原因でこの渋滞が起きているのか。首を長く伸ばして前方を眺めるも、それを確める術もない。ただそこには"進まない"という現実があるだけ。
左から右へ、ごうごうと流れる雪の筋。
いつ止むとも知れぬ夜の空。

やっと娘を乗せて発車すると、助手席の主人から叫ぶような大声が飛んできた。
「グッとスピード出せ。じゃないと埋まるぞ!」
娘の住むこの地域は、中心部よりもはるかに雪の量が多い。

右折して大きい道に出ようとすると、ほんの2〜3メートル先でワンボックスカーが雪に埋まり立ち往生している。私は、主人の言っている意味をようやく理解し、アクセルを踏みながら深い雪道を脱出した。

まもなく私達は高速道路に入った。
今日は高速道路でさえ、除雪がままならないようだ。
さすがに轍(わだち)はないものの、ところどころ"そろばん道路"になっていて、ハンドルをしっかり握っていないと弾き飛ばされそうになる。わずか4〜50キロのスピードしか出せないが、それでも止まらずに進めること自体がありがたい。

前のめりの姿勢のままハンドルを握っていると、左前方にひっくり返っている白い車が見えた。スリップしたのか雪にハンドルを取られたのか。
次は我が身…とハンドルを握る手にも力がこもる。

前方に現れた電光掲示板。
そこには「ここで出よ ユキ通行止め」という表示。まさか、この先には進めないってこと?
しかし、前方を走る車たちはインターチェンジを通り越しまっすぐ進む。私も彼等の後に続く。

反対車線は、すでに通行止めになっているらしく、除雪車が忙しく除雪作業をしていた。

「ここで出よ ユキ通行止め」の表示は、このあと3度ほど見たが、どうにか目的のインターチェンジで降りることができた。
ネット情報によると、今走っていた区間はすでに通行止めになっている。あと数分遅かったら高速にすら乗れなかっただろう。

ようやく自宅へ着き、ベッドに潜り込んだのはAM2:00近く。私は3時間ほど眠り朝を迎えた。

翌日も朝早く家をでなければならなかった。
目的地へのタイムリミットはAM10:00。

そこで、私は大きな選択を迫られる。

その前に説明を加えておこう。
私は、車に乗ると眠くなるという体質を持っている。それは、助手席でも運転席でも変わらない。
もう一つの特徴として、コーヒーを飲むと尿意をもよおすということだ。

この日の私の睡眠時間は3時間。
ただでさえ睡眠不足なのに、この状態で運転をしても眠くはならないのだろうか。
いや、答えは言わずもがな。
眠気を感じながらの運転は自殺行為だ。

ー眠気か尿意かー

私は究極の選択に迫られた。
究極の選択というにはあまりに大袈裟な話かもしれない。尿意をもよおせば、コンビニのトイレを使わせてもらえばいい話だ。
私は意を決して、カップになみなみ注がれたブラックコーヒーを、まだ眠気の覚めやらぬ身体に流し込んだ。

さぁ、いよいよ出発!

緊張感をもって運転しているためか、コーヒーの効果が発揮されたためか、まったく眠気は感じない。やはり、私の究極の選択は正しかった。

車は順調に進んでいる。
しかし、どうやら慎重すぎる運転のためタイムリミットの10:00に間に合うかどうか怪しくなってきた。
「高速に乗ろう」
助手席の主人が、焦る気持ちを抑えるような口調で呟いた。たしかに、その方が安全だ。
次の交差点を左折すればインターチェンジ入口に続く。

しかし。

ついにきてしまった。

こんな時に、来てほしくはなかった。

私の尿意!

「お父さん…トイレに行きたい…いや、高速降りるまで我慢しようかな…」
そう呟く私に、
「もう一本先の交差点を左折しても高速に入れるから。途中のコンビニに寄ろう」
私はホッと胸をなでおろした。
このまま高速を降りるまで私の膀胱が耐えられる気がしなかったからだ。

もうすぐ放出できるとわかった時点で、さらに強まる尿意。待ちに待った次の交差点を左折すると、そこには目を疑うような景色が繰り広げられていた。

大渋滞!!

さっき左折するはずだった道路よりも、だいぶ道幅が狭い。感覚的には1ミリずつしか動かない感覚。目的のコンビニは、7〜8m先。それも右側!!そのコンビニのある交差点の角には、大型バスが止まったまま動かない。ジリジリと進みながら、ようやくコンビニへ到着。無事、用を足した私は再び運転席へ。

しかし、この渋滞の列に戻ることは賢明ではないと判断した私達は、次のインターチェンジから乗ることに。

ところが国道へ戻ろうとするも、車1台しか通れない脇道。右折がダメなら左折か…しかし左折の先には除雪車。
あぁ、こんなことなら、尿意を我慢してさっさと高速に乗ればよかった。
いや、そもそも、朝コーヒーなど飲むべきではなかったんだ。私の究極の選択は、やはり間違っていたんだ…。そんなことか脳裏をかすめる。

しかし、今はこんなことを言っている場合ではない。とにかく進まなければ!!

細い脇道との悪戦苦闘を経て、ようやく国道へ。
こんな大雪の時は、決して脇道を通ってはならぬ。
「急がば回れ」の言葉が見に沁みる。

タイムリミットが刻々と近づいてくる。
目的地の病院まで、あと少し。
頑張れ!頑張るんだ私!!

あの角を曲がれば、左手はすぐ病院。
無事に正面玄関で主人を下ろす。
時刻は9:57。
ピッタリ間に合った。

私の究極の選択は…正しかったのだ。