バリで落ちる女医。12
バリで落ちる女医。12 これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。 |
<前回のあらすじ>
バリに来たマヤ・ユウ・リオ・エリ。
ユウたちは、マヤの提案でバンジージャンプをすることになる。
すでにリオは飛び込み、ユウもついに飛んだ。
残るはエリ、ただ一人…!
<本編>
マヤ「大丈夫? ユウ先生」
薄れかけた意識で見上げると、マヤ先生が僕を見下ろしていました。
本当に酔うと、耳に入ってくる人の言葉すらも酔いを悪化させる要因になります。
あれから何分たったのでしょう。
とにかく人との会話も無意識でシャットアウトしたまま休んでいた僕。
少しずつ酔いも回復してきて、会話が可能な状態になりました。
ユウ「………あ、はぁ………。な、なんとか………」
すると、マヤ先生は、こう言いました。
マヤ「素敵だったわよ。ユウ先生」
ユウ「あ…ありがとうございます」
先生の笑顔。
これだけで、もしかして、飛んで良かったのかと思えます。
しかしこう思っては、先生の思うツボです。
僕は気持ちを入れ直しました。
マヤ「歩ける?」
ユウ「は、はい…」
マヤ「それでね」
ユウ「あ、はい」
マヤ「さっきから、すでに5分たってるの」
ユウ「あ…そうなんですか…」
マヤ「でね? 上の方で、エリがやっぱり、飛び込めないみたい」
ユウ「あ、はい…」
確かに、それはしかたありません。
男性である僕たちですら、あそこまで大変だった飛び込み。
ただでさえ震えていたエリさんなら、ためらってしまうのはしかたないでしょう。
マヤ「だからね、エリにこれ、届けてあげてくれない?」
ユウ「え?」
するとマヤ先生は、一枚の封筒を取り出しました。
マヤ「ここには、エリへのメッセージがあるの。これを見れば、元気百倍で、飛ぶことができるから」
ユウ「………」
メッセージ。
また、何かの脅し文句や、過去の彼女の秘密などが書いてあるに違いありません。
僕はそれを見つめながら、エリさんの不幸を哀れに思いました。
ユウ「いや………。でも………」
マヤ「心配? でも、私は本当に、エリのことを考えてるのよ」
ユウ「………」
僕は考えました。
このバンジージャンプ。
僕自身は酔ってしまいましたが、飛んだ瞬間は、不思議な爽快感が、あるといえばありました。
あそこで恐怖に震えているよりは、飛んでしまった方が、もしかして幸せなのかもしれません。
それに僕が行けば、彼女を言葉で励ますことができるはずです。
ユウ「………わ、分かりました………」
マヤ「OK! そう来なくっちゃ!」
僕は立ち上がり、封筒を持つと、バンジージャンプの塔の入り口に向かいました。
そのとき、マヤ先生は、言いました。
マヤ「あとね、ユウ先生の口から、エリにこう伝えてほしいの」
ユウ「………え?」
マヤ「『恋人岬』って」
………。
マヤ先生が、意味のないことを言ったことは、今まで一度たりともありません。
すなわちどんな言葉であっても、決して聞き逃してはいけない。
僕は小動物、いえ微生物としての本能で、全身全霊でその言葉を反芻しました。
ユウ「…な、何ですか、それ…?」
マヤ「知らない?」
ユウ「は、はい…」
マヤ「グァム島には、恋人岬というものがあるの」
ユウ「そ、そうなんですか…」
マヤ「どうして恋人岬ってついたか、分かる?」
ユウ「………」
岬と言えば、フロイト的には男性器の象徴。
そこに恋人とくれば、すなわち………
マヤ「ちなみにフロイト的考えは、まったく関係ないから」
先手を取られました。
マヤ「昔、あるところに、恋人たちがいたの」
ユウ「………」
マヤ「その恋人たちがいつも過ごしていたのが、その恋人岬。
ね? ロマンチックなエピソードでしょう?
