コロナワクチンに思う事 その4 | タイプ9のブログ

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雑談とかとか。

今日は、「コロナワクチンに関する意見」にかこつけて「週明けの休みからちょっとだけ言いたい放題」をしたいと思います。


このところ私は幾つかの場所で主張している事ですが、「毒親」という言葉よりも「親ガチャ」という言葉の方が、ハッキリ言って嫌いです。

ただ、当事者間でその言葉の概念に納得して使う分には「ご自由にどうぞ」なんですけどね。


猫も杓子も「親ガチャ」ぐらいの勢いでメンタル業界が騒ぎ出したら、私は居ても立っても居られないぐらい不愉快な感覚がしてきたのですよ。

なぜなら、「毒親」よりも「親ガチャ」の方が、(本来は両者とも親に向けた言葉なのに)私には自分自身の人生をも否定されたような気分にさせる言葉だからです。


ゲームや景品にハズレても、また明日とか来週にでも再チャレンジすれば良いですが、人生がそんな簡単な話にはならないですからね??



さて、熱くなった所で、時間も時間なので、ボチボチ本題を行きます。

下記は、最初から最新までの同じ内容を取り上げたもののリンクを貼り付けました。


https://ameblo.jp/yukku1977/entry-12688430924.html 




少なくとも、最新の内容から2ヶ月ほど過ぎた今、確実にまた刻一刻と状況が変化してきています。
そして、その中でワクチン接種に対する認識も、ワクチン反対派の中の意見も変わりつつあります。

ワクチン接種した人の中でも「(田舎や渡航先の事情などで)ワクチン接種しないといけないから仕方なく」って言う人も居れば、「コロナで死ぬぐらいなら、ワクチン接種して死ぬ」なんて宣う猛者()も居ます。


もはやこうなってくると、「皆の意見や意思を一つにまとめる事は不可能」だと私は思いますし、2ヶ月前よりも更に「何が良くて何が悪いんだか益々分からなくなってきた」というのが、ものすごく正直な意見です。

だがしかし。。

それらの話を聞いた所で、私自身の体質(内面性も含め)が変わる訳もなければ、ワクチン接種したら私自身の副作用の状態がどうかも分からないのは、何ら変わりない。訳です。

そこは、世情に踊らされてはいけない私の部分なのかもしれません?

ただ、冒頭部分の話に関しては「踊らされる事」と(世間話に対して)「自分の意見を主張する事」は別問題と言えるかな?


という所でもう13時近いので、ボチボチ出かけたいと思います。
しかしながら、原チャ行動で長袖を重ね着するかどうか迷う季節になってきたな。。