デスノート最期の心理学・完全版 | 九段下・渋谷・池袋・新宿・品川・上野・秋葉原★心療内科ゆうメンタルクリニック

デスノート最期の心理学・完全版

(完全版…前編・後編セットで更新しました)


こんばんは。ゆうきゆうです。


今夜もメルマガから、こんな話を。


「ここ最近、セクシー心理学が届かなくなった! 廃刊したんですか?」
というメールを、時にいただきます。

その場合、おそらく「セクシー」とかそういう単語で、スパムフィルタなどに区分けされている可能性が大だと思います。

伝書鳩があまりに真っ黒な色をしてるので、カラスと間違えられて撃たれた、みたいなものと考えていただければ幸いです。

あの。ここで自分自身、宣言しますが。

「死んだ」
「入院してる」
「ユウが突然、ミトコンドリアからさらに無機物まで退化」

などのことでもない限り、何の宣言などもナシにセクシー心理学を休刊・廃刊することはありえません。はい。

もし、ある時を境に1ヶ月近く届かなくなった場合、ほぼ100%スパムフィルタに引っかかってるかメールサーバーの障害などがあると考えて間違いありません。

今後のために覚えておいていただければ幸いです。

まぁ、すでにスパムフィルタに引っかかってる方の場合、ここでいくら言っても意味ないんですけど。撃たれた伝書鳩の断末魔みたいな。

色々とやるせない気持ちになりつつも、今夜もセクシー心理学の世界をお届けいたします。

今夜は軽いお話。
マンガを通して、人の気持ちを探っていきましょう。


◆ 突然の心理テスト。

では、心理テストです。

あなたは突然、事故で死にました。

こんなとき、神様があらわれて、4つの選択肢を言いました。

このうちあなたがもっとも望むのは、どれですか?

1「生き返らせてやろう」
2「望む人生に生まれ変わらせてやろう」
3「天国に行かせてやろう」

4「地獄に行かせてやろう」


考えてから、続きを読んでくださいね。


◆ デスノート、最終分析。

では、解説の前にこんな話を。
さて、以前に「デスノート」というマンガについて心理分析しました。

「名前を書いただけで相手を殺すことができるノート」を中心としたドラマです。

ご存じの通り、自分の予想はハズレたわけですが。
起死回生を狙ってブログでもう一回予想をしたら、そちらは何とか当たりました。

そう。
そのデスノートが、ついに第2部で完結したのです。

ここから先、まだ最後まで読んでいない方にはネタバレなどを含むので、それでもいい方のみ、お読みください。















はい。

最終的に、主人公である月が負けたわけですが。

なんていうか、第1部のラストに引き続き、よく分からない結末でした。

「月が、自分の忠実な部下の男に色々とやらせたけど、なんかそれがうまく行かなかったらしくて、負けた」という状態です。

そのときの流れが、確かに説明されれば意味は分かったような気がしたんですが、今、記憶としてほとんど残っていません。そんなレベルです。

武蔵と小次郎にたとえるなら、

「武蔵が友達に頼んで、こっそり小次郎のご飯に下剤を混ぜようとしたら、なんか相手はそのことに気づいてご飯をすり替えたから、武蔵は自分で下剤飲んで負けちゃったらしいよ」

みたいな終わり方でした。

なんていうか、本当にそれでいいのか、と。
第1部の終わりと同じくらい、やるせない感じになりました。

それならせめてデスノートを2冊用意して、「相手の名前を早く書いた方が勝ち」みたいなシンプルな勝負にしてほしかった。ガンマンの早撃ちみたいに。

まぁ、名前書かれても若干タイムラグがあるので二人とも死ぬと思いますが。
いずれにしても、それくらいシンプルだったら分かりやすかったのに。

その上、主人公が負けた後の行動もインパクトがありました。
たとえるなら、下剤を飲んじゃった武蔵が、

「こ、小次郎、卑怯だぞぉ! ぐへぇあ、苦しい…。ううう、トイレ…!」

みたいにかなり見苦しく暴れて死んだ、みたいな。(下剤で死にませんが)
そんなラストでした。

なんていうか、いまだかつて、主人公とも言える男が敗北し、さらにここまで悪意的と思えるほどネガティブな状態にさせられるマンガって、なかったような気がします。

◆ 死後の世界は、存在しない?

