縁の大切さ2015年が始まったかと思えば、すぐそこまで春が近づいてきましたね(^-^)年頭に今年の豊富や目標を掲げた方もいらっしゃるかと思いますが、皆様、いかがでしょうか。ここ最近、「縁」の不思議を強く感じます。「縁」は不思議であり、必然であり、成長の根源であり、大切にしなければならないものです。出逢いも別れもともに、思いのほか紙一重に感じますが、皆様、「縁」は大切にしましょうね☆~(ゝ。∂)え??どうしてって?? (・・?)はい、理由はこうです☆~(ゝ。∂)***********************************************①人の「体」を支配しているのは「心」です。②その「心」を支配しているのは「環境」です。③その「環境」を支配しているのが「縁」です。***********************************************はて?? (・・?)…そう思われる方も多くいらっしゃると思うので、少し掘り下げてみます☆~(ゝ。∂)①について病は気からとも言われますが、「体」は「心」の状態を素直に反映させる鏡のようなものです。怒ったり緊張したときは、筋肉が硬直して表情が硬くなりますね(  ̄っ ̄)ムゥ血圧が上がり脈拍が早く波打ち、息が荒くなってきます。逆に、楽しいときは柔らかくなり、リラックスして表情も笑顔になるものです(^-^)また、悲しいときには涙腺が緩んだり、照れると顔に熱を感じたりすることもあるでしょう…(*ノ∀ノ)イヤンつまり感情の根本である「心」は、表情・筋肉・神経・呼吸・血液・ホルモンなどの「体」に大きな影響を与え、支配しているのです。②について何処で生まれ、誰を親(子)に持ち、誰と友達になり、誰と恋人になり、誰と結婚するか。また、どのような職場で働き、誰を上司とし、誰を部下に持つか。出逢う人により、様々な刺激や影響を受け、「心」は相対的に変化します (゜-゜*)(。。*)ウンウン誰と出逢うかにより、形成される価値観まで変わってくるわけですね(^-^)さらには、出逢いに限らずどのような自然を目にして触れ合うかなど、自分の周囲を取り巻く全ての「環境」が「心」を支配しているのです。③について何処で生まれ、誰を親(子)に持つかなど、その「環境」を自分では選定、コントロールできないこともありますよね?また、出掛ける日が今日ではなく、明日だったら出逢ってなかったかもしれない…(゚д゚)あと一秒遅かったら出逢ってなかったかもしれない…(;゚Д゚)!そんな出逢いも多くあることでしょう。偶然性なのか必然性なのか、その出逢いなどによる「環境」を支配しているものが、「縁」なわけですね。そう考えると、「縁」がいかに大切なことか、わかりますね(^-^)さらには、「縁」をベースに物事を考えると、すごく楽に考えられるんですよね。全力で頑張ったのに、勝てなかった…。真剣に向き合ったのに、応えてくれなかった…。そんな「結果」は辛いですよね…。でも、後悔を残さないくらい頑張ったり向き合った「結果」がそうなら、もう仕方がありません。相手のせいでもなく、自分のせいでもない。「縁」のせいなわけですね(^-^)極論、「プロセス」に後悔がなければ「結果」なんてどうでもいいのかもしれません。それは「縁」により決定されると考えれば、辛くても少しは納得できるかもしれません。「人事を尽くして天命を待つ」ですね。でも、「あの時、もっと頑張っていればよかった…。」「もっと真剣に向き合うべきだった…。」そんな後悔を残せば、「縁」として納得することが難しい場合があります。後悔を残さないように、今を生きることが大切ですね(^-^)皆様、「縁」を大切にね☆~(ゝ。∂)
感性ここ最近、「感性」という言葉を多く使うようになりました。感性というと…中学生時代の国語の先生から、授業の前に毎回こう言われていました。先生:「君たちは今のうちに感性を磨くんだぞ。感性っていってもな、エッチィー❤な感性じゃないからな!…(*ノ∀ノ)イヤン」生徒:「( ̄- ̄) シーン…」冒頭からどうでもいい話ですが、感性ってなんだか不思議ですね…。そこそこ理屈っぽい僕ですが、そんな僕でさえ、いつも肝心な時ほど理性より感性を優先させています。実は意図的に優先させているというより、何事も結局は感性が決め手となってしまうことが多いんですね。感性…。かなり抽象的な言葉ですが、感性とはいったい何なんでしょう。はい、「感じる力」です。