サァァァァァァァァッ…!


…と、そんな音が窓の外では鳴り響いている。
6月…今は絶賛梅雨時期という訳だ。
とはいえ、こんな雨ばかりの天気では気分が削がれるのも事実。
そんな中、私は思わず授業中にも関わらずため息を吐いてしまっていた。


味金
「こら~そこっ!  授業中にため息とは良い度胸してるわね?」

紫音
「いっ!?  す、すみません!!」


私は反射的に頭を下げ、机に額を思いっきりぶつける。
その衝撃で思わず頭を抱えてしまい、周りからはクスクスと笑い声が溢れていた。
私はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしてしまっていた。


味金
「ったく、雨で気分乗らないからってテンション下げてんじゃないのよ?」
「はい、教科書のここからここまでは宿題!!」
「明日の授業で全員分回収するから忘れんじゃないわよ!?」


味金先生の言葉と共に授業終了のチャイムが鳴り響いた。
私は額を撫でながらも黒板の内容と教科書の内容を見比べてしっかり頭に入れておく。
うう…ちょっと気が緩んじゃったなぁ。


グリナ
「紫音さん、今日も雨だしまた?」

紫音
「あ…うん、また踊り場で良いんじゃないの?」


私は昼休みになって近付いて来たグリナ相手にそう答える。
普段私達は昼休みに屋上で食べるんだけど、こういった雨の日には流石に別の場所で食べるのだ。
…で、その代理の場所って言うのが踊り場。
いわゆる、屋上の中と外とを分ける扉の前の事だね。



………………………



海南
「あ、紫音ちゃんグリナちゃんいらっしゃ~い♪」

ルナール
「ちわ~今日も絶賛雨だね…」

グリナ
「ホント雨ばっかですよね~去年はそんなに降らなかったイメージなのに…」

紫音
「でも、例年と比べても降水量はそんなに変わらないらしいよ?」


私達は踊り場にビニールシートを広げ、そこで4人座って弁当を広げていた。
最近はクラスメートの柳君や後輩のモモちゃんとかも良く一緒に食べている。
今日はまだふたりとも来てないのかな…?


海南
「何だか、このメンバーだけっていうのも久し振り?」

ルナール
「そういやそだね…2年なってから新参も増えたし」
「そっちのイケメンはどしたん?」

グリナ
「柳さん、そういえば来てませんね?  でも昼休み入ってすぐに外に出てましたけど…」

紫音
「学食に行ってるんじゃない?  柳君いつもパンだし」


しかし、イケメンか…柳君ってそんな風に見えてるんだね。
私からしたらどうとも言えない感じなんだけど。
まぁ私の場合男の価値観って顔じゃないしね~


海南
「昼休みの学食は競争だからね~パンとか特に人気どころは争奪戦だし」

グリナ
「ギャルゲーでも定番ですしね!」

ルナール
「だからアタシはコンビニで買っとくんだけどね…面倒すぎるし」


そういえばルナールさんっていつもコンビニ弁当だもんね…
コストはかかっちゃうけど、ストレス無く食べられるのは大きな魅力と言えそう。


紫音
「ルナールさんって、自分で作れたりはしないの?」
「何となく出来そうなイメージあるんだけど…」

ルナール
「出来るか出来ないかじゃないの…やりたくないからやらないの!」
「一々朝早く起きて弁当作ったりとかゴメンだっつーの」


私達は苦笑してしまう。
やりたくないから、ね…実にルナールさんらしい回答だ。
出来る事については否定しないしない辺りも流石と言うか…


ルナール
「そういう橘はどうなの?  あんな鉄人の家で暮らしてるのに一向にやる気配無いみたいだけど…」

紫音
「まぁ、出来なくは無いけど…流石に自分でわざわざやるっていう程モチベがね」

グリナ
「この…出来る癖にやりたがらないおふたりは!」

海南
「あはは…まぁ、人それぞれの生活スタイルがあるし」


そういう海南ちゃんも基本的にはパンの事が殆ど。
しかも海南ちゃんの場合はスーパーとかの安売り品なんだよね~
殆どが前日に買ってそのまま次の日まで持たせてるみたいだけど…