さらに何よりも衝撃的だったのが、月の死んだ後の描写。

誌面が真っ暗闇になり、
「人間は、いつか必ず死ぬ。死んだ後に行くところは無である。」
という文字が。

すなわち、天国や地獄などの死後の世界など存在せず、
「人間が死んだ瞬間、すべてが消えてなくなる」
と言い切っているわけです。

新しい。
一周して新しいです。

いや、当たり前といえば当たり前なことなのかもしれませんが、少年マンガの世界であらためてこう言われると、かえってすごく新鮮な考えのような気がします。

たとえばドラゴンボールでは、
「死んでもドラゴンボールで生き返ればいい」
と言うようなセリフが平気で飛び出しますし、

「キン肉マン」や「聖闘士星矢」、また「幽遊白書」などの歴代の人気マンガでは、死んだキャラクタは当然のごとく生き返ります。

「地獄の鬼と戦って勝った」とか、
「神が許可した」とか、
「致命傷に近かったが、本当は死んでなかった」とか。

理由はさまざまですが、それでもほとんどのキャラクタが、ちょっと地方に出張に行ってきたくらいの気軽さで帰ってきます。

生き返れないとしたなら、それは人気がなかったというだけです。

このように死んでも何度でも復活できる、というのが当たり前な少年マンガの世界で、この「死んだら何もない」という言い切りは劇的でした。

くわえてデスノートの中でどのキャラクタが死んでも、ネットでは必ずと言っていいほど、
「実はあの人は生きている!」
という説が飛び交いました。

もちろんどのキャラクタも、生きて再び出てくることはありませんでした。

当然生き返ることを期待する読者に、冷たいまでにそれを拒否する作者。
この死生観に、大きな隔たりがあったことが特徴的です。

まぁ、でも、デスノートの中には「死神」や「死神界」が存在しているのにもかかわらず、天国がないという、この中途半端なところがまた素敵なのですが。

というわけで、デスノートの中では完全に否定された「死後の世界」。

では、そもそも我々の中に確実に存在するこの考えは、いったいどうして起こったのか考えてみましょう。

◆ 逆転逆転、大逆転。

人間は、誰でも「逆転」したいと思っています。

「年末ジャンボ3億円!」みたいな宝クジを、何度ハズレても買い続けてしまうのも、ギャンブルをするのも、すべて「逆転」したいからです。

またホリエモンなどの会社社長が失脚したり、また有名人のスキャンダルなどが大々的なニュースになるのも、やはり同じ心理。

上の人が落ちることで、相対的に自分が逆転したような気分に浸れるからです。


さて、ここからがポイント。

自分が思うに、「死後の世界」というのは、「究極の逆転」のような気がします。

今からどんなに頑張っても、どんなに状況が好転しようとも、ここからでは、とうてい逆転が難しそうだ…。

でも、死んだ後にいくらでも幸せになれる。
来世では、こんな幸せな生活になれる。

この思考は、限りなく人の気持ちを安らがせます。

この「天国」や「来世」が、本当に存在するかどうか、科学的な根拠はありません。

でも人間、ピンチになればなるほど、色々なものにすがりたくなるものです。

おぼれかけたら、たとえワラであってもつかみたくなるでしょう。
砂漠で干からびそうになったら、どんな色をした液体であっても、水っぽいものなら無我夢中で口に入れるはずです。

そう言う意味で、この「死後の世界」という考えが生まれたと考えられます。

◆ お金を払うから、信じられる。

くわえて。
この「死後の世界」という発想に、「お金」や「苦労」などを結びつけた人って、本当に天才だと思います。

たとえば中世の教会は、「免罪符」を売り出しました。
どんな罪を犯しても、それを買いさえすれば罪が許され、天国に行ける…というわけです。
この発想、心から天才的だな、と思うのです。

