radhe radhe✨🌿🎶
お久しぶりになりました。
9月ももう下旬です。1日24時間、平等に与えられた時間ですが、誰も、まさか明日自分が死ぬとは思わないから、なんとなーーーーく過ごしちゃいますよね(少なくとも私はそうでございます)
時間という概念をもう一度考えて、有意義なprodcutiveな日々を過ごしたいものです。
さてさて、今回は私の個人的な記憶のために書き留めておきたいことがあります。
それはですね、
わたし、
実は、、、、
お肉を食べなくなって半年以上が経ちました。
え?
ダイエット?
でた!
ミーハー
あーー、
ビーガンね。
へーー、
なんで?
いろいろ返答があると思いますが、きっかけは、なんとなくです。
私がお肉を食べなくなる少し前から、母はすでに食べなくなっていましたが、どちらかと言うと
肉食べないで何をメインディッシュに?????
的な感じで、少なくともわたしには無理だなあああなんて思っていました。
しかしながら、世界の文化やヨガ、その他いろいろ興味がある私ですから、いつものようにインスタをいじって、なんとなくたどり着いた方の投稿が素敵で拝見していたら、その方はビーガンだったんですね。そして、何本かビーガンに関する映画を紹介されていました。
わたし、映画が大好きなので、Netflixと HuluとAmazonビデオを駆使して日々見漁っている系人間なので、
お!これネトフリで見れるじゃん!みーーーよっぺーーー!と思い、そのドキュメンタリーを見始めました。
そしたら、
わあお!わあお!わあああああお!
って思ったんですね。世の中にはこうも知らないことがあるのかーーーーと。無知の知でした。
様々なデータや検証結果、実際にあった例などから、なんかいろいろ
そっかーー。
と思ってしまい、なんとなく
やーーーーめよ!
って思ってのが発端でございます。
なので、
極度な動物愛護や、極度な健康思想、極度な環境保護活動家
などでは決してありませぬ
たまたま、私は何となくお肉食べない系人間になったパターンですけど、世の中には様々な理由や考えから食べたい方々も沢山います。
そして、一重にビーガンと言ってもこれもまた様々なのですよね。
もう全く動物性のものは食べずに、革の衣服や靴など「物」も取り入れない完全主義の方もいれば、ペスカタリアンのように、牛乳やお魚はいただきますわあ!っていう方もいるし、食事としてはいただけませんが、昔買ったレザーのジャケットは捨てられませぬー!っていう方もいます。
アレルギーだからそもそもむっりっ!という方や、宗教上これはちょっと〜💦みたいな方もいますよね。
つまり、私がここで感じて大事にしたいのは、全てにおいて多様であるということです。
一人一人、顔も性格も生い立ちも爪の形も全て違うのですから、何かある物事に対しての捉え方も取り入れ方も違って当然なのだと思います。
ある事象に対して、異様なほど極端に反応する人もいれば、瞬きしてる間に忘れちゃった😝みたいな人もいます。
とにかく、どっちが「良い悪い」といった二面性で判断するのではなくて、それぞれの意見を少なくとも
まず尊重するべきなのではないかなと、思うのです。
そんな、お肉食べないでプロテインどうするのよ〜!趣味筋トレで、逆三角形の上半身目指してるんだけど・・
みたいな人は、
お肉=プロテイン摂取
が既に脳内にあるから
お肉摂らない=プロテイン0
というふうに必然的に思ってしまうわけですが、しかし必ずしもそうではない!ということです。必要な量はそれ以外の食事で十分摂れますし、実際にムキムキマッチョのビーガンスポーツ選手もいるそうですよ🎶
固定概念ほど視野を狭くし、限りなく無知に近づけるものはない気がします。
環境の面や、健康面、その他ヴェーダの知識の面からなど、動物性のものは意図的に摂らないという選択をしている人が世の中にはいます。
そして、ただ知らなくて、気づいたら食べてたから食べている人もいれば、普通に大好物だから食べる人もいます。
本音を言うと、食べない方がいい。というのが私の観点です。
理由はカルマを積むから。
これは、ビーガンやベジタリアンの中でもあまりない方の理由だと思うので詳しい話はまたいつか
いま、いろんなところでデモや、デモ行進や乱闘、誹謗中傷等、が起きていますよね。
その全てが悪いとも言いませんが、良いとも言えません。なぜならとても排他的で、ラジャスティックだから。
排他し続けてはなにも得られないし、強制し続ければそこに愛はありません。
私たちは、やっぱりもっと愛を持って生きるべきです。
radhe radhe✨🎶🌿