彼女もその話を知ってるはず。
これを聞けば、彼女も気持ちが安らぐと思うから」
マヤ「あ、なるほど…。分かりました」
恋人岬。
素敵な名称です。
それをバンジーの上で、エリさんに伝えるのが、僕の仕事。
ただでさえドキドキしているバンジー台のところで、「恋人岬」というロマンチックな言葉を聞く、エリさん。
その気持ちを、そのまま僕に移し替える可能性だって、0ではありません。
マヤ「………ね? いい仕事でしょう?」
ユウ「は、はいっ!」
マヤ「気をつけてね」
ユウ「行ってきます!」
僕は台の上を、少しずつ登り始めました。
やはり、この階段は怖いです。
でも、今回の自分は、すでにジャンプを終えています。
そう思うと、不思議と足取りも軽くなりました。
人は、楽しい気分になると、時間が早くたつように感じるもの。
これは真実でした。
僕は気がつくと、すでにバンジー台についていました。
そこでは、エリさんが、震えながらしゃがみこんでいます。
ユウ「エ、エリさん!」
エリ「ユウさん? ど、どうして…?」
ユウ「………あの、マヤ先生から、メッセージだそうです………」
僕は封筒を、エリさんに渡しました。
彼女は不思議そうにそれを受け取ると、封を開きました。
そして、彼女は中にあった小さな紙を見ると、驚愕の目をしました。
エリ「………!!」
あのメッセージが、もしかして彼女の気持ちを追い込むものなら、あたたかな言葉を伝えるのは、今しかありません。
僕は心を決めて、言いました。
ユウ「そ、それで、ですね」
エリ「………は、はい?」
ユウ「『恋人岬』、だそうです」
エリ「………は!?」
ユウ「グァム島にある、恋人岬のことを、伝えてこい、と」
エリ「…恋人岬!?」
ユウ「は、はいっ!」
エリ「………」
ユウ「………」
エリ「ううん…。まさか、そんな………」
ユウ「???」
エリ「うん…。でも、マヤのことだから…。うん…」
彼女は一人で考えているようです。
そして、口を開きました。
エリ「私、答えは一つしかないと思うんです」
ユウ「え?」
エリ「ユウさんは、恋人岬の話、知ってるんですか?」
ユウ「愛し合う恋人が、二人で過ごしていた岬………なんですよね?」
エリ「………」
ユウ「………」
エリ「女と男。その恋人たちは、将来を固く誓いあう仲でした」
ユウ「………は、まぁ………」
エリ「そんなときです。村長の言いつけで、女は、外国から来た将軍と、結婚させられることになりました」
え。
エリ「女は驚き、それを拒みます」
ユウ「………」
エリ「しかし、それを取り消すことはできません」
ユウ「………」
ちょっと。
ちょっと、待ってください。
その話の続き、今、はじめて聞きました。
僕の胸の鼓動が、少しずつ高まっていきます。
エリ「…続きを、聞きたいですか?」
僕は思わずツバを飲み込みます。
ユウ「………は、はい………」
望まぬ男と結婚させられそうになった、女の話。
そして今目の前にいる、飛び込めない、エリさん。
この2つをつなぐ要素が、何か、あるはずだ。
しかし、それ以上の答えは、今、何も浮かびません。
僕は必死に頭を働かせました。
エリ「相談を受けた男にも、村長の決定を、くつがえすことはできませんでした」
ユウ「………」
今、心の奥底で、ある考えが、わき起こりました。
たとえるなら、湖の底から、恐ろしい魔物が出てくるような。
しかしそれは一瞬で、再び湖の底に沈められました。
理性が、常識が、それを必死に押し込めたような。
そんな気持ちが起こりました。
エリ「彼らは、自分たちの運命を、嘆き悲しみました」
ユウ「………」
エリ「そしてついに、二人は、決めたのです」
ユウ「………」
決めないで。
決めないで。
僕は心の中でそう念じました。
エリさんの次の言葉が、心から待ち遠しくて、たまりません。
彼女は、僕の方に、封筒の中にあった紙を見せました。
エリ「男は女と互いの体を固く結びつけ、二人で岬から身を投げたのです」
魔物、出た。
その紙は、バンジージャンプのチケットでした。
表には、マヤ先生の字で「For YU」と書かれていました。
エリ「私、答えは一つしかないと思うんです」
(つづく)