いえ、皮肉とかではなく、純粋に。

たとえば想像してみてください。
誰でも、「君は死んだらすぐにでも天国に行ける」と言われたら、とても信用はできません。

しかしあえてお金や労働をさせることで、
「これだけのお金(苦労)を払ったんだから、天国に行けるに違いない」
と思いこみやすくなるわけです。

この思考を、心理学では「認知的不協和理論」と言います。
苦労すればするほど、得たものが優れたものである、と考える心理のことですね。

お金を受け取る側は、財政的に潤う。
お金を払う側は、払うことによって、その内容をより信じる。

信じたら、もちろん「逆転できる…」という甘いキモチに浸ることができて、幸せに生活することができる。

誰も損しません。

だからこそ、宗教って発展したのかな、と。
心理学的に、心から理にかなっていると思います。

◆ 心理テストの答えとは。

というわけで、「死後の世界」や「来世」に目を向けて考えるのは、ちょっとだけ現在の生活に疲れている証なのかもしれません。

それをふまえて、心理テストの答えを見てみましょう。

○ 1「生き返らせてやろう」

⇒疲れ具合10%。
現在の自分に満足している可能性が高いと思います。

天国や来世の存在を、あまり信じない人かと考えられます。

○ 2「望む人生に生まれ変わらせてやろう」

⇒疲れ具合50%。
今の人生に少し飽きている可能性大。
とはいえ、「こういう人生になってみたい…」というビジョンがある分、気持ちが上向きかもしれません。

○ 3「天国に行かせてやろう」

⇒疲れ具合90%。
それがどんな人生であろうと、とにかく生きることそのものに多少疲れている可能性大です。うん。たまには休んでみてはいかがでしょうか。


○ 4「地獄に行かせてやろう」

⇒疲れ具合測定不可能
あらゆる意味で危険です。何より思い切り自罰的な思考をしています。
なんていうか、無理されないでください。とにかく。


ちなみに自分は、地獄の鬼がお姉さんの場合に限って4番、みたいな答えでし
た。こういう場合は、M具合120%です。


というわけで、あなたの考えは、いかがでしたでしょうか?


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◆ ここまでのまとめ
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○ 天国や来世は、究極の逆転。





◆ それは、究極の麻薬。

実際に自分自身、天国や来世という考えを完全に否定するわけではありません。

たとえばもう完全に八方ふさがりな状態や、間違いなく死ぬ直前なら、天国や来世を願うのは、人にとってごくごく当然のことだと思います。

たとえば悪性の病気で苦しんで、死ぬ直前。
織田信長でたとえるなら、本能寺の変のあたり。
項羽でたとえるなら、四面楚歌のあたりでしょうか。

こんなときにまで「現実を見ろ!」「今やれることをやれ!」なんていうのは、少々かわいそうな気がします。

こんな状態で「天国はある」「来世はある」と言うのは、手術前の麻酔薬のように必要なことではないでしょうか。

おそらく僕自身、たぶん死ぬ直前には、
「神様仏様!」とか平気で叫んでるような気がします。

◆ エネルギーを、補充しよう。

もちろん絶体絶命のとき以外にも、ピンチや疲れたときに、想像の世界で、
「天国があるさぁ」
「来世は楽しいかも」
なんて風に考えて、ちょっとだけ気持ちがラクになるのも重要かな、と思います。

人間にとって何より大切なのは、たった今この瞬間、気持ちが幸せに包まれること。
これによって気持ちが楽になれば、明日への活力だって湧いてくる可能性もあります。

ですので、生き返りとか死後の世界を描くマンガや小説というのも、それと同じではないかと思います。

人は実際に体験せずとも、人の話を聞いたり、フィクションに接したりすることで、それを体験したのと近い心理状態になることが分かっています。

ある意味、「活力のための逃避」かもしれません。

◆ デスノートの原作者さんは?

さて、このデスノート。
悪事のない平和な世界を作りたいと考え、犯罪者の殺人を繰り返した主人公は、最終的にライバルに負け、殺されてしまいました。

個人的にこの作品のテーマは、

『どんな理屈をこねようが、どんな理想を掲げようが、
 最終的に負けたら悲惨。死んだら終わり』

ということなのではないかと思います。
いえ、作中では多少の救いはあったんですけど。それでも大筋として。

もちろん物語というものは、受け取る人ひとりひとりによって読み取るコトは違って当然なのですが、少なくとも僕自身が受け取ったのは、そんなテーマでした。

特に今までの少年マンガは、

「たとえ実力で負けても、友情パワーでうやむやに」とか、
「負けても死んでも、根性と正義の気持ちさえあれば復活するし大丈夫」
というものばかりだったので、そういう意味で、とてつもなく新鮮だったと思います。

いずれにしても、「天国や来世」を本気で信じ、願う人というのは、現時点で多少疲れている可能性は大。

そう考えると、それらの世界を完全に否定したこのマンガ。
原作者さん、このデスノートという作品での大成功を通して、かなり現在の自分に満足しているのではないでしょうか。

