迂達赤隊長についたばかりの
チェ・ヨンは
久しぶりに
机に向かい
書を認めていた
高貴な身分に生まれた
チェ・ヨン
類稀なる資質を持ち生まれた
その男は
武芸に秀でてるだけでなく
文字も達筆で
チェ・ヨンにしか書けぬ
深みのある
見る者の心を癒す字を
著すことができた
あの時の果し状の
筆も
すらすらと
ウンスに認めた
初めての
恋文すらも
すらすらと
書き出したら
すらすらと
なんの迷いもなく
一気に書き上げる
チェ・ヨン
書を認める前に
しばし瞑想しながら
墨を練り上げる
ゆっくり
ゆっくりと
力を入れず
墨を練る
チェ・ヨン
硬い墨
滑らかな手に
握っているうちに
自分の手にすぐ馴染み
そして柔らかくなり
そのチェ・ヨンの墨から
なぜか
温かみが伝わってくる
そのうち
書きたいことが
ふわっと頭に浮かび
すらすらと
書き始め
そして
書き終わる
崔 塋
という自分の名前を書き
そして自分の印を
ぎゅっと押し
認めた書を見る
「我ながら よく書けた」
少しの微笑みとともに
そういつも
つぶやく
チェ・ヨン
まったく清々しい
顔をしていた
いつも
自分の書に
自分自身が
見惚れていた
自分のすること一つ一つに
自信など何もない
チェ・ヨンなのに
自分の書にだけは
密かに誇りを持っていた
なぜなら
その書を認めるための
すべてのものに
愛を感じていたから
それらと時を共にするだけで
幼少の時には感じることの
できなかった
温もりを
知ることができたから
父から譲り受けた
お気に入りの筆と
硯と墨
崔家に代々伝わる
家紋の透かしが入った
和紙
その和紙と向き合う時間が
チェ・ヨンは
好きだったのだ
何か落ち着かぬことがあると
大きな躰に似合わぬ
子供のころから使い慣れた
質素で小さな机に向かい
背筋をぴんと伸ばし
墨を擦り
和紙を置き
柔らかい人肌色の
何も書かれていない
そのざらりとした
肌触りの紙に
左手を合わせ
少しのしわを
すっと伸ばす
止まらずに
一気に
書きつらねる
チェ・ヨンの漢字
自分の心を
映し出す
そんな
チェ・ヨンの書
だが そんな書を書くチェ・ヨンに
実は誰も出会ったことが
なかった
目にしたことが
なかったのだ
書を認めるチェ・ヨンに
迂達赤隊員たちが
知っているのは
寝ているか
酒を飲んでいるか
怒っているか
そんなチェ・ヨン
自分たちより
よっぽど若いというのに
有無を言わせぬ
そして
自分に決して
触れさせぬ
そんな気が
嫌という程
その躰から
あふれ出していて
だから誰も
チェ・ヨンの懐まで
入ることができない
副隊長のチュンソクが
隊長になるのだと
そう思っていた迂達赤隊員たちは
最初こそ
皆一様に
チェ・ヨンに
歯向かってみたものの
いつしか
そのやる気のない
チェ・ヨンに
引き込まれ
自然と従うように
なっていた
チェ・ヨンは
自分に従えなどと
一言も言ってない
むしろ
こんな何もしない
隊長なのだから
早く辞めさせるための
嘆願書でも書いてくれ
そう言っているのに
そう願っているのに
隊員たちのチェ・ヨンを
見つめる瞳は
輝きを増すばかり
ただ何もせず
ただ寝て
いつもどこかに
姿消している
自由奔放極まりない
男なのに
だが その男の下にいれば
「大丈夫」
そんな気持ちを
躰で
その心で
感じていた
迂達赤隊員たち
チェ・ヨンが迂達赤に赴任して
数日寝食をともにした
迂達赤隊員たちは
もう その男から離れるなど
誰一人として
考えられなくなっていた
なのに
このように
こんなにも
慕われているのに
その男は
自分の本当の姿を
なかなか他の者に
見せようとしない
自分の部屋に閉じこもり
決して
自分以外の者を
入れぬ
たまに入るのを
許されるのは
チェ・ヨンただ一人の
私兵 テマンと
チェ・ヨンの忠臣
副隊長 チュンソク
そして
侍医のチャン・ビン
だけ
それも「よい」という
その言葉があるまで
誰も入ることができぬ
チェ・ヨンの部屋
テマンもチュンソクも
心配でたまらなかった
もしや隊長は
そのまま瞳を
開けないのではないか
もしや隊長は
夜の間に抜け出して
どこかへ行ってしまうのでは
ないかと
そんなことばかり考えて
一睡もできぬ男たち
交代でチェ・ヨンの部屋を
