「俺、行かなきゃ」

 

 タバコを吸ってたジュンはそう言い、後ろにある茶色の建物へ吸い込まれていった。

 

 しばらくそこで、見知らぬ人たちと何とはなしに談笑していたジュン。その表情は心なしか、リラックスしていた。今、いる場所は厳しいところのはずなのに、笑っている。いつもより、もっと、素の表情で。何も飾ってない、そんな表情のジュン。

 

 ジュンの愛犬、マーフィーが、寂しそうに後ろ姿を見つめている。追いかけたいのに、その背中が

 

「だめだ」

 

そう言っているのを感じ、マーフィーは、そこに我慢していた。茶色のブロックレンガが埋め込まれた地面を前に後ろに、前足で撫でている。

 

「くぅぅぅうん」

 

そんな、聞こえるかどうかくらいの哀しそうな鳴き声を出しながら。

 

 リコは、思わずそのマーフィーを抱きあげた。中型犬のシェットランドシープドッグ。そう軽くはない。突然抱き上げられ、びっくりした表情で、リコのまん丸な瞳を見つめるマーフィー。リコがその鼻を撫でようとした時、マーフィーは、するっとその腕から抜け降りた。

 

 小さなカフェの周りを走り始めたマーフィー。リードをしてなくて、リコは慌てる。ジュンの大事な愛犬がどこかへ行ってしまったら。怪我でもしてしまったら。

 

「マーフィー」

 

「ちょっと、待って」

 

「マーフィーたらっ」

 

 

 あの建物と同じ茶色の建物の周りを駆ける二人。周囲の人たちが、見つめる。その二人を。あそこに吸い込まれていったはずのジュン。二人の声を聞き、見たくてしょうがなくて一瞬立ち止まる。

 

「どうしたんだ」

 

 もう見ないと決めていたのに、我慢できず振り返ろうとした瞬間、中から厳しい声がした。

 

「早くしてください」

 

「もう、時間がすぎています」

 

 

行かなきゃか……。