運命の ひと  キム・ナナ

 

ユンソンはさっき来たばかりの道を

キム・ナナを抱いたまま

まるで作戦を実行している時のように

音を立てず 小走りに引き返していった

 

皆 そこにいるのに

まるで気づかれないように

この場を 二人 抜けだそうとしている

 

 

チョン・チノ

キム・タン

そして ク・ジュンピョは

まだ チェ・ヨンとウンスの口づけに

釘付けになっているから

 

「今だ」

 

そう想い ユンソンは

キム・ナナを抱いたまま

この場を去った

 

 

 

チェ・ヨンは今 その瞳を閉じ

それを閉まったまつ毛の隙間に

丸い粒の雫を溜めながら

 

あの切なすぎる瞳で

まるでウンスに誘導されるように

愛しすぎてしまっているその女に

口づけをしていた

 

 

まるで子供のように

あのどっしりと何にも動じなさそうな

そんなチェ・ヨンが

すっかり甘えている色を顔に浮かべながら

 

でも その逞しく広い胸に

ぎゅぅっと自分の女を包み込みながら

口づけをしている

 

それと同時に 

たった一歳しか違わないのに

弟のように思える

 

同じ瞳と過去を持っている

そう思えてならないイ・ユンソンに

 

今 この場から再び遠ざかり

キム・ナナと二人の世界へ行こうと

しているその男の心に

 

語りかけていた

 

静かに

言い聞かせるように

 

 

「だから 言っただろう?」

 

「お前 もういいんだ」

 

「大丈夫なんだ」

 

「自分の想いに 素直になれ」

 

「脳が躰が心が 感じたとおりに」

 

「生きろ」

 

 

「抑えるな」

 

「生きろ」

 

「生きるんだ ナナと一緒に」

 

 

その声 ユンソンの胸だけにでなく

そこにいたジュンピョ タン チノの三人にも響き

自分の愛にも置き換えながら

その言葉 躰で感じていた

 

 

チェ・ヨンが 訥々とつとつと語るその声色

自分たちが もがいて もがいて

ずっと苦しんできた 

でも離すことができなかった

その愛を 

 

肯定し 温かく包み込んでくれるようで

 

「がんばったな お前たち」

 

誰も言ってくれなかったその言葉

 

あのチェ・ヨンが 

ちゃんと理解してくれているようで

 

なぜか すとん と自分の心に落ちてくる

 

どうしていいか分からなかった自分

だが この愛 絶対に離してはだめだと

そう感じ そう想い

これまで 必死に頑張ってきた4人

 

チェ・ヨンのその落ち着いた

心に響くその声色は

そこにいる4人の男たちの心を

心地よいまでに溶かしきり

 

そしてその脇にいる

自分をまっすぐ見つめる 自分の女を

愛おしく 抱きしめた

 

 

チェ・ヨンは ヨン・クォンに言われた

 

「お前 これまで よく頑張ってきたな」

 

その言葉

自分を解放してくれた言葉を

 

今 ユンソンにどうしても言ってやりたくて

 

ウンスとの口づけにこれほどまでに

夢中になっているのに

その言葉だけは 贈らずにいられなかった

 

 

自分のことを十分に理解してくた証の

労いの言葉

 

その言葉 

別に望んでいたものではなかったが

実際に言われると

どれほどの魔法を持っているのか

言葉にそんな力があるとは

思ってもみなかった

 

心地よくて

涙があふれ出てしまうくらい 嬉しくて

心の重荷が すっきりと取れたようで

 

これまでどれほど

自分が我慢してきたのかということを

自分自身で 改めて知ったあの時

 

だから そう言ってやることが

本当に頑張ってきた人には

頑張りすぎている人には

その言葉が どれだけその心を緩めるのか

重荷をとってやれるのか

心を解放してやれるのか

 

チェ・ヨンはそれを感じたから

だから 今 そう言った

ユンソンに

 

 

そして

 

 

「がんばれ」

 

「ユンソン」

 

「がんばれ」

 

「俺の弟………」

 

と………

 

 

 

 

「俺たち 早く結婚式挙げたいな」

 

キム・タンがチャ・ウンサンにささやく

あのハワイの

あのノースシュアの砂浜での

あの愛を 思い返すキム・タン

 

二人があそこで口づけをしたその時

仕込んであった花火が上がり

そして……俺たち………

 

自分の肩までしかないウンサンの躰を

静かに引き寄せ 髪を撫でながら

あの時のことを思い出し そうい言う

 

5人の中で一番年下なのに そうは見えない

風格をキム・タンは持っていた

 

俺たち迷うことなく「直進」だからな

そう言って ウンサンを引っ張っていく

キム・タン

 

 

「一体どこへ行こうというのか」

 

「お前もか……?」

 

チェ・ヨンは キム・タンのその言葉に

自分の「正面突破」を重ね合わせていた

 

 

それに比べ ク・ジュンピョは

タンより一つ年上なのに

こんな時 一体どのようにして

一体何を言ったらいいのかよく分からず

 

「いつになったら次にいけるんだ?」

「もう 待ちくたびれたよな」

 

