らいよんチャンネル

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つれづれなるままに・・・
備忘録的なブログです。
子宮筋腫のこと、旅のこと・・・思いついたことを思いついたままに、書いてます。

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今の上司(K)は、昨年4月に私の職場へ異動してきた。

正確には、2年ほど前に異動になって、出戻ってきたというべきだろう。

 

毒舌家で有名。

ただ、仕事はとてもよくできる人だった。
誰とでも仲良く話はするが、デリカシーがなく、相手のことを考えずに毒を吐くので、嫌っている人も多かった。

特に女性からは嫌われていた。

Kが、異動してくることがわかった時、女性の先輩たちからは「大丈夫か」とずいぶん心配された。

それまで、Kと立ち話をしたりする機会もあり、仕事の相談をした時も、親切に接してくれていたので、私には苦手意識はなかった。

むしろ、いろいろ教えてもらえてラッキーぐらいに思っていた。

 

ところが、Kが来て10日ほどで、私の甘い考えは覆された。

4月の新年度ということもあり、大量の書類を処理しないといけない時期と、3月までの整理をする時期とが重なってしまった。

私なりに優先順位をつけて、片付けていたつもりだったが、「これは、まだか」、「あれは、できたか」と聞かれる。

私は、いつもと同じ調子で「まだです」とヘラヘラ笑ってしまった。

その時、大きな雷が落ちた。

「早くしろって言ってあっただろ!時間がないんだ!今まで何やってたんだ!」いきなり怒鳴り散らされた。

 

雷は、その1回では済まず、1ケ月おきぐらいにKは怒鳴り散らした。
ある時は、取引先の営業の女の子。
ある時は、別の職場から書類を届けにきた後輩。
 
9月のある日のこと。
私が作った計算書を見てもらっている時のことだった。
積算根拠が甘いと怒り出した。
さすがに、私もその時は、反論した。
当然、結果は、火に油を注いだ私の負け。
怒鳴る勢いは収まるどころか、Kの怒りは頂点に達し、隣の事務室まで聞こえていたらしい。
隣室から、慌てて先輩が飛び出してきて、何があったんだとKに聞く。
何を言われているのかも、わからなくなっていた。
私は、悔しくて涙が止まらなかった。
職場で泣くなんて、若い子でもあるまいし、恥ずかしかった。
でも、悔しさが上回っていた。
「泣いても、解決しないんだ!」先輩の前でも怒鳴り散らす。
「今まで、どんな仕事をしてきたんだ。そんないい加減な仕事で、よくやってこれたな」
「まぁまぁ、ちょっとクールダウンしなよ。大きな声出しても解決しないって」先輩にたしなめられて、Kは少し声のトーンを落とす。
それを見て先輩が自分の事務室に戻っても、Kの怒りは収まらない。
とにかく、私が計算書を精査することで話は終わった。
帰り際に、「今日は、あんなに怒って、すまなかった。明日も頑張ってほしい」と言われた。
タイミングよくパートナーから電話が鳴って、思わず号泣してしまった。
それまで、仕事ではよくあることだよなんて、本気で取り合ってくれていなかったが、さすがにもうダメだとわかってくれた。
 
今まで、仕事のことで、ここまで上司に怒られたことはない。
自分で言うのもおかしな話だが、それなりに評価は受けてきたつもりだった。
全否定された気分になった。
それまでのこともあり、Kが怒り出した時にはボイスレコーダーをセットするよう周りから忠告されていた。
でも、それもできないタイミングでブチギレる。
結局、この日も録音はできなかった。
 
翌日、人事課の課長のもとを訪ねて、一部始終を話した。
課長は、Kに関しては以前からそういうウワサがあり、困っていると言った。
Kの言っていることは、確かに正しいところもある。
ただ、それを怒鳴り散らして解決するのは間違っていると思う。
相手を罵倒して、ねじ伏せて自分の思いどおりにコントロールするやり方は、管理職としてどうなんだろう。
上司として、教えてもらいたいこともあるし、仕事の相談をした時には、本当に丁寧に教えてもくれる。
私も、まだまだ学びたいことがある。
でも、怒鳴り散らすのだけは、どうしてもガマンできないと伝えた。
課長は、異動を希望するのかと聞いてきた。
正直なところ、たった2年で今の職場を離れるのは、Kから逃げ出すみたいで私の本意ではない。
だからといって、どうすればいいのか、Kさえいなくなればいいのか・・・
「私も期待に応えられるよう、努力はします。でも、少し時間をください。少し様子を見て、また報告させてください」とお願いした。
「4月の人事異動の時には、考慮する」と人事課長は約束してくれた。
 
