「みちあき、ここからだと、どこの救急病院に運ばれるんだろう?」
「うん、ちょっと待って」
俺は慌てて携帯電話で、周辺の救急病院を検索した
「神泉には救急病院はないな。該当の病院は3ヵ所あるけど、一番大きいのは、渋谷総合病院かな」
「ま、また、渋谷かよ」
「とにかく、急ごう」
「そうだな」
俺と及川は、またタクシーを捕まえた
「運転手さん、渋谷総合病院だ」
及川は、それだけ言うと、目を瞑ったまま黙っている
ドアノブについていた血
及川と俺の不安は、たぶん同じだった
(及川、相当、動揺してるな。ここは俺が、冷静にならないとな)
病院に着いて、タクシーを降りるなり、及川は駆け出していった
「午前中から、救急で運ばれた患者、全部教えてくれや」
「申し訳ございませんが、患者の方の個人情報は、お教えできない規則になっております」
受付で及川が、いきなり無茶苦茶なことを言っている
俺は少し遠くから、そんな及川をじっと見ていた
及川が狼狽すればするほど、冷静になっていく自分がいた
(俺が、しっかりしないと)
俺は、及川を無視して、外来へと足を運んだ
「すみません、昼頃、救急で運ばれた早川の親戚の者ですが」
「少々、お待ちください」
事務の女性が、軽く微笑んで、リストに目を通している
「早川様は、別館の710病棟、外科9号室に入院されています。ご面会ですか?」
「はい」
「では、ここに氏名、住所をご記入の上、このバッジをつけて、ご面会ください」
早川みちあき
面会表に、嘘の氏名を書いた
(やはり、ここに入院してるんだ。面会できるということは、謝絶にはなっていないということか。少なくとも、重症とか重体じゃなさそうだな)
この状態で冷静に思考する自分が、少し不思議だった
(及川、どうしよう?)
今、あいつの連れと思われるのは、面倒だな
ひとりで行くか
俺はエレベーターに乗り、7階のボタンを押した
病室で寝ているのは、あきねの母親なのか、それともあきね自身なのか
7階に着いて病室へ向かう風景
そして、病院独特のこの匂い
廊下の窓から、夏の暑い陽射しが射し込んでいた
710病棟、外科9号室
(ここか・・)
ドアの前で、大きく深呼吸をした
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