Q:「あなたの好きな色は?」A:「はい、青です!」Q:「どうしてですか?」A:「え?なんとなく…。」理由を明確にできない、この「なんとなく」を感じる力が感性です。つまり、感性は「論理・理性・知性」とは対照的な本能的知覚能力で、主に「感覚・感情・直感」を担当しています。男女を問わず、どうやら私たち人間は、説得や理屈ではなく、感情で心が納得していなければなかなか行動が伴わないようにできているようです。「頭ではわかってるんだけど、なかなか気持ちがついていかない。」「理屈ではなく、心意気に動かされた。」「この香り(風景・音・人…)、なんだか好きだな…。」というようにね。では、どうして理性より感性を優先させてしまうことが多いのでしょうか。人間の意識の中には、自覚できる「顕在意識」と、はっきりとは自覚できない無意識の「潜在意識」があります。 顕在意識は主に論理や理性、潜在意識は主に感覚や感情などの「感性」、過去の記憶などを担うといわれています。私たちは普段、自分で自覚できる顕在意識によって行動しているように思いますよね? いえいえ、どうやら逆のようです。もちろん、行動の判断機能を持つのは顕在意識ですが、潜在意識によって動かされている…というより、正確には操られているのです。潜在意識は、幻想と現実を区別する機能を持たず、倫理的、さらには時間的な概念の影響を受けません。力関係も潜在意識が圧倒的に強く、全体の90%を占めるそうです。 考えて行動したつもりでも、絶えず、潜在意識で蓄積された感情などの記憶を元に動かされ、支配を受けます。感性を優先させてしまう犯人は、潜在意識だったわけですね。心臓を動かすのも、呼吸をするのも、潜在意識の役割です。全て意識して顕在意識で行っていたら大変ですね。人間は一度記憶したことを完全に消去することはできないようにできていますが、その過去の記憶も潜在意識の中にしまってあるといわれています。その容量は半端なく大きく、例えば、13年+5ヶ月+3日+5時間+16分+47秒前に起こった現象すらも覚えています。あ、あまり掘り下げすぎると眠たくさせてしまうのでこのへんでwwwはい、感性ですが、脳のメカニズムで考えても、論理より感性が時間的にも先です。まず「関心」という感覚を感性が察知し、論理で取捨選択を行い、判断してるわけですね。やはり、感性で感じる根本の感情が大切なんですね。そういえば、以前にテレビで、「キスをする時、頭を左か右、どちらに傾ける?」という心理テストのような内容が紹介されていました。男女、左利き・右利きに関係なく、左に傾ける人は論理的で冷静。全体の約20%。右に傾ける人は情熱的で感情的。全体の約80%。自分の感情に素直に動く人は頭を右に傾け、頭を左に傾ける人は甘えられない傾向があるそうなwwwSee you ☆~(ゝ。∂)
過去・現在・未来悲しみがあれば喜びがあり、喜びがあれば悲しみがある。悲しみも喜びも越え、善も悪も越え、はじめてとらわれがなくなる。まだこない未来にあこがれて、とりこし苦労をしたり、過ぎ去った日の影を追って悔いていれば、刈り取られた葦(あし)のように痩(や)せしぼむ。過ぎ去った日のことは悔いず、まだこない未来にはあこがれず、とりこし苦労をせず、現在を大切にふみしめてゆけば、身も心も健やかになる。過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。今日すべきことは明日に延ばさず、確かにしていくことこそ、よい一日を生きる道である。(仏陀のことば)別れと出逢いの季節ですね。過去・現在・未来について振り返り、自分自身とのつきあい方を見直してみても良いかもしれません。過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。以前にそう教わったことがあります。加えて、過去の苦労は、もう過ぎてしまえば未来の利益。過去の怠慢は未来の損失。そのようにも思います。しかし、身も心も健康に保つためには、その過去・未来についてあまり執着しすぎるべきではないように感じます。過去が変わらないのは当たり前ですが、未来の非連続な変化を確実に予測することも不可能です。常に複数のシナリオを描きつつ、状況に先手を打って現在を懸命に生きることが大切だと思います。当然ですが、不安という心理は未来に対してのみ起こる感情です。非連続な未来のシナリオを数多く描けるほど、不安は低減できるのです。