バリで落ちる女医。14
バリで落ちる女医。14 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
最後にユウはエリと共に飛び降りるが、二人はなぜか水の中に落ちる…!
どうなるユウとエリ!?
果たしてユウが最後に見たモノは!?
<本編>
このときの気持ちは、言葉にすることはできません。
予想外のまま、水の中に沈む。
その直後です。
ゴムの勢いが増し、僕たちは再び上に持ち上げられました。
ユウ「………」
エリ「………」
もう、茫然自失。
言葉を発することもできません。
状況を、まだ飲み込むことができませんでした。
ゴムは伸び、また再び、水に入ります。
でも2回目は、さっきより浅く。頭のてっぺんが濡れるだけで済みました。
隣のエリさんは、ただ目をつぶって、それに耐えています。
そのまま、ゴムはまた、単振動を続けます。
3回目の落下では、水にまでは届きませんでした。
安心するまもなく、ゴムの揺れは続きます。
来た。
なんかもう、また来た。
あの、なつかしい、そしてもう二度と味わいたくない感触が来ました。
ユウ「………うっぷ………」
僕の気持ちが、少しずつ揺れていきました。
隣のエリさんは、今どんな表情をしているのか。
それを確認する気力も、ありませんでした。
気がつくと、僕は地面に横たえられていました。
………まさか。
まさかこれは、夢だったのでは。
そんなことを思いますが、濡れている上半身が、すべてが現実であることを、ハッキリと証明していました。
そのときです。
「OK?」
係員のおじさんが、僕に聞いてきました。
ユウ「………み、水………! 水が………!」
僕はあわてて主張します。
ここで一発言わないと、男ではありません。
おそらく、ゴムの長さのミスに違いない。
僕は勇気を出して、声を振り絞りました。
すると、彼は言ったのです。
「もし水につかりたくなかったなら、上で『NO WATER』って言うんだよ」
いま、はじめて聞きました。
何ですか、そのコース設定は。
僕は心からそう叫びたかったのですが、そんな気力はどこにも残っていませんでした。
僕はあらためて、自分の体勢を見ます。
横たえられる、というより、とりあえず転がされた、という感じです。
近くを見ると、リオ先生も頭にタオルを当てて、苦しみつつ横になっていました。
何でしょうか。
ここは遺体安置所でしょうか。
僕の気持ちはずんずん盛り下がっていきます。
でも、とにかく最悪の状態からは抜け出したんだ。
そして今、命もちゃんとある。
僕はそう思いながら、自分の幸せをかみしめようとしました。
………。
待て。
そういえば、エリさんは!?
彼女は大丈夫なのか!?
そして、そう!
僕は彼女と高い位置で恐怖を分かち合った!
そして二人で危機を乗り越えた!
心理学的に言えば、今の彼女は、僕のことで頭がいっぱいのはずだ!
