敏感で繊細で強い自分でもいいじゃない | 山下由紀子「優しく丁寧にぶったぎるパートナーシップ論」

山下由紀子「優しく丁寧にぶったぎるパートナーシップ論」

元不登校で両親の夫婦喧嘩が絶えない家庭に育ち、自己肯定感が低くてパートナーシップもボロボロだった私。今では夫に思いっきり愛されて\幸せが当たり前♡/の毎日を送るようになりました。
インナーチャイルドとバーストラウマを解消するセッションを提供しています。

先日、こんなことを言われました。



 
「ゆっきーって、
繊細で、
敏感で、
でも、強いよね。」
 


確かにそう。


 
私は強い部分も、
繊細で敏感な部分も、
両方あるなあと自分で感じています。
(繊細で敏感なのが弱いというわけでは
ないのですが)



でも、昔は、そんな自分の敏感さが
ものすごく嫌でした。


 
ずいぶん前から
HSPの本などは読んでいて、
だいぶ前にエレイン・N・アーロン博士の
HSP診断テストをやったら、
ほぼ全部に当てはまっていました。

 
(※HSP=Highly Sensitive Person
とても敏感な人)



人の感情や場の空気も
すごく感じ取ってしまうし。
場所そのもののエネルギーにも敏感で。


 
大きな音や強い光も苦手だし、
電磁波もしんどい。


 
映画やテレビの暴力的なシーンは
観るのが本当に無理で、
途中で映画館を出たこともありますぐすん


 
今の職場は基本的に和やかだけど、
むかーし勤めてた職場で
誰かがひどく怒られてたりすると
もう自分のことのように辛くて辛くて
体調が悪くなってしまっていました。


 
ときたま、泣きながらHSPの本を読んで、
何で自分はこんなに敏感なんだろうって
思ってました。

 
 
敏感でない人は平気なことがたくさんあっていいな。
 
まわりがどんな空気でも動じなくていいな。
 
敏感な自分は損だよな。
 
もっと鈍感になりたい。
 
 

そんなふうに思ってました。




そして、冒頭の友人が言ってくれたように、
パワーがあって強い部分もあって、
(どう強いかはうまく表現できないのだけど。。)
そういう部分を出すことにためらいもありました。
 


でも、今は、
自分は人に比べて敏感だなあ
と思うことはあるけれど、
損だよなあとも思わなくなってきたし、
敏感でない人になりたいと
渇望しなくなりました。



また、強い部分を出すことに
昔よりは躊躇しなくなってきました。



それはどっちがいいとか悪いとかではなくて、
ぜんぶ、まあこれも自分だよね、
と心底思えるようになったからかなーと。
 


そもそも
昔みたいに、
自分ではない誰かになりたい
と思うこともなくなってきました。



もちろん、素敵だなあって思う人は
たくさんいるし、
いいなーうらやましいなーと
思うこともあるけど

(最近、都会が少々しんどくて、
田舎暮らしの素敵なライフスタイルとか
うらやましくて仕方ないです。。笑)

だからといって自分ではない誰かに
なりたいとは思わないのですよね。



自分が自分であることを否定しなくなり、
そのままの自分を
ありのままの自分を
丸ごと認められるようになったなあ
と感じています。



強くても、弱くても、
繊細でも、図太くても、
敏感でも、鈍感でも、
なんでも、
みんな、それぞれ素晴らしいし
みーんな違って、みーんないい、
だなあと思う今日この頃ですニコニコ









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