その後、同じ職場の元上司で、定年退職後に契約社員になったおじさまにも相談しておいた。
Kが私に怒鳴り散らしている現場を何度か目撃しているからだ。
「私は、どうすれば、今の職場で楽しく仕事ができるのかわかりません」
実際のところ、おじさまは私が怒鳴られている場面でも助けてくれたことはなかった。
見て見ぬふりをしていたのだ。
でも、Kのことを一番よくわかっている人でもあった。
「彼が、君に期待をしていることは伝わってるよね。そこは理解してやってほしいんだ。一度、お酒でも飲みながら、全部吐き出してみてもいいんじゃないか」
おじさまは、まったくお酒を飲めないのに、そんなことを言い出した。
私が期待していた答えとは違っていた。
でも、おじさまはこっそりKに話してくれたようで、それ以来、Kは怒らなくなった。
 
これで、すべてが終わったわけではない。
怒らないのは、単に私がKに怒られないよう仕事をしているからだ。
Kに言われそうなことを先にやっておく。
日中に時間がないのなら、一人で休みの日に出勤している。
それは、本当の解決ではない。
感情のままに人に怒鳴っていいことなんて、あるはずがない。
あとになって謝られても、怒鳴られた人は許せるはずがない。
たとえ自分に非があったとしてもだ。
 
今でも、いつ怒鳴られるのか、ヒヤヒヤしてKの顔色をうかがっている自分が情けない。
もっと仕事のスキルを上げれば済むことなのか。
それとも、今の職場から異動することが正解なのか。
まだ答えは見つかっていない。

翌日から友人との九州旅行をひかえていた。

毎年、夏に旅行に出かけていたが、今年は私の入院があって、延期になっていた。

療養も兼ねて、温泉に行こう!という企画をしてくれた。

旅行前に会いたいと、パートナーがやってきた。

 

その日は、仕事の代休で、午後から休みをもらっていた。

会社でもらったチラシに、簡単にできるパウンドケーキのレシピが書いてあったので、挑戦してみた。

お腹を空かせて帰ってくるパートナーに食べてもらおうと。

レシピより時間はかかってしまったが、我ながら上手に焼けた。

これなら、明日、朝ご飯代わりに飛行機の中でも食べられるし、友人にも分けてあげられるような出来栄え。
パートナーも、美味しいと言って食べてくれた。

 

その後・・・

 

Y先生からの許可も出ていたので、ベッドイン!

 

もう安心だよね。

本当に大丈夫か?そんなやり取りをしながら・・・

 

ん?痛い・・・

なんか、すごく痛いんですけど・・・

下腹部の痛みがすごい。

見るとうっすら出血している。

 

大丈夫か?やっぱりダメ?

しばらく横になってたら、治まるよ。

 

頭の中で、いろんなことを考えてみるけど、痛みが治まる気配はない。

「ちょっとトイレ行ってみる」

ガスが溜まったような、便秘しているような・・・

トイレに行くと楽になるかも・・・

 

しばらくトイレに座っていたが、今度は吐き気がしてきた。

下着を上げて、便座も上げて、座り込んだ。

さっき食べたばかりのパウンドケーキを全部吐いてしまった。

音を聞いて、パートナーがトイレに駆け込んできた。

「何?どうした?吐いたの?」

今度は、キッチンへ行って、水を持ってきてくれた。

吐いたら、少し楽になったような気がする。

ソファで横になって、パートナーが背中をさすってくれる。

このままだとパートナーの帰る電車がなくなってしまう。

 

パートナーを見送ることもできず、そのままベッドに横になった。

とりあえず、お風呂で温めてみようと思い、お風呂を沸かした。

湯船に浸かっても、痛みに変化なし。

 

前に痛くなった時と、痛みの種類は似ている。

立っていても、座っていても、仰向けに寝ても、横向きに寝ても、痛みは変わらない。

救急車呼ぶ?そんなことまで考えてしまった。
明日は、4時には起きて、空港へ向かわなければいけない。
起きれるのか?いや、その前に眠れるのか?
こんな時に限って、痛み止めも切らしている。
とにかく、飛行機の中で寝ればいい・・・そんなことを思いながら、ベッドに横たわるしかなかった。
 
そのまま2~3時間は眠れただろうか。
4時には目が覚めていた。
痛みは変わっていない。
とにかく、友人が待っている空港へ行かなければ。
パウンドケーキを食べる気力もない。
最悪の事態を想定して、旅先で救急病院に行ってもいい。
 
