こんにちは!トキです!
9月になって朝と夜が涼しく散歩が気持ちいい季節になりましたね。
最近の日課は晩御飯を食べた後にランニングをすることです🏃
ランニングをしている理由は2つあって、
1つ目は、大学を1年半前に卒業し、社会人になってから8キロ太ってしまったからです。。。
本当に自分の怠慢さには嫌気が指します。
2つ目の理由は小学生1年の時からしているサッカーのためです!
大学時代は全国大会常連校でガチガチ体育会系サッカー部に所属していたこともあり、試合中無限の体力(嘘)がありましたが、最近はもっぱら走れません。
そのため体力強化の意味も込めて毎晩ランニングをする日々です。
現在は社会人チームに所属して週末に試合に出させてもらっているのですが、大学時代と現在のプレーのギャップが凄すぎて、試合を重ねるたびに虚しく、悲しくなっています。笑
前置きはこの辺にして、今回は上記にも記載した小学1年生の頃からしているサッカーのことについて記事を書きます。
自分で言うのもおかしいですが、私はあまり他の人が経験できないサッカー人生を送っていると思ってます。
この記事が少しでも多くのスポーツをしている方に届き、勇気や希望を与えることが出来れば幸いです。
私は小学1年の頃にサッカーを始めました。
私が通っていた幼稚園に地元のスポーツ少年団のコーチがきてくださり、誘ってもらったのがきっかけです。
私は昔からサッカーが大好きで、毎日のように友達と公園でサッカーをしていました。
しかし、決して小さい頃からずっと上手い選手ではありませんでした。
小学6年生の頃は市の選抜には選ばれてしましたが、県の選抜に選ばれたのは1回のみ。
県の選抜に行ったときは、自分より上手い選手しかいなく、驚きが隠せなかったと同時にもっと上手くなりたいと言う気持ちになりました!
この頃から夢は『プロサッカー選手になること』になっていました。
プロサッカー選手になるためには、中学の頃から強いチームで活躍してしないといけないと思い、県内で1番の強豪(当時)と言われる街クラブのセレクションを受けなんとか合格しました。
県内の強豪ということもあり、チームメイトは上手い人ばかりで試合に出るため競争の毎日です。
負けず嫌いの私は毎日サッカーに明け暮れ、努力をし続けた結果中学1.2年時はスタメンとして試合に出場していました。
しかし、3年生に上がった時、試合に出たら『お腹が気持ち悪くなり吐きそうになる』『パニックになる』このような現象が襲いかかり、まともに試合をすることができなくなったのです。
当時は誰にも相談することが出来ず、我慢して試合に出場し、交代されられる日々。
我慢できず自ら交代を志願したこともありました。
今考えれば、監督からのプレッシャーなどに押し潰され、精神的に参ってしまっていたのだなと思います。
楽しいから始めたサッカーを周りの人の目を伺いながらプレーすることで楽しむことが出来なくなっていたのでしょう。
読者の皆様、まずは何事も楽しむことが1番です🙆♂️
肩の力を抜いて行きましょう👍
そんなこともあり、中学でのサッカー人生はなんとなくで終わってしまったのです。
高校ではサッカーを続けようか辞めようか悩みながら県内の高校に入学しました。
サッカーのレベルは県内で中堅レベル。
しかし、この決断が私には良かったのかもしれません!
サッカーを続けようか迷っていた時期に、入学した高校の練習会や練習試合に参加させてもらいました。
そこで自分が思ったよりも良いプレーが出来たのです。
ここでもう一度『サッカーが楽しい』『サッカーで上を目指したい』という気持ちが芽生えました⚽️🏟🥅
高校時代は授業中も家に帰ってからも常にサッカーのことを考えていた記憶があります。笑
本当にサッカー馬鹿で、そんな日々が幸せでした。
全国大会であるインターハイ、選手権に出場することを目標に日々チームメイトと切磋琢磨しましたが、全国に出場することはなく、高校生活を終えました。
しかし、サッカーの楽しさを思い出させてくれた高校には本当に感謝しています。
高校でもう一度サッカーに楽しく取り組めたことから、大学では『全国大会に出場し活躍したい』『そしてプロサッカー選手になる』という目標が生まれ、県内の全国常連校に進学することになります。
大学に入学しサッカー部員の人数を聞いたときは驚きを隠せませんでした。
な、な、なんと300人以上もの部員が所属していたのです!!
