『今はテスト週間よ。部活動はやっていないのは分かっているわね。中学でもそうだったでしょ。明日から期末試験だというのに、困ったお嬢さんたちね。』

 愛子先生は呆れ気味に言った。


『私たち自転車通学なのよ。少しでも小降りになるまで雨宿りしていただけだよ。ね、和音。』

『そうそう、それに私たち芸術家でしょ。雨を見てたら何か腕がうずうずしてきて、絵が描きたくなっちゃってさ。ひまわりもだよね。』

 私たちは二人で頷き合った。


 ふぅと軽いため息をついた愛子先生は、手に持っていた書類を机の上に置いて椅子に腰かけた。

『私も似たようなものかしら。学生時代から絵ばかり描いていたもの。』

 軽く笑いながらそう言った。

『職員室じゃ息が詰まるから、ここで仕事をするのよ。そして疲れたら、スケッチブックに好きなものを描く。
 そう言って机の引き出しからスケッチブックを出して見せてくれた。そこには長崎の街並みや島々などが鉛筆で描かれていた。色をつけた絵もありとても優しげで穏やかなものばかりだ。

『愛子先生が描いた絵って、何だか温かい感じがするわ。』
 愛子先生は私たちのアイドルだ。美人で優しく生徒の気持ちもよくわかっている。先月の誕生日で30歳になったが結婚話もなく、恋人がいるなどという話さえも聞いたことがない。不思議なのよね。

『私はこの町が好きだから、写真もよく撮るのよ。そして写真を見ながら、頭の中を真っ白にして何も考えずに描くのよ。』
 スケッチブックをパラパラとめくりながら話す横顔に、どこか憂いが見えたのは気のせいだろうか。

 スケッチブックの絵の中に見馴れない風景があった。
『愛子先生、その絵はどこですか?』
 和音も気付き、私より先に聞かれてしまった。

『五島よ。上五島の景色よ。』
 すうっと息をすうと、さっき感じた憂いというのだろうか、少し潤んだように見える瞳で絵を見つめながら答えた。