2泊3日の旅行の間も、シクシクとお腹は痛み続けた。
結局、痛みが完全になくなるまで1週間近くかかった。
いまだにはっきりした原因はわからないが、以前、同じような腹痛で救急車で運ばれた経験がある友人に相談したら、症状がまったく同じだった。
彼女も、腹腔鏡手術で子宮全摘の経験者で、彼女の場合は、癒着もあるらしい。
腸が動いて、子宮のあったところにガスが溜まったり、便が通過するときに痛みが出るらしく、私と同じように吐くほどの痛みがあったと言う。
今までに2~3回入院して、MRIもCTもエコーも問題ないが、血液検査で炎症反応が出ていると言われたと。
抗生物質の点滴をしながら、痛みが治まるのを待つだけ。
痛み止めもまったく効かないと言っていた。
この5年ほどは入院するような痛みはないとのことだが、欠かさず整腸剤とお腹を温める漢方薬を飲んでいる。
彼女は、「誰にも理解してもらえなかったけど、やっと見つかった」と笑っていた。
私も、そうなのかな・・・
 
でも、セックスしたら、痛くなった・・・とは彼女が、いくら友だちでも言えなかった。
 
これを書いている今も、シクシクとお腹が痛んでいる。
どうも、冷えるとよくないような気がする。
 
子宮筋腫が原因で、生理痛、過多月経になったから、子宮を全摘した。
それで、何もかもクリアされるということでもないと、最近気づいた。

手術から2回目の外来受診。

嫌なお腹の痛みもなく、快適に過ごしていた。

当然、生理もない。

子宮筋腫が原因で、同じように生理痛で苦しんで全摘した先輩の話によると、術後3ヶ月ぐらいまでは、生理と同じような周期で、生理痛のような症状に悩まされたという。

そういえば、不定期ではあったものの、下腹部の痛みがあったような気がする。

あとで、ネットで調べてみると、脳が生理周期を覚えていて、本能的に痛みを出してしまうことがあるらしい。

自分が本当にそうなのかは、結局、よくわからなかった。

 

病院に着くと、待ち合いにあるモニターに、「待ち時間90分」と表示されている。

しょうがないな・・・と思いつつ、本を読んでいて、ふと目線を上げると「待ち時間120分」に表示が変わっていた。

いつになったら、診察してもらえるのか・・・

 

その後も待ち続けること、30分。

 

待ち時間の表示は、どんどん更新されて、ついに「待ち時間なし」になった。
すると、すぐに私の番号が表示され、Y先生の声で診察室から呼ばれた。

前回と同じく、問診のあと、お腹の傷を見てもらう。

「あら、思ったより傷が残ってますね。個人差はありますけど、しばらくすると、色も薄くなりますから」と言われた。

自分では、まったく気にしていなかったが、意外と傷痕が残りやすいタイプなのかもしれない。
そういえば、10年ぐらい前の火傷の痕も、まだ薄く残っている。

次は、内診。

これもいつもどおりのエコーと視診。

内診台のカーテンの向こうで、先生が「膣の奥の傷は、どこかわからないぐらいキレイですよ」と言ってくれた。

もう一度、診察室に戻って、次回の予約。

「次は、もう一度、3ケ月後に来てほしいんです。先生によっては、半年で診察終了っていう人もいるけど、私は1年ぐらい様子を見たいから」と予約を入れてもらった。

淡々としていて、慎重なY先生が、結構好きだ。

このころになると、もう血腫の違和感は、まったくなくなっていた。

そのこともちゃんと先生にお伝えした。


診察の最後に、「先生、前に見せていただいた子宮の画像って、プリントしていただくことできますか」とお願いした。

 

前の受診の後から気になっていた。

考えてみたら、両親にもパートナーにも見てもらってなかった。

見ておいてほしかった。

Y先生は、すぐにプリントアウトしてくれた。

カラーで、これならちゃんと見てもらえる。

 

その日、仕事帰りのパートナーが診察の結果を聞きに来ると言っていた。

パートナーが帰ってきて、すぐに見せた。

「おー、こんなんだったのか。すごいな。よく頑張ったな」彼は、気持ち悪いともいわず、5分ぐらい、マジマジと私の子宮がプリントされた用紙を見つめていた。

 

週末に実家へ帰り、もちろん両親にも見せた。

父は、「あー、お母さんのミノみたいなの思い出しちゃったよ・・・」と苦笑い。

母は、「へぇ。見ますかって聞かれたけど、いらないって言っちゃったもんね」とこちらも苦笑い。

食事前に見せるものでもなかったかな・・・と私も苦笑い。

 

今も、プリントされた紙を折りたたんで、私の保険証ケースに大切に保管している。

ずっとずっと持っていようと思う。