ついそんな風に考えてしまいました。

◆ それは大人に許された。

ちなみにこの、

「天国はない!」
「来世はない!」

という考え。

個人的に、子どもに対して示す世界観として、決して悪くないような気がします。

たとえばあなたに子どもがいたとして、その子が、

「天国で幸せになれればそれでいいよね」
「まぁ、今何があっても来世があるし」

と言い出したら、かなりイヤではないでしょうか。

さすがに「生き返るマンガがあるから子どもがそれを本気にして自殺する…」みたいなコトを言うつもりはありません。

たとえ催眠をかけても、人を自殺させることはできません。
暗示くらいで死んでしまうほど、人の生への本能は弱くないのです。

ただ自殺などは別として、個人的に、
「いや、その考え(天国・来世)はまだ早いだろ」と思います。

「天国」や「来世」、そして「生き返り」というのは、ちょっぴり疲れた大人にだけ許された、タバコやお酒みたいな清涼剤かもしれません。


◆ さいごに。

あなたは、藤子不二雄をご存じでしょうか。

これにたいして「知らない」という方はいないはず。
ドラえもんなど、多くの子どもマンガを描いたマンガ家です。
以前にも話しましたが、彼は子ども向けの作品以外に、たくさんの大人向けのSF短編を描きました。

それを見てみますと。

ドラえもんやパーマンなどの子ども向けマンガの中では、生き返りや来世などの話はほとんどでてきません。

逆に大人向けの短編集では、生き返り・来世・天国などのエピソードが満載です。

少し疲れた大人には、そんな世界の想像を。
逆に夢にあふれた子どもたちには、あえてそういう世界を描かなかった、先生なりの哲学なのかもしれません。

僕の頭が、いえ記憶が確かなら、子ども向けマンガの中での「唯一の例外」こそが、「しずかちゃんの飼っていたイヌが死ぬ」というエピソードです。
その中でドラえもんは、「どんな道具を使っても、死んだ命はもう戻せない」と言っています。

しかし結果的にタイムマシンを使って、まだイヌが生きているときに戻り、薬を飲ませて病気を治してあげます。

子どもであっても、ペットが死んだときの悲しみほどつらいものはありません。

その悲しみを、フィクションの話で、少しでもラクにしてあげたい。

ある意味、神である彼が、唯一認めてあげた「生き返り」こそが、そのエピソードなのではないでしょうか。
そう思うと、少しだけ味わいが増す気がします。


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◆ 今回のまとめ
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○ 天国や来世は、究極の逆転で、究極の麻薬。




というわけでお送りしました、デスノートから藤子不二雄までの死生観。
いかがでしたでしょうか。

疲れたときは、復活や生き返りのあるマンガや小説。
逆にさらにやる気を湧かせたいときは、危機感をあおるために、リアルに死ぬマンガや小説。

そんな風に自分の精神状態を見ながら、それに合った作品を取捨選択していくと、気持ちの回復なども早いかもしれません。


ちなみに、もし来世が本当にあるとするなら。
自分自身は、カマキリのオスとかに生まれるのもいいかもしれません。

生殖と引き替えに食べられる。
なんていうか、Mの真骨頂という気がします。


………。

こんな自分自身を心から微妙に思いつつ、今回のセクシーが何か少しでも参考になることがあれば幸いです。






(完)


クイズの答え




そして今回のクイズです。


天■ 海■ ■史 ■手 五■



■に入る文字は?



はい。


■性 少■ 熟■ 美■



などもあります。はい。




………。

そうですね。


「女」ですね。


うん。おそろしくシンプル。



………。


五■ は、「五女」です。五番目に生まれた女の子。


うん。本当にすみません。たまにはバリエーションを。



ちなみにここ最近のクイズはすべて自分で考えているんですが、

なんていうか、もしかして自分の潜在意識とか表しているのかもしれません。うん。

ヤバいです。僕の頭が。


あらゆる意味で頑張ります。



ここまで遊びに来てくださって本当にありがとうございました。



(前回のクイズ)


     愛■ 人■ 幼■ 悪■ 新■ 若■ 良■

■にはすべて同じ漢字が入り、7つの二字熟語になります。
さぁ、その文字とは!?


というクイズ。

………。

はい。

他にもヒントとして。

稲■ 夫■

とかもあります。

はい。

答えは、「妻」ですね。

ちなみにこのクイズ、リオ先生に出したら「愛人」とだけつぶやいて消えました。

愛■ 人■

ここからの連想のようです。

うん。間違っても妻は出てこなかったようです。


ここまで遊びに来てくださって、本当にありがとうございました。

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