後悔のないように現在を懸命に生きることは大切ですが、「頑張らなきゃ」と自らを奮い立たせたり、人に「頑張れ」と言うことはあまり好きではありません。「無駄な目標」を立てることも同様です。基本、快楽主義なので常に楽な方法を選び、関心の薄いことはどうでもよく、自由きままに自然に生きていたいと思っています。「120%の力を発揮して頑張れ!」(たまに200%❤)とか、無茶な発言を耳にすることがありますが、数学的に有り得えないんですけど~バカなのか~すら思ってしまいますwww松井秀喜さんの唱えた「100%思考法」の方が明らかに正しいですね。120%思考で世の中に立派な功績を残した方もいるでしょうけど…。ま、賛否はどうでもいいですが、ここで言いたいのは、未来意識による過剰な「頑張らなきゃ」が、身と心の健康を損ねてしまう可能性があるということです。過剰な「頑張らなきゃ」は義務的思考に支配され、現在の純粋な自発的思考を抑制してしまいます。これまでに「すごく頑張ってきた」と思っている人には、これからは「辛かったなら、そんなに頑張らなくていいよ」と言ってあげたいくらいです。頑張ることそのものを否定しているのではなく、「いつの間にか夢中になっていて、気がついたらすごく頑張っていた。」これが一番理想ですね。義務的に感じるなら、「仕方ないから頑張る」「適度に頑張る」「適当に頑張る」くらいのスタンスの方がいいのかもしれません。仕事を依頼した場合でも「仕方ないな~」という一言を言ってから受けてくれる人は、基本信用できます。ま、思考法はともかく、取り越し苦労をせず、現在を後悔のないように生きることが大切ですね。だけど結果(未来)にはこだわらない。現在のプロセスに後悔がなければ結果(未来)はどうでもいい。それは前世を含めた過去からの因果、縁により決定されると考えた方が楽です。「人事を尽くして天命を待つ」ですね。See you ☆~(ゝ。∂)
香港・マカオ職場の慰安旅行で香港・マカオを満喫してきました(*^^)v香港、ビクトリアピークから100万ドルの夜景です(^-^)職場で購入したデジ一で撮影したかったのですが、重いのでiPhone撮影になってしまいました(^_^;) はい、ギャルピースでww 2日間香港市内を観光しましたが、いろんな意味で凄い都市でしたね。。超高密度で林立する高層ビル・マンションにも驚きましたが、建設中の足場が全て竹で出来ていていることにはもっと驚きました(゚o゚;;竹の写真は撮れなかったけどww マカオ市内観光では世界遺産関連の史跡や情緒ある街並みを観賞しました(^-^)カジノ体験もしましたよ~残念ながらカジノの中は撮影できなかったので、その様子をご覧に入れることができませんが。。マカオはポルトガルの雰囲気漂うなかなか面白い町並みでしたね(^-^) 先ほど、免税店で購入したウィスキー「響17年」を味わったところです(*^^)vう~ん、めちゃ旨し。See you ☆~(ゝ。∂)
完璧主義についてゆーた:「復職延期になったんだって?」弟:「あ、うん…。」ゆーた:「スーパーあるある話だな。うなずくだけでもYes,Noだけでもなんでもいい。切ってもいいけど、少し話せるか?」弟:「うん…。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゆーた:「そうそう、両親の還暦祝いは俺に任せてくれたらいいからな☆~(ゝ。∂)旅行にでも連れて行くけぇ(*^^)vバイバイキーン(^o^)/」弟:「お~さすがだっちゃ。頼むな(^人^)」先日、心の病気で休職中の弟と長時間の電話カウンセリングを行いました。普段、弟とほとんど話をすることはないので久々の会話でしたが(^^ゞ現在、心の病気から休職を余儀なくされるケースが多くなってきているようですね。日本人の数人に一人は自律神経失調症の予備軍だそうです。勤務先の先輩も同様の理由で先月より休職しています。会社のなかで最も尊敬する先輩の一人なので、早い復職を願いますが…。心の病気…なんだか曖昧な表現ですね…。なので、「心」と「病気」について、少し掘り下げてみたいと思います。まずはその字からみていきましょう。今日は久々に難しいお話です(^^ゞでも最後までお読みくださいね☆~(ゝ。∂)「心」という字。実はすごくバランスが悪く作られています。画数が少ないわりに、左右・上下・斜めの全てが非対称です。このバランスの悪い「心」という漢字に一本のシンを加えるだけで、「必」という左右・上下・斜めが全て対称のすごくバランスの良い字になります。