【物語】

吉岡鬼一法眼は陰陽道の権威であり、かつ兵道を極めた者のみに伝えられる虎の巻(=兵法の秘伝書)を所持する武の達人です。
もとは源氏の臣下でしたが、現在では平家の平清盛に仕える身。
かつて源氏が敗走した際、父親は3人の息子にそれぞれ別の道を与えました。
長男・鬼一法眼には、戦勝者「平家」へ下る道を。
血を絶やすことは先祖への欠礼、絶対に死んではならぬ、手段はどうあれ必ず生きのびよという苦しい決断でした。
次男・三男は、武士として誇り高く、恩ある「源氏」の為に生きよと。
そうして、三兄弟は望まずとも敵味方に分かれることとなったのです。

今や平家の武芸指南役として絶大な権勢を誇る鬼一法眼ですが、老齢の身を病に侵され、屋敷に引きこもっています。
文武両道、剛直な鬼一法眼の唯一の道楽は、菊の花を愛でること。
ことさらに愛し、咲き競わせた色とりどりの菊花が咲き乱れる秋の庭は格別の美しさです。
そのひろい庭の掃除を一人で終えた新参の奴・智恵内がくつろいでひげを抜いている所に、古参の奴たちが現れます。
この奴たち、新参者の智恵内の悠然とした態度、どこか人を圧倒する迫力が気に食わない。
何かにつけては難癖をつけて智恵内に絡むのですが、そんなことは歯牙にもかけない智恵内の態度がなおさら憎たらしい様子。
今日も庭の掃除が不十分だとよってたかって攻め立てます。
さすがにむっとして、かかって来いと突っかかる智恵内。
多勢に無勢。奴たちは勢いに乗って智恵内に打ちかかりますが、智恵内の鮮やかな手並みに小手先であしらわれてしまい、ほうほうの体で逃げ出します。
尋常でない強さもそのはず、この智恵内、実は鬼一法眼の末弟・鬼三太。
源氏に仕える鬼三太は、平家方へ下った兄の手元にある秘伝の虎の巻を手に入れようと、主人・牛若丸とともにこの館へ奴奉公としてまぎれ入っていたのです。

奴たちが逃げ去ったところに腰元衆が現れ、下がろうとする智恵内を呼び止めます。
鬼一法眼が菊を見に来るので、お迎えの準備を頼みますと言われた智恵内は床几の場所を選んだり、座布団を整えたり。戯れに主人の白繻子で作られた座布団に座ってみて、その柔らかさに驚き軽口をたたいてみたりします。
そこへ腰元衆に付き添われ、鬼一法眼が登場。
老齢といえども見事な体躯を豪奢な着物で包み、厳しい風格の漂う白髪。家中での権勢を偲ばせる立派さです。
鬼一法眼は菊花の見事さに心を和ませ、ゆったりと見物して廻りますが、ふいに眉をひそめ庭掃除をした奴を呼べと言い出します。
腰元に呼び出され智恵内が現れると、鬼一法眼は掃除の手抜きを叱りつけました。
すると智恵内は恐れ入る様子もなく、「ひとつふたつの葉が落ちているのは見苦しいが、秋の紅葉が地面に敷き詰められた風情はまたひとしお。そう思って掃きませんでした」との言い訳。
その機知に富んだ返答に、鬼一法眼はにやり。「智恵内(ちえない)というのに知恵のあることだ」と朗らかに笑います。

そこへ、鬼一法眼の娘・皆鶴姫の供をして平清盛邸へ出かけていた奴の虎蔵が一人で戻ってきました。奴の虎蔵、実は源氏の武将・牛若丸の仮の姿。
皆鶴姫に先に戻っているよう指示されてきたのですが、娘が可愛い鬼一法眼は帰宅まで供をしないとはと厳しく叱りつけます。
そこへ戻った皆鶴姫。
この皆鶴姫、若々しい男ぶりの虎蔵にぞっこん惚れ込んでしまっているのです。叱られる虎蔵を見て、必死の庇い立て。
かわいい娘にそこまで言われてはと、さすがの鬼一法眼の怒りも和らぎます。

