『五島列島(ごとうれっとう)、、』

 私と和音は同時に言った。
 
 スケッチブックの中の景色を見つめる愛子先生はその優しい声で続けた。
『五島はね、空気がとても清んでいて、海もとても美しいところよ。
 夜にはね、満天の星空の中に混じって、人工衛星も見えるほどなのよ。住んでいる人たちもいい人ばかりなの。あの人も心の綺麗な人だったわ。』

 五島列島は長崎県の西に位置し、大小合わせて150以上の島々からなる空も海も景観も本当に美しい場所なのだ。ほぼ全域が西海国立公園に指定されているの。

 私たちは愛子先生の話に聞き入ってしまっていたが、『あの人』という言葉にはっとした。
 あの人って誰なのだろう。私は愛子先生に聞いてみた。
『五島に知り合いの方がいるんですか?』

『恋人だったりして。』
 さすが和音、ダイレクトに聞くわ。そう思っても直接聞く勇気のない私とは違うわ。

 愛子先生はにこっと微笑み、
『あたり。素敵な人よ。』愛しさを感じる声で答えた。

 私たちは顔を見合せて、きゃっと笑った。
『結婚するんですか?』
 和音はまたまたダイレクトに質問する。すごい、凄すぎる。

『婚約していたんだけどね、、、。5年前に亡くなったの。』
 愛子先生はスケッチブックのページを何枚かめくり、海を背に微笑む男性の姿が描いてあるページを開いた。
『私はずっと彼の婚約者よ。』

 私たちは聞いてはいけない事を聞いてしまった気がした。
『愛子先生、ごめんなさい。』
 私はつい謝ってしまった。

『あら。謝ることなんてないわよ。人は誰でも生まれたら、いつかは死を迎えるものだから。』
 軽く笑顔で答える、愛子先生の言葉が辛かった。

 大好きな人が亡くなる辛さは私にもわかる。私はお父さんを胃ガンで亡くしたの。大好きだったお父さんに二度と会えなくなる辛さは半端じゃない。

『さあさあ、雨も止んだようよ。また降ってくる前に帰りなさい。』
 気まずい雰囲気だった、私たちはこのタイミングで帰る事にした。

『はい、そうします。』
 私たちは返事をした。