僕は急いでエリさんを探しました。
………。
え。
エリ「恐かった………! 恐かったんです………!!」
マヤ「よしよし」
マヤ先生が、エリさんの頭をなでていました。
マヤ「恐かったわねぇ」
ある意味、姉が妹のことをいくつしんでいるような。
そんな光景が、そこにありました。
いや、すべての元凶は、マヤ先生ですから。
僕は心からそう言いたくてたまりませんでした。
しかし人は、不安や恐怖を感じたときに優しくしてくれた人間には、無条件で親近感を感じてしまうものです。
このバンジージャンプは、不安や恐怖を与えるという意味では恰好のアトラクションなんですが。
共に体験した瞬間、足腰が立たなくなるというデメリットもあります。
まさに、諸刃の剣です。
「時間を止められるけど自分も動けなくなる」
みたいな、役に立たない超能力を思い出しました。
マヤ「よしよし、いいコねぇ」
エリ「マヤぁ~!」
そこにいるのは、僕だったはずなのに。
僕は心からそう思いました。
マヤ「あら、ユウ先生、気がついたの?」
マヤ先生は、僕に視線を向けました。
マヤ「楽しかったわよ」
それは良かったです。
少女が、アリに水を掛けるような。
そんな残酷な快感を抱いているような微笑みでした。
そんなときです。
エリさんも、僕の方に向きました。
ユウ「エ、エリさん…」
エリ「ユウさん…」
その瞬間、エリさんは僕の顔を見て、ほんのちょっとだけ、眉毛をつりあげました。
そして目がヒクつき、そのままぎこちない微笑みをしました。
人間が自然に笑った場合、口⇒目の順番で笑うと言われています。
逆に目⇒口という順番で笑う場合は、困惑の笑いだと言われています。
まさに、後者でした。
キング・オブ・困惑という感じでした。
エリ「………あ、さっきはありがとうございます………」
ユウ「………」
心理学では、ある感情とある要素がミックスして記憶されることがあると言われいてます。
これをアンカリングと言います。
たとえばある音楽を聴きながら失恋したら、その音楽を聴いただけで、悲しい気持ちになったり。
いいニオイのする場所で告白が成功したら、そのニオイをかぐだけで幸せな気分になったり。
………。
では、ここで問題です。
エリさんは、僕の顔を見ながら恐怖を感じました。
答えは、いったい何でしょう?
正解。
「僕の顔」=「恐怖」。
適度な恐怖や不安は恋愛の気持ちを高めますが、
ここまで極度なモノだと、関係が壊れる可能性がありますので、注意してください。
エリ「ありがとうございました…」
ユウ「………」
エリさんは、すぐに僕の顔から、目をそらしました。
ユウ「ど、どういたしまして…」
僕は心の底から絞り出すように言葉を発しました。
「恋はデジャブ」という映画があります。
マヤ先生が「これイイから、絶対見て!」と医局にDVDを置いていったので、
うちの医局員は(ほぼ強制的に)全員知っている映画なんですが。
あるテレビレポーターが、同じ日を何度も繰り返してしまう、という話です。
男はそのことを悲しみながら言います。
「若いときに女と過ごした海…。あの日だったら、何度だって繰り返した良かったのに…。何度でも…。何度でも…」
女。海。
要素的には同じなんですが、今日みたいな日は、もう二度と味わいたくないと思いました。
<エピローグ>
帰りの飛行機の中。
一人、たそがれている僕の隣の席に、突然に座ってきた人がいました。
エリさんでした。
エリ「あ、あの…」
ユウ「………え?」
相変わらず、彼女は僕の方を見てくれません。
ただまっすぐに前の方を見つめながら、ゆっくりと話しました。
エリ「あの、これ…」
ユウ「………」
手渡されたのは、小さなチョコレートでした。
エリ「………あの、本当に………」
ユウ「えっ!?」
エリ「本当に、ありがとうございました…」
神様。
僕はこれだけで、生きていて良かったと思えます。
エリ「つまらないものですけど…」
つまります。
つまりまくります。
心の中でそんな言葉を連呼します。
ユウ「………あ、ありがとうございま…!」
僕が喜びと共に叫んだ瞬間。
そのチョコが、手から落ちました。
ヒュー。
………ぽとん。
そんな擬音が聞こえるくらい、僕たちの目には、スローモーションで床に吸い込まれていくチョコレート。
落ちる。
僕の脳裏には、あのときの瞬間が、再び強烈に思い出されました。
エリ「………」
おそらくエリさんも同じことを考えているに違いありません。
エリ「じゃ、じゃあまた…」
エリさんはそうつぶやきながら、自分の席に帰って行きました。
僕はたった一人残されつつ、自分の運命と今回のできごとをかみしめました。
………。
みなさまも、いつかぜひ、
バンジージャンプをオススメします。
(完)
ここまでおつきあいくださって、本当にありがとうございました。
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●素敵イラストはソラさん
(女神)
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