そこへ現われたのが、平家の武将・笠原堪海。
堪海は鬼一法眼から武芸の指南を受け、筆頭の腕前の持ち主。
鬼一法眼の愛娘を妻に娶り、彼の後継者となろうかと目されています。
しかし当の皆鶴姫は堪海の傲慢さが大嫌い。恋する虎蔵への一途な思いを胸に、つんとそっぽをむいて堪海へは目もくれません。
堪海は、鬼一法眼に「所持する秘伝の虎の巻を差し出すように」という平清盛の言葉を伝え、その後の世話話に、最近、源氏の牛若丸とその従者が近辺に潜伏していることが分かった、必ず捕らえて見せようと軽口をたたきます。
鬼一法眼は話は奥で、と堪海と皆鶴姫を先に座敷へ向かわせ、控える虎蔵へ向き直ると、先ほどとは打って変わった厳しい口調で館からの放逐を言い渡します。
驚く虎蔵と智恵内。智恵内が若い虎蔵を庇い、必死に許しを願いますが鬼一法眼は聞き入れません。
なおも食い下がる智恵内に、鬼一法眼はそれならお前が虎蔵を打ち据えよと命じます。
智恵内(=鬼三太)にとって虎蔵(=牛若丸)は大切な主。
打ち据えようと棒を振りかざしますが、どうしても打てない。鬼一法眼はその姿をじっと見据えていましたが、やがて苦しむ智恵内を尻目に奥へと下がっていきました。
実は鬼一法眼、さすがの眼力で虎蔵・智恵内が牛若丸主従であることを見抜いていたのです。虎蔵を打つことが出来ない智恵内を見て、そのことに確信をもったのでした。
平家に仕える身であっても、実は源氏武士の心まで売り払ってはいなかった鬼一法眼。御曹司を売ることなど出来るはずがありません。
先ほどの堪海の言葉を思い、「平家の膝元であるここにいては危ない、遠くへ逃げよ」との思いから、たわいない罪にかこつけて牛若丸を館から追い出そうとしたのでした。

二人きりになった虎蔵と智恵内は、主従の態度にがらりと変化。
かしこまる鬼三太に、牛若丸は自分を打ち据え、鬼一法眼の怒りを解かなかった態度を叱りつけます。
弁慶が涙を呑んで牛若丸を打ち据え、危機を脱した安宅の関越えのことを思えば、鬼三太の態度はあまりにふがいない。
欲しい虎の巻も、館に仕えていればこそ奪うチャンスもあるというものではないかと怒る牛若丸の剣幕に、ひたすらかしこまる鬼三太。
追い詰められた牛若丸は、かくなる上は虎の巻が置かれている蔵へ忍び入る、気付かれぬよう周りを抑えよと鬼三太に命じます。
危険な潜入を牛若丸にさせる訳にはいかないと、鬼三太は「兄を騙すのは苦しい」と理由をつけてその役を引き取ります。

いざ、というまさにその時。
現われたのは、先ほど奥へ下がった皆鶴姫。
もしや会話を聞かれたのではと二人は緊張しますが、皆鶴姫の様子に変化はありません。
恋する虎蔵が沈み込む様子に訳を問うと、先ほどの供の不手際が鬼一法眼の怒りに触れ、暇を出されてしまったというではありませんか。
皆鶴姫は私から父に話しましょうと請け負い、そして虎蔵へ思いを語り始めます。
乙女の情熱で積極的に迫り、皆鶴姫の一途な思いに鬼三太も助け舟を出しますが、源氏再興の瀬戸際、そんなことを考える余裕のない牛若丸の態度はかたくなで木石のよう。
思いがまったく届かぬ悲しさに、皆鶴姫は先ほどの話をすべて聞いてしまったことを打ち明けます。平家方の娘にそれを聞かれたとあれば、二人は自分を生かしておくわけがない。思いが届かぬものならば、いっそ愛しい人の手にかかって死にたいという情熱的な恋心。
皆鶴姫の覚悟に憐れを感じながらも、源氏再興の足がかりを奪われるわけにはいかないと二人は皆鶴姫殺害を決意します。手を合わせる姫に刃を振り下ろそうとしたまさにその時、現われたのは堪海。
許婚を殺されてなるものかと、二人に襲い掛かります。
しかし相手は鬼神のごとき強さの牛若丸。武術自慢の堪海もたわいなく押し込まれ、ばっさりと切り捨てられてしまいました。

殺人まで犯し、もはや一刻の猶予もありません。
すぐにも館へ忍び入り、虎の巻を奪おうとはやり立つ二人の言葉を聞いた皆鶴姫は、虎の巻が隠された蔵へ自分が案内をしようと申し出ます。
それは願ってもないこと。
二人は皆鶴姫と手を結び、思いをひとつに結束して覚悟を決めるのでした。

【参考公演・文献】
吉例顔見世大歌舞伎(2004年11月公演)・同公演チラシ

虎蔵 実は 牛若丸:芝翫
智恵内 実は 鬼三太:吉右衛門
皆鶴姫:福助
笠原堪海:段四郎
吉岡鬼一法眼:富十郎

【作品データ】

【最終更新日】
2005年3月5日