この中でAチームのスタメンになれるのはたったの11人、、、
Aチームに入れるのも25人程度。
カテゴリー(チーム)も8つくらいあります。
正直最初はびびり散らかしてました。笑
でも入学して練習するにつれ、絶対にAチームに入って全国大会に出場するという気持ちが大きくなっていきました。
中学の頃の豆腐メンタルから比べると成長が感じられますね。笑
しかし、最初に私が所属したカテゴリーは8チーム中の7番目のカテゴリー。
ん、待てよ、下から2番目のカテゴリー?
これAチームにまでいけるの?!
当時は絶望的でしたね。笑
先輩達に『このカテゴリーからAチームまで行く人はいるんですか?』って質問すると、『まずいないね』『諦めた方がいい』と言われたのを今でも覚えています。笑
前例がないのか〜。
なら自分が前例になろ!!!
その時思ったことです。笑
とれだけポジティブなんだよ。って笑
その日からAチームに入るため、努力をし続けました。
有名なサッカー選手のメッシがこんな言葉を言っていたみたいです『努力は報われる?報われるまで努力するんだよ。』
私も報われるまで努力し続けようと思いました。
練習から家に帰った後も自主練をし、休みの日も自主練をし、試合前日にも階段ダッシュをし、試合で走れず怒られることもありました。笑
それだけ夢中になっていたのでしょうね。
その努力が報われてか運でなったのかはわかりませんが、大学2回生に上がる時にBチームまで昇格し、3回生に上がるときに、Aチームの監督から声をかけてもらい、Aチームに昇格することが出来ました。
本当に嬉しかったのを覚えています。
しかし本当の勝負はここからで
正直Aチームの人たちは他のカテゴリーと比べてサッカーの質が凄く高く、最初はさっぱりついていけず毎日頭を悩ませていました。
私はサイドバックをしており、(日本代表で言うと長友選手のポジション)守備には自信があったのですが、ポゼッションや攻撃参加に中々自信を持てませんでした。
練習から攻撃面を意識し、ポゼッション練習などにもこだわって取り組めたことで、3回生のインカレ 前からスタメンで試合に出場できるようになり、人生で初めての全国大会に出場することができました。
全国大会では、現オリンピック日本代表の林大地選手権率いる大阪体育大学に惜敗してしまったのですが人生初めての全国大会は本当に幸せで、最高の時間でした。
4回生ではキャプテンを務めさせてもらい、中国大会に優勝し、もう1度全国大会に出場することが出来ました。
4回生になった頃現在も世間を騒がせているコロナウイルスの影響で思うように練習ができなかったり、足を骨折し手術したことでコンディションが上がらなかったりと辛い日々を過ごしましたが、キャプテンとして全国大会に出場でき、自分を誇らしく思えた瞬間でもありました。
なぜ私がこのような自分の話をしたかと言うと、
強豪校で部活動している方はサッカーに限らず、私みたいな境遇の人が多いのではないかと思いました。
その方達に少しでも勇気や希望を与えることが出来ればと思い記事にさせてもらいました。
強豪校になればなるほどAチームやスタメンになることの競争は激しく、厳しいのではないかと思います。
しかし、私みたいな無名でなんの取り柄もない選手が全国常連校の大学でAチームと主将を務め全国大会に出場できたのです。
私に出来たのだから絶対に皆さんにも出来るはず!
ここまで努力という言葉を使ってきましたが、もしかしたら私がしていたのは努力ではなく、『サッカーを心の底から楽しんでいた』のかもしれません。
サッカーというのはチームメイトとの競争やサッカーに対する普段の生活、全部含めてサッカーです。
それを全力で楽しめたからこそこの結果があったのではないかと今では感じています。
小さい頃からサッカーで一喜一憂してきた人生でした。
楽しいこともあれば辛いこともあったサッカー人生でした、挫けそうになるたびに周りの人に支えてもらいながら這い上がれました。
日々過ごしていたら辛いことや苦しいこと逃げ出したくなることもあるでしょう。
逃げてもいいです。負けてもいいです。
また這い上がって最後は笑いましょう。
周りの方への感謝の気持ちを忘れず日々生きて行きましょう。
何事も楽しんで✌️
もし見てくださった方がいたら今の楽しみや幸せな瞬間をコメントなどに書いてほしいです。
僕の活力になるので是非!!