相変わらず口を尖らせながら

そんなどうでもいいことを

クム・ジャンディに言うことしか

できない

 

あの時も………

行きたくてたまらず

部屋におしかけたのに

結局ラーメンに夢中になって

本気でラーメンに夢中になり

そう言って ジャンディと弟から

取り上げ

 

部屋のゴキブリに騒いで

そして寝てしまい

自分の気持ちに素直すぎるジュンピョ

でも 誰よりも真っ直ぐで

その言動は ジュンピョそのものだった

 

決して諦めないその心

欲しいものはどちらも欲しい

 

チェ・ヨンとまたこの男も

似たところを持っていた

 

だから ジュンピョに

にっこりと微笑むジャンディ

 

そんな ジュンピョが 好きで

そんな 大人になりきれない

子供っぽいジュンピョが

でも 自分を何も飾っていない

そのままのジュンピョが

大好きで だからジャンディは

大きな体のその男を 思いっきり

抱きしめた

 

 

 

チョン・チノは……

 

あの本当に辛かった日々のことを思い出していた

ひょんなことから ゲイの振りしなければならず

不本意な嘘までついてケインの家に潜り込み

でも気づいたら

パク・ケインを追う自分がいて

 

昔好きだった男がまだ忘れられない

ケインを 見ているしかない自分

 

 

そんな自分にイライラして

ケインに八つ当たりまでして

他の男を見るケインの言動が

一つ一つ気に入らなくて 

我慢できなくて

 

だから 自分からぶつかった

初めて自分の気持ちぶつけた女

パク・ケイン

自分の殻を破ることが

こんなにも難しく

だが 破った時には

こんなにも 心が軽くものなのかと

それを教えてくれたのが

今抱きしめている自分の妻

パク・ケインだった

 

チェ・ヨンは 「この男もか」

そう想う

 

自分の殻を破るのが難しいこと

それは自分も身をもって

経験したことだから

 

だから チョン・チノとは

肩を並べて何かができそうな

そんな気がしていた

 

 

それぞれの愛を再び

いくつもの苦しみを乗り越えて

勝ち得た愛を 再び

味わっている 4人

 

幸せな 弾けるような空気が

もうすぐ夜が開けようとしているこの湖を

静かに 覆っていた

 

 

 

 

ユンソンの胸の中にすっぽり入って

ユンソンをじっと見つめたままの

キム・ナナ

 

ユンソンはその刺さるような視線を

痛いほど だが心地よく感じながら

走っていた

 

静かに

だが 早く 早くと

はやる気持ちを抑えることができない

ユンソン

 

チェ・ヨンがずっと言っている

 

「自分に素直になれ」

 

その言葉の意味を思いながら

今胸に抱いているキム・ナナとの

ことを 思い出していた

 

なぜここまで好きなのか

なぜこんなにもダメなのか

 

それを思っていた

 

 

 

俺と同じ瞳を持つ女

でも 俺よりも全然前を向いて

くりんくりんの その瞳

いつも キラキラ輝いている

 

そんな女

 

いつも元気で明るいナナ

 

強がって

一人で

 

強がって

 

俺には分かるんだ

 

一人でいる時 

一人の夜

 

どんなに寂しくて

どんなに悲しくて

 

そして 一人で泣いていたか

 

その小さな躰 まるまって

膝を抱えて ベッドで一人

 

泣いていただろ?

 

 

分かる

その瞳見れば

そんなこと すぐ分かる

 

なぜなら

俺も

 

そうだったから

 

 

毎晩

 

毎晩

 

寂しくて

 

 

ありえないくらい理不尽な

そして辛い思いしてきたのに

 

俺と同じくらい

いや 俺以上に

俺なんか比べ物にならないくらい

 

ひどい生活で

 

でも 必死すぎるほど必死に

がむしゃらに 明るく生きて

 

 

そんな 悲惨な人生だったのに

なぜ そんなに明るく話せるんだ

お前は

 

 

「きっとうまくいく」

 

 

そういつも話すナナを

俺は つい見つめて

目が離せなくて

 

でも目が合いそうになると

やっぱりそらして………

しまう俺

 

恥ずかしいんだ

こんな俺

自分でも初めてで

 

どうしたらいいか分からなくて

つい目が挙動不審になって

喉が ごくって動いて 鳴って

 

 

 

こんな辛い想いいつもしてるのに

よくもこんなに明るい笑顔を

振りまいていられるなと

 

 

「なぜなんだ?」

 

 

そう想って俺よりずっと下にある

その顔 見てたら

 

ふとそのまん丸な瞳が

俺を見上げ

 

はっとして

思わず自分の視線

慌てて横にそらしてた

 

 

はっ

 

わざとらしすぎる

 

百戦錬磨なはずの俺なのに

どうしてキム・ナナと向き合うと

こんなに子供じみた男になってしまうのか

 

いや 今時の小学生よりひどいかも

こんな分かりやすすぎる

俺の仕草

 

 

契約書なんて作って

わざとらしすぎて

 

本当に俺

 

 

恥ずかしいほどわざとらしいことを

もっともらしく見せて

でもそれに何も言わずに

乗ってきたキム・ナナ

 

 