密かに監視して
灯りがいつ消えたのか
それとも一晩中
消えなかったのか
チェ・ヨンの動く姿が
格子窓に映ったのか
映らなかったのか
いつも固く閉じられている
チェ・ヨンの部屋にある
唯一の小窓
それが開いたのか
それともまた
開かなかったのか
それらを見張り
記録に記し
早朝の迂達赤会議で
報告することが
日課となっていた
だが昨晩の
隊員たちの間だけで綴られる
「迂達赤隊長チェ・ヨンの記録」は
いつもと違った
「報告しろ」
真剣な表情でそういうチュンソク
昨晩の見張りはトルベだった
「はっ」
「昨晩…隊長は……」
「……………………」
「なんだ。早く言ってみろ」
いつもなら
「昨晩もいつもと同じ」
「何もありませんでした」
そう判で押したように
同じことが報告されるはずなのに
今朝のトルベは違った
はっとするチュンソク
まさか
もしや
「どうしたのだ」
「何かあったのか」
「隊長に」
そう詰め寄る
とっさにテマンを探す
いつも後ろにひっそりといる
テマンもいない
チュンソクは顔面蒼白になって
「どうしたのだ」
「なにがあったのだ」
トルベの胸ぐらを
今にもつかみそうになっていた
チュンソクの
あまりの殺気に驚き
トルベは慌てて言った
「隊長は昨晩・・・」
「昨晩なんだっ」
「昨晩・・・隊長は・・・」
「だから、昨晩どうだったのだっ」
いらいらを露わにするチュンソク
「隊長は・・・ですから・・・
非常に機嫌が良かったのです」
「はあ?」
「なんだと?」
「機嫌がよい?」
一堂顔を見合わせて驚く
「機嫌が?」
「よい?」
「それはどういうことだ」
「早く言ってみろ」
「それに機嫌がよいのに
どうして俺を呼ばなかったのだ」
「なぜだ」
「どうしてだ」
チュンソクはまるで
チェ・ヨンのような
物言いになっていた
自分の敬愛する
いやしすぎている
チェ・ヨン
いつもその男を見つめるあまり
自分の言動までもが
チェ・ヨンに似てしまっていた
「なぜだ」
「どうしてだ」
その言葉を繰り返す
そのことでチェ・ヨンを感じ
チュンソクは自分の心が
癒されていた いつも
朝から騒々しい迂達赤の会議室
まだ朝もやのかかる早朝
このように騒々しいのは
初めてだった
チェ・ヨンがここへ着任してから
「して、どのように機嫌が
よかったのだ」
「隊長は」
そう改めて
密かに嫉妬を覚えながら
聞くチュンソク
「はっ」
トルベは昨夜のことを思い出し
思わず
にやりと笑いを浮かべた
「隊長は、あの小窓を開け
微笑みを浮かべ
自分の書かれた書を月にかざし
月に語られていました」
一堂、一斉にどよめく
「微笑んだ? 隊長が?」
「小窓を開けた?」
「書を持っていた?」
「自分の書を月明かりにかざした?」
「月に語る???」
それぞれが
ありえないと驚いたことを
口にしたせいで
会議室はさらに騒々しくなり
まるで烏合の衆のような
有様になっていた
「うるさいっ」
「静まれっ」
大声でどなる
チュンソクの声と同時に
会議室の扉が
ばんっ
と開いた
睨みつけるチェ・ヨン
誰もが凍え上がり
歯をがちがちさせねば
ならぬような
まさにそのような凄みのある
迂達赤隊長チェ・ヨンが
仁王立になり
隊員たちをにらみ付けていた
「王宮へ行く」
そうとだけ言うと
チェ・ヨンは
珍しく衣の擦り合う音を
大きくさせて
元来た道を振り返り
迂達赤兵舎を出ていった
あっけにとられる
チュンソク
慌ててチェ・ヨンに
ついていく
後ろを振り返り
「お前たち何をしておるのだ」
「早くしろっ」
そう目配せして
チェ・ヨンの後を
必死で追う
チェ・ヨンの背中が
ようやく視界に入り
その姿 よく見ると
昨晩書いたという
あの噂の書が
チェ・ヨンの手に
握られていた
その巻物の外側には
なにやら何文字かの
書を示した付箋が
巻物をまとめているひもと
同調するかのように巻かれている
「隊長チェ・ヨンの……」
その先は達筆すぎて
視力が抜群によい
チュンソクにも見えなかった
もちろんようやく追いついた
隊員たちに分かるはずもない
隊長は一体何を書いて
大事そうに手に持っているのかと
どの隊員たちも
興味津々で
「あれがトルベの言う
微笑みを浮かべて
月明かりにかざし
月と語り合ったという
書なのか?」
