わたしは、7日から、入院しています。
初の緩和ケア病棟での、入院です。

食事も水分も摂れないわたしを見ていられなかった母。
救急車を呼び、強制的に、病院へ。
わたしは、重病人じゃないから、救急車を使うことにためらったけどショボーン
緩和ケアのスタッフの方に先に連絡を取っていたので、救急車もスムーズに発車しました。
救急車のなかでは、倦怠感などに耐えながら、いろいろ考えていました。
実家にいる間も、みんなは、わたしのためにいろいろと動いてくれます。それに、もちろん感謝はしていましたが、わたしの中では、家族に負担をかけてばかりでゴメンねしかありませんでした。
とても、心苦しかった…。
1人ではできないことがどんどん増えていき、不安もMAX‼︎
情けなさと悲しさといろんな感情が混じって、
母にも、それを伝え泣きまくりました。

母も、家族みんなも『ほたるが元気になってくれればそれでいい。負担なんてちっとも思ってない』と言ってくれます。けれども、わたしのココロは、やはり複雑です…

そんな思いもあり、入院というカタチを取った方が、家族も安心するし、なにより、少し負担が減るのではないかと考えたのです。
朝は、比較的、調子がいいことが多いものの午後になると、徐々にしんどくなる。
その繰り返しでした。

夏休みということもあり、実家でお世話になっていました。
しばらくは、母が、自宅に通ってきてくれてましたが、わたしの家だと気も遣うし、勝手がわからず困ってて、実家へ。
実家だと母も、仕事の用事や家事もできやすいので…

救急外来へ運ばれ、エコーやら心電図やら、慌ただしく検査されました汗

少し落ち着いてきた頃、緩和ケアのスタッフの方と先生がきてくれ、話をしました。
夫、母、義理父と計6人で。

わたしの不安、家族側の意見。それを緩和ケアのスタッフの方が、汲み取ってくれ、緩和ケアでの入院となりました。

経済的な不安がやはり出てきて、わたしは『大部屋でいい』夫『それは、やめてくれ。個室にしてくれ』といつも、言い合いになります。

緩和ケアは、個室代が、かからないとのことでちょっと安心しましたが、それでも高いからねショボーン

介護保険の申請やら、いろんなことを考えてもらいました。
緩和ケアの先生は、2人ともイケメンだしラブ
母と、夫の前で、めっちゃ盛り上がりました(笑)
わたしも、もう40のババアだしねてへぺろ

ケモ室の看護師さんまで、病棟に来てくれたりと
わたし、この病院で、ホントよかったなと思いましたキラキラ
ケモ室なんて、一回しか行ってないのにあせる

ケモ室看護師さんが言うには『ほたるさんのように、○○が、したいと言ってくれる患者さんは、なかなかいないんです。それで、私たちケモ室看護師も、改めていろんなことを考えるきっかけになりました』と言ってくださいました。

わたしは、子どもたちに、わたしがどんな治療をしてるのか、見せたいとお願いしていました。
丸ごと全部、包み隠さず、わたしの生きざまを見て欲しいと思ったから。
そして、緩和ケアのスタッフの方には『子どもたちが実際、わたしのことをどう思い、病気のことをどう思い、わたしと、どうしたいのか?』を聴いてもらえたらとお願いしていました。

わたしが入院となったので、抗ガン剤の治療は実現は、できないかもしれないけど、話は、聞いてもらおうと思っています。

主治医の先生と話して、体力を戻すことが最優先とし、それから、抗ガン剤をすることにしましょうという話しになりました。
外科の主治医にも、わたし、恵まれてて、質問もしやすいし、わたしの希望をちゃんと聞いてくれます。わたしは、QOLを大事にしたいので、抗ガン剤も、サイラムザ単独にしてもらいました。
本当に、感謝しかありません。

怖いくらいに、先生や看護師さん、スタッフの方など、わたしは、メンバーに恵まれすぎてると感じるくらいです。

そして、家族にも。
夫とわたしが病室のことで必ず言い合いになることに、父は、心配し『お金のことは、俺が全部見る。Tくん(夫)には、わるいことをしてるかもしれないが、お金のことは何も心配するなとほたるに言っておけ』と言ってくれてたそうです。
これまた、感謝ですね。

医療保険とがん保険だけじゃ賄いきれないとこがあります。
それでも、保険も、出るのでありがたいですがあせる

兎にも角にも、わたしは、頑張らないと。
お見舞いに来てくれた、わたしのガンの先輩のお義母さんにも、喝を入れられたので、がんばらないとね。ちなみに、お義母さんは、胆管がんデス

寛解し、今は、一年に一回、検査にきています。
普段は、個人病院にお世話になっています。

足が悪くなり、転倒することも増えたお義母さん

けれど、お義母さんは、ホント強くて、オトコマエなのですウインク
見習わなくちゃね〜。

そんな怒涛の日々を過ごしています。

腹水も、3リットル抜きました。抜いてラクになるのは、一時的で、また増えるんじゃないかというリスクで、抜きたくないと思ってましたが、緩和ケアの先生を信じ、夫とも、話して、決めました。
そしたら、ラクになり、ご飯も食べれるように。

母に、報告し、2人で抱き合って、喜びを分かち合いました。
母は、それでは、物足りず、みんなにメールしまくってました(笑)

あたりまえのことなんて1つもない。ホントに、そう思います。
食べれることは、幸せなことです。

みんなが普通にやってることも、わたしには難しいから、できた時には、喜んでくれる。

みんな、いつも、ありがとうキラキラ