”毎度恒例の”連絡編 | タイプ9のブログ

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雑談とかとか。

昨日、朝早い電車の中で、「リブログした上でじっくりと意見を書きたい」あとコメントした記事がありましたが、それ以前に自分が(過去記事を振り回って)これを今一度取り上げようというものが幾つか停滞しています。

停滞という言い方も語弊ですが、このアプリの機能上アプリ内に保存だと好きな時に取り出せるイメージなんですが、下書き保存にしてしまうと(自分の編集から見た時に)投稿されていない内容が幾つもあるという感じになり、見てるのが鬱陶しいのですよ、私自身の性分もあるのでしょうが。


そんなこんなで、今日は少し時間もありますので、1番古いストック内容から今一度6年前を振り返りたいと思います。

(内容を振り回って)

この内容、どこぞのブログライターみたいな人達のそれじゃないけれども、「今の私なら直したい文章」というのが幾つか出てきます。

あの時私は、「母はコミュ障だ!」なんて言ってご立腹していたけれども、今にして思えば、私自身もけっこう伝わりにくい文章や抜けた表現が6年前の方が多かった。


という感じがとてもします。


と言う訳で、当時の話を「今の私の感性」で簡潔にまとめてみます。


当時、実家のテレビの配信が民間会社に切り替わった事で、(その民間会社との)工事や打ち合わせが(周辺の)各家庭で必要になり、その工事や打ち合わせに「母以外の人が居てほしい」という要望が会社側からあった。

それぐらい、会社の人には対応が危うい母に見えたのだろう。

そして、(その会社が)いつ来るのか?いつなら都合が良いのか?という肝心な事が何も分からないまま、「会社が来るから私にも居てほしい」という話だけが丸投げされた。という話の結論が(そもそも)親がコミュ障という事になった。


一言だけ加筆します。


こんな家や両親の元に生まれ育って、まともなコミュニケーション能力を身につけて、まともな交友関係を築けたら、それこそテレビに出たり本を出さないといけないレベルの奇跡という事に、ともすればなりかねない話です。

そりゃ、コミュ障で歩くだめんずな私の方が当然の流れだったというしかありません。この親や家庭を見る限りでは。