一様にそう思う
するとチェ・ヨンに割と
あからさまにものを言う
トクマンが
いつものごとく
何も考えずに言った
チュンソクが自分より
前にいるというのに
それを飛び越えて
あのチェ・ヨンに声をかける
あの背中
どうみても
怒っているとしか
見えないのに
お構いなしに質問する
トクマン
「隊長」
「昨晩は何をそのように
嬉しそうに書かれていたのですか?」
「何か嬉しいことでも
あったのですか?」
「それにその書はなんなのですか?」
隊長チェ・ヨンの…なにとかいて
あるのですか?」
「教えてください。隊長」
「俺たちもう、大変なんです」
「隊長のことが気になって気になって」
「夜も眠れないのです」
そう矢継ぎ早に問いかける
トクマンにチェ・ヨンは
ついに言った
もちろん振り返りなどせずに
だが一瞬立ち止まり
鳴り響くイナズマとともに
「応える義務などない」
「何を書いてもよいだろう」
「何を感じても」
「よいだろう?」
そう言うと
チェ・ヨンはまた
大股でずんずん歩いていった
幼き王に仕えるチェ・ヨン
自分を頼り切っている
まだ幼き王を
まるで弟のように想い
それはそれは
大事にしていた
誰の目にもそれは
あきらかで
それが周囲の嫉妬を
かってもいた
そんなチェ・ヨン
昨晩も
王のために
計算していた
面倒だが
瞬時にできる
計算をしながら
珍しく書を認めるチェ・ヨン
俺が十
チュンソクが五十
その他が均等に四十
それでよいな
いや俺は〇
テマンに十
チュンソクが四十
その他均等に五十だな
そうなにやらぶつぶつ
言いながら
漢数字をしなやかに
認めていくチェ・ヨン
最初に書いた数字に
朱色で赤を入れ
またその脇に
真っ黒な字を書き入れた
修正した経緯が
分かった方が
幼い王でも
想像しやすいだろう
そう思い
わざと朱色の文字を
入れる
俺は何もいらぬ
他のものたちに
十分行きわたれば
それで良い
そう満足そうな顔で
チェ・ヨンは昨晩
その書をかきあげ
そして月に和紙をかざし
大好きな崔家の家紋を
仰ぎ見た
自慢するわけでは
決してなく
その家紋がただ
好きだったチェ・ヨン
俺はよいのだ
俺は何もいらぬ
俺はどうせ
もういなくなる身だから
何もいらぬ
ただ欲しいのは…・・・
ただともにいて欲しいのは・・・・・・
いや、なんでもない
なんでもないのだ
そう言い
王宮へと
チュホンを走らせた
後から
駿足チュホンを
這々の態で追いかけてくる
迂達赤 隊員たち
「だめだ」
「あれでは」
「やはり」
「あいつら」
「三十だな」
「変更しよう」
「王様にそうお伝えしよう」
「少し厳しくして
危機感を与えねば」
「あれではまったく伸びぬ」
五十、三十、二十などと
数字をぶつぶつとずっと
言い続けているチェ・ヨン
トクマンが後方から
大声で声をかける
「隊長、どこへ行かれるのです」
「ここですよ、王宮は」
「大丈夫ですか?隊長?」
はっとするチェ・ヨン
当たり前のことを
わざわざ言う
トクマンに
チェ・ヨンは腹がたち
つい
言ってしまった
「お前は三十分の一だ」
「よいなっ」
「もっと鍛錬しろ。鍛錬を」
そう言い捨てると
もう少しで
行き過ぎようとしていた
王宮へ
吸い込まれるように
消えていった
王の指示を詳細に
報告するために
俺は微笑んでない
俺はこのような顔を
していただけだ
なのにあいつは
何を言っておるのだ
まったく
許さぬっ
減らす
減らすぞ
そんなことを
言っておると
ー後書きー
早くも
寄り道第2弾
「初恋」にしようか
「計算」にしようか
迷った挙句
初恋はもっと前に
戻りたいので
新しいテーマの
計算にしました
このテーマ
チェ・ヨンが
いろいろ計算する
話です
本当はもっと
面白く書くつもりが
見ていた上の動画のせいで
このように
冒頭しっとり?
になってしまいました
どっちつかずで
ミヤネ〜
この話
王様の前で
続きます
王様は幼い王です
そして
寝ながら書いていた
箇所が何箇所かあり
すみませぬ
今はする〜で
あげてしまいます
寝てるのに本当に
文字を打ってる自分に
マジ驚きました
おそろし〜
こわっ
では
おやすみなさい
///すみませぬ///
筋は変えず
少々追記しました
いつもながらに
ミヤネ〜