第170回 芥川賞受賞作。建築家、AIそして言葉。

名称に厳密な意味や本質を求める女性建築家。名称は本質を表すものであるべきで、ただの記号であってはならないと考え、カタカナ嫌い。(漢字とは異なり、音のみを表すからか )

人間とAIチャットが登場し、建築家は交互に問いかけ回答する、を繰返す。

シンパシータワートーキョー(東京都同情塔)は無事完成するのか。


東京都同情塔は刑務所であり、そこでは言葉は他者と自分を幸福にするためのみ使用しなければならず、他者も自分も幸福にしない言葉はすべて忘れなければならない。最上階には地上の言葉を忘れないように図書館が作られている…


意味のあった言葉や文字が、音や見た目だけの記号になりつつある。音、響き、語感といった非本質的な理由であらゆるものが名付けられ、言葉とその物が持つ意味があまりにもかけ離れてしまっている。「多様性への配慮」といった様々な理由で、誰にでも受け入れられる表現が逆に誰にも受け入れられなくなってしまっている。


言葉であふれた世界。ヒトもAIも他者を傷つけようとする言葉に敏感だ。

発する言葉に正確さ、端的さ、責任を持たせようとして、慎重になったり、角が立ったり、回りくどくなったりする人間に対し、AIは無機質に最短距離で言葉を発する。

より端的で正確な言葉のみに価値があるというわけではない。だからといって言葉が本質からずれすぎても上手く伝わらない。ピントを調整するように、近すぎてもよく見えないし、遠すぎてもよく見えない。ちょうどいいピント。それが難しい。


このご時世、ピントが遠すぎてぼやけてしまってるんでしょうね。