目を皿にするという言葉があるが、現実世界でどれだけの人が皿にしたことがあるだろう。 「目」って横にすると「皿」なんだなぁ。這いつくばりながらそんなことを考えた。
[6:00 ]
くぅ〜疲れましたwこれにてバイト終了です。更衣室で着替えを済ませ、鍵を施錠。 同僚と裏口から出た。
「やっぱ寒いっすね〜」
「そうだね〜、それにまだ暗い。」
「チャリで帰るの嫌っすわ」
「でも、家近いんでしょ」
「まぁ、そうなんすけどね笑」
僕は店の正面口側に電動自転車を置いている。裏口から正面口まで戻る一本道をくだらない会話を紡ぎながら歩いた。
チャリン
ふいに何か金属が落ちるような音がした。一瞬同僚が振り返る。僕はというと、おおかた僕の着ているダウンジャケットと鞄のチャックがぶつかった音か何かだろう、と思って見向きもしなかった。
右手に鞄、左手に手袋と耳あてを鷲掴みにしている僕にとって、「何か音がしましたね!」などと言って地面を凝視するのは面倒だったというのもある。
しかし、そこで一抹の不安がうまれた。
<この音、我がチャリキーが落ちた音ではないか?>
不安は少しずつ大きくなった。
今隣を歩いている同僚は1つ歳上で優しい男である。「チャリキー無くしたかも」等と宣えば一緒に探してくれることに間違いは無かった。 確証も無いしバイトで疲れているだろう彼を僕の不安ごとにつきあわせる訳にはいかない。
「じゃ、僕チャリなんで」
自転車の隣に立ち同僚が見えなくなるまで見送った。
ポッケを探る。うーん、無い。
鞄の中にも無い。
確定。
不思議と落ち着いていた。チャリンといった場所に落ちているはずだから。スマホの懐中電灯機能をオンにする。僕は来た道を引き返しながら地面を照らした。鑑識さながらに。
無い。
50mあるか無いかのこの一本道に落ちているはず。そう信じてシャトルランのごとく往復した。
[6:45 ]
人通りが少ない道とはいえ、そろそろ人が活動し始めてもおかしくない。そんなことを考えていると、前から自転車がやってきた。 日本において自転車は夜間運転の際、灯火義務が課されている。 この自転車の光を反射して鍵がキラリと光るんじゃあないか。僕は腕を組んで道路を凝視した。
うーん、なんもわからん。 数分後、車がやってきた。それもハイビームで。これは絶対に分かる!僕は確信した。 …現実は残酷だった。道路全体を照らす光は過ぎ去るのがあまりにも速かった。僕の目ではたとえ一瞬鍵が光ったとしても分からなかっただろう。
[7:00 ]
疲れて自転車付近で休憩していると、店の電気が点いているのに気づいた。 何故だろうと思い見ると、どうやら自動精算機か何かを新たに設置する業者が来ているようだった。 あの人達に裏口を開けてもらおう。もしかしたら更衣室に落ちてるのかも。
ドンドンドン。
入口横の窓を叩く。しかし、入口が二重になっている為、気づいて貰えない。 僕はライトのついたスマホを持って手を振った。ダメだ。作業に集中している。声も音も届かない世界である。 こうなったら仕方ない。最終手段だ。
僕は鞄を地面に置き入口の自動ドアの前に立った。イメージするのは最も目立つ動き。最強の自分である。
僕は、肘を軽く曲げた状態で両手を上げ、左右の足を交互にあげるダンスをした。
分からない人は
「ドラクエ びっくりサタン」で検索して。
可愛いの出てくるから。
[7:15]
寒い、歩いて帰ろう。
誰かが言った。
僕だった。
心は凍り付いていた。
よく考えたら、仕事中に近くで踊っている一般人が居たら関わりたくないと思うのが普通の人間である。大人しく一時撤退することにした。もう七時だけど。 僕はこの事実をネタに昇華せねばやっていられないと思った。こんなのは旅行中にたまたま座った椅子に小便が染み込んでいた時以来だ。 インスタライブを開始した。記録を残しておこうと思ったのだった。
「チャリキーを、無くしました。全てをお話します。。。」
通勤中のサラリーマンとすれ違う。チラチラと見られながら、僕はゆっくりと画面に向かって話し続けている。
「もはや、どこでチャリンと言ったのかも覚えていませんでした。それでも探し続けました。。。」 画面には「残り10%です。」の文字。僕はライブをやめた。結局、その動画も破棄した。そして、歩き続けた。あの自転車は先日反射板を新調するのに2000円かかった。鍵を新しく作るとなったらいくらかかるのだろう…。
[7:35 ]
「ただいま帰りました。」敬語である。
元気にただいま〜と言う余裕はもう、無かった。
母に無くした旨を話す。 「見つかるまで探さなきゃ〜!」と母。
これでも大分、探したんだ。
自室にこもり、ジャンパー、手袋、耳あてを放り投げる。現実から逃げるべく新作ゲームの電源をつけた。
コンコンコン。
母いわく、スペアキーがあったらしい。今日はもともとバイト先に用があったので一旦寝て、昼に取りに行くか。そう思った時だった。母の口から衝撃の言葉が飛び出す。
「今から取りに行こう!あんたタイヤロック付けてないでしょ?もし鍵を拾った人が自転車持ってっちゃったらどうするん!?」
考えてみてほしい。君がたまたま自転車の鍵らしき物を見つけたとして、少なくとも30mは先にあるであろう自転車の鍵だと特定出来るだろうか。そんな奴がいたら是非連れてきて欲しい。一生、脱出ゲームやらせてやるよ。
そんな僕の思いを知ってか知らずか不安そうな顔をする肉親に、首を縦に振らざるを得なかった。
母の車を降り、再び一本道に戻ってきた。少しして僕の頭に母の言葉がリフレインした。「見つかるまで探さなきゃ」 無性に腹がたってきた。こうなればラウンド2である。この道にはグレーチングがあった。そこに鍵を落とした可能性はある。
僕は1段低くなっている溝からグレーチングの下に入った。草が伸び放題、虫も沢山いるであろう場所で手を真っ黒にしながら鍵を探した。ビッグカツの袋くらいしか無かった。
びゅうと風が吹き僕は震えた。 用を早く終わらせたい僕は家の鍵だけ引っ掴んで外に出たのだった。
耳あても手袋もジャンパーも何もかも全部関係あるのが外だろ。乗り越えられん(不可能の意)のが外だろ。脳内で替え歌を歌いながら耐える。20分程の捜索の後大人しく帰宅した。
[14:00 ]
目が覚める。5時間くらい寝ていたみたいだ。 バ先、行くか。面倒なので車を走らせる。得意なこと:イクラ、苦手なこと:駐車の僕は裏口に車をとめた。前者はただの好きな食べ物だったかもしれない。
入口で更衣室の鍵を借りる。僕は昼の時間にはほとんど出勤していないのだが、パートの人に顔を覚えられていた。即座に名前が出てくるのは凄いな、なんて思いながら更衣室のドアを開けた。
更衣室にはロッカーが6つある。
昨夜使ったロッカーを開けると恨めしそうに自転車の鍵が僕を見ていた。
僕は鍵に頬ずりした。
なんでこんなに疲れないといけないんだ。
帰りの車では井上陽水が流れている。帰ったらもう一眠りすることにしよう。探し物は見つかったのだから。