いろんな姿を持つ俺

 

遊び人を演じる俺と

真摯に命かけて仕事に向かう俺

 

相手を追い詰めても

俺は

 

絶対に

 

殺さない

 

世間から罰を受ければいいだけ

その命まで奪うことはない

 

絶対に殺さないんだ

だからキム・ナナと

こうしていられるんだ

 

キム・ナナの目を見ていられるんだ

俺 悪いことはしてないから

俺の心に 嘘はついてないから

 

 

でも ナナが喜ぶと思ってやったこと

ナナは怒って

 

怒って

 

怒って

 

 

俺には従わないといって

俺の言うことなんかまるできかない

自分のことは自分でするから

そう言って

金も俺にぶつけて

 

いつも良かれと思ってやったこと

裏目に出て

ナナのこと思ってやったことなのに

ナナはそれが嬉しくないって

言って

 

謝りたいのに謝れず

 

でも 反発しながらも

俺は 惹かれ

ナナに 惹かれ

 

気づいたら

ナナに夢中に

ナナにがんじがらめに

なっていた

 

 

 

 

ユンソンは つい先ほど

 

「まだ俺たち まだ早い」

 

「もう少し……後で……」

 

そう言い 求めているキム・ナナを

ある意味拒絶して

でも 好きで好きで死ぬほど好きな

キム・ナナを離すことができず

抱いたまま チェ・ヨンたちがいる

この湖畔へと出てきたのに

 

チェ・ヨンのウンスを貪るような

まるで躰の中に呑み込んでしまうような

あの口づけを見て

 

いや チェ・ヨンにまたわざとそれを

見せつけられて

 

我慢に我慢を重ねていた自分が

抑えきれず

いまにも爆発しそうになって

 

来た道を 引き返してきた

 

 

 

ばたん

 

 

また この扉を

こんなにすぐに

開けることになるとは

 

 

自分のその情けない行動

 

あっちに行ったり

こっちに来たりの

その決めきれない情けない行動に

片方の唇を上げて苦笑しながら

 

でも その瞳

 

黒く澄んだ 深いその瞳

 

キム・ナナを 見つめている

 

 

「降ろして」

 

 

一言 キム・ナナは

 

そう言った

 

 

言われるがままに

自分の胸にずっと抱いていた

自分の愛しい女を 床にそっと降ろす

 

 

 

再び戻った 二人きりの世界

ここには あんなに一緒にいたかった

ユンソンと 自分の二人しか

いない

 

なんでも 言えそうだった

なんでも できそうだった

 

 

だが やはり さっきも 言った

ボストンミュージアムで会った時から

ずっと 言っている

 

あの言葉を 言う

 

 

それしか なかったから

キム・ナナには

 

 

「ユンソンと」

 

 

「一緒に生きたい」

 

 

 

 

沈黙が流れる

ベッドしかないその広い部屋に

 

 

二人の胸に きりっ と痛みが走る

 

 

相手が 何かを言うたびに

ずきんっ と 胸が痛んで

 

 

もう 何回目なのだろう

数え切れないほど 感じてきた

この痛み

 

どんどん 痛みを増す この感覚

 

『もう……ダメだ………』

 

ユンソンは そう心の中で

自分に自分で言うと

 

 

 

「いいか…………」

 

 

そう 言いながら

 

キム・ナナを後ろから抱きしめた

 

 

俺でいいのか

 

本当に

 

 

こんな俺でいいのか

 

お前の相手

 

 

俺で

 

本当に

 

いいのか………

 

 

そう何度も言いながら

 

でも キム・ナナの躰にどんどん

自分を重ね

 

そして ナナに甘えるように

ナナの背中を自分のものにしていく

 

 

涙を流しながら 何度も頷くナナの頬

 

キム・ナナを自分の方に向け

その大きな優しい手でナナの頬を包み

その涙 唇でそっと拭いてやりながら

 

その瞳少しずつ 閉じていく

 

 

「俺で……いいのか……」

 

「本当に…いいのか……」

 

 

そう繰り返しながら

キム・ナナの頬を

唇でなぞる

 

 

 

その感触 感じながら

 

 

「いいの……ユンソンが…いい…」

 

「ユンソンでなきゃ……だめ……」

 

 

そう ぷるんとした唇の

わずかな隙間から

つぶやく

キム・ナナ

 

 

「俺で……いいのか」

 

「いいの……ユンソンが」

 

その言葉を繰り返しながら

 

ユンソンはそっと

優しく

 

キム・ナナを

 

そこにある大きなベッドへと

倒して

 

いった

 

 

ナナ……

 

いいのか

 

俺で

 

本当に

 

いいのか

 

こんな俺で…………

 

 

 

 

The Five Kisses このお話の前話は

「イ・ミンホに愛を叫ぶ」ブログで

 

花より男子:ク・ジュンピョ

個人の趣向:チョン・チノ

シティーハンター:イ・ユンソン

シンイ:チェ・ヨン

相続者たち:キム・タン

 

5人が一同に会し 

米・ボストンから世界を舞台に

繰り広げる物語です

 

最新前話

The Five Kisses ー涙流すヨン 引き返すユンソンー Vol.13