「必」とは、絶対的なことや断定的なことを意味する字ですよね。「必」が絶対論で「心」が相対論。つまり「心」はバランスが悪くて当たり前。いえいえ、絶対から一本のシンを抜き、バランスが悪くなった状態を「心」と定義付けたと言ってもいいのかもしれません。次は「病気」ですが、その前に「元気」という字をみてみましょう。古くは「減気」→「験気」→「元気」と変化してきたようですが、もとより中国では「万物生成の根本となる精気を元気」としたようです。万物生成の根本となる精気とは、赤ちゃんの気の状態です。赤ちゃんは例外なく元気です。いえいえ、赤ちゃんの気のレベルを元気と定義付けたと言ってもいいのかもしれません。そもそも元気という字は「元(もと)」の「気(き)」と書きます。つまり元通りの気の状態に戻すことが、元気になる(元の気になる)ということです。病は気からとも言われますが、「病気」は、気のレベルが元から遠い状態を表しています。「心」はバランスが悪くて当たり前。まずはその常を認識すること。その病からの開放は、元気を出すように努力するのではなく「気」の状態を元に戻すことですね。弟と勤務先の先輩の2人に共通していることがあります。非妥協的で、「完璧主義」ということです。確かに「完璧主義」は誰よりも頑張れる特性を持っているし、頑張ってきました。ぐうたらで何にも頑張れず、不平不満を言ってばかりの人間にはない長所で、それは本当に素晴らしいことです。しかし、完璧を追い求める先と挫折はほとんどイコールと言っていいかもしれません。そして、完璧には同時に多くの束縛が関わっています。期待、責任、義務、時間、約束…などからの束縛ですね。期待には絶対に応えなければならないという束縛。責任は絶対に果たさなければならないという束縛。義務は絶対に果たさなければならないという束縛。時間は絶対に守らなければならないという束縛。約束は絶対に守らなければならないという束縛。どれもすごく大切なことですが、まるで人生綱渡り状態ですね。こうなると「失敗は許されない」という失敗への重圧不安がいつも頭につきまといます。「心」や「気」を健康に保つためには、束縛と開放のバランスを保たなければなりません。完璧主義の弟にはこう言いました。「人生、不完全で当たり前。騒ぐことじゃない。」「不安?不安は防御本能。なければ生きていけないサマサマ感情だ。」以前、美とは、完全ではなく「乱れ」や「崩れ」であると聞いたことがあります。例えば、完全な純水は綺麗ですが、無機質すぎて味や色気がありません。何事も完全整列より少し乱れている方が美しいし、関心も向きます。崩れやミスにより愛嬌も生まれるものです。不完全の美ですね。ここで、「心」や「気」が少し楽になる脳のお話をします。もう過ぎたこと、つまり過去は現実と幻想との区別をはっきりとはすることができないように脳は都合良くできています。当然、未来はまだ起こってないので現実なんて存在しません。現実と幻想の区別ができるのは…いえ、いつ区別するか。今でしょ!( *´艸`)ププッはい、現実と幻想の区別をはっきりとできるのは今現在だけです(^^ゞ過去の記憶は潜在意識にためられるため、現実と幻想の区別がつきにくくなるのです。過去は美とも醜とも自由に解釈することができます。過ぎてしまえばもう編集可能なので、そんなにこだわらなく、不完全で良い場合も多いのです。何をやるにしても、そこには時代背景、社会の動き、人の解釈、様々なものがあり、完全は存在しません。正義、善悪の定義すら、時代や国によって異なり、流動的なものです。だからこそ法律は時代や国によって異なるというわけですね。白か黒かはっきりさせることは大切ですが、グレーのままで良いこともあるかもしれません。不完全が当たり前。完璧もない。失敗を恐れて不安になるのではなく、プランAに失敗しても自分にはプランBがある。それに失敗してもプランC…プランDがある…と常に複数のシナリオを描きつつ、状況に応じた予備プランが用意できていると不安が低減できます。心を健康に保つためには、そのように考えることも大切だと思います。そろそろ本文をまとめる頃ですが、眠くなってきたので寝ますwSee you ☆~(ゝ。∂)
ギャルピースでw高校時代からの友達と焼肉を食べに行ってきました~(*^^)v奥さんが里帰り中ってことなので、そのまま泊まることに(^^)いろいろ話して楽しかったな~最後は仲良くギャルピースでw右がおいらです(/ω\*)