私の中には私でありながら譲れないものがあって

それが人生において多大なこじらせを生じさせている

 

例えば自分が女性であると認識していながら

女性であるがゆえに悩まされることがあって

女性である自分を認識しながら許せない

 

それが私の中に女性らしからぬ内面を作り上げて身体の中から

にじみださせているのだと思う

 

それは子供のようなにおい

 

男性では絶対ないのに女性らしからぬ内面

 

でも自分が男性になれないことも知っている

 

それでいい。積極的になりたいわけではない

 

男女というくくりが窮屈でならないだけだ

 

まともな人(いわゆる一般的な平凡などこにでもいてそれが当たり前の大多数)が

見ると私は歪で子供っぽくて理解しがたいものだ

まともな人がうらやましいとも思ってる

 

こんな私を友と思ってくれる人もいるし、いたし、袖すり合うも他生の縁ともいうか

一期一会であっても

 

 

出会いは奇跡なんだなと平凡なことを思う

 

 

意味のないことなんて何もない

 

皆身をもって知っているはずだ

 

どんなクソみたいな出会いも自分の糧になる

 

どんな嫌いな人もほかの人にとっては大切な人なのでそれだけで人生を

謳歌する資格がある

 

大切にしたい出会いだってある

 

狭いくくりなんてくそくらえだといつも思う

 

好き嫌いで単純に考えられるのは幸せだ

それ以上自分を否定しなくてもいい、悩まなくていい

他者を排除するだけだもの

 

心の安寧を求めるのならそうすればいい

 

ただ巻き込まないでくれ。

常識という名の暴力で人の心を否定しないでほしい

 

安寧なんていらない

常識なんて自分の判断の基準の味付けのひとつだ

 

心はすり減らしても傷ついても苦しいけどそうやって生きていくしか

自分にはできない

 

この歪な心は小さな箱庭の形をしていて

降る雪のように他人の感情を積もらせている

自分で感じ取ったものしか信じられないから貯めるしかない

感じて貯めて噛みしめて自分を緩やかに変えていく

 

自分なりのゆっくりとした成長だ

 

 

形を変えながら人と人との交わりは続いていくものだと思うから

私の知る誰かが私を否定しない限り

その関係は続いて行けると思ってる

変わらないのは繋がっているということで

変わるのは繋がり方なんだと思う

 

同じじゃなければならないなんてことはない

 

歪な心は形を変えることはないが

在り方を変えてはいける

 

人よりも那由他の時間を要する歩みではあるが

 

 

 

支離滅裂な独白