紫音
「そういえば、海南ちゃんってあまり食事にお金使ってないみたいだけど、貯金とかしてるの?」

海南
「え?  ううん、そういう訳じゃないけど…」
「私の場合は趣味に使う分がね…」


それを聞いた瞬間、全員が無言で納得した。
海南ちゃんって可愛い物グッズに目が無いもんね…
ネットとかでもかなり買ってるみたいだし、ゲームセンターのプライズとかも良くやってたっけ。
うーん、趣味の為に食費を割くのは流石にあまり理解出来ないかな?


ルナール
「…まぁ楠はね、しゃあないっちゃあしゃあない!」

グリナ
「私も流石に趣味に関しては人の事言えませんけどね~」

海南
「それなら紫音ちゃんって趣味とか聞かないよね?」
「いっつも勉強とか委員会の事ばっかりだけど、どうなの?」


私は改めてツッコマれ、思わず言葉に詰まる。
今考えても私って趣味とか無いもんね…
って言っても、勉強しなきゃとても看護師にはなれっこないし、私的にはこれが普通なんだけど…


ルナール
「橘、別に成績悪くないよね?  1年の期末でもそこそこ良い点数出してたし」

グリナ
「むしろ上から数えた方が早い順位だったと思いますけど?」

海南
「う~ん、思ったんだけど紫音ちゃんって、ちょっと余裕無さすぎ?」
「今の段階でそこまで詰めてたら、後半息切れしちゃわないかな~?」

紫音
「えっ、そうかな~?  私なんかが看護師になるんだから、人の何倍も努力しないと…」

ルナール
「だから、アンタはもうそんだけやってんだって…」


ルナールさんの一言に私は?を浮かべる。
一向に理解してない私に対し、ルナールさんははぁ…と深いため息を吐いてこう話し始めた。


ルナール
「とりあえずたまには気ぃ抜け!」

グリナ
「まだ2年生も始まったばかりなのに、3年末期みたいな考え方は流石にどうかと思いますよ?」

海南
「紫音ちゃんの気持ちは解るけど、もっと自分を信じてあげたらどうかな?」

紫音
「自分を…信じる?」

海南
「そっ!  紫音ちゃんは、出来る娘だーって♪」


海南ちゃんは顔の前で手を合わせて笑顔でそう言う。
私は…出来る娘?


ルナール
「まぁ楠程気ぃ抜けとは言わないけどもね…」

グリナ
「でも、紫音さんならもっとペース落としても十分大丈夫だと思いますよ?」
「他の人より成績低くて全然遅れてる…って言うならともかく、紫音さんは成績優秀な方なんですし」

紫音
「う、うーん…でも自信無いなぁ~」

海南
「だったら、後で味金先生に聞いてみる?」



………………………



味金
「むしろ遊べ!」

紫音
「何の躊躇も逡巡も無く!?」


私達はそれから放課後、味金先生に直接聞いてみる事にしたのだ。
私は、少し遊んでても良いんですか?って…
そしたら味金先生は1発返答でコレ…
私はかなり微妙な顔をしてたと思うんだけど、味金先生はアハハと笑っていた。
そしてその後先生はこう言葉を続ける。


味金
「まぁ、不安があるのは解るけどね~」
「でもアンタの成績から言ったら、はっきり言って根を詰めすぎね!」
「若い内から精神的に追い込んでたらそれこそ後で痛い目見るわよ?」
「だから適度に遊んでなさい!  先月の旅行でも少しはマシになったんじゃないの?」


私は言われて少し納得した。
確かにあの旅行は楽しかった…モモちゃんやカカちゃんとも仲良くなれたし。
ルナールさんやグリナも楽しかったって言ってたもんね~
でも、そっか~たまには、あんな風にって事?


ルナール
「でも橘って趣味とか無いんすよね~何か良いの無いっすか?」

味金
「趣味ねぇ~紫音って、何か得意分野有るの?」
「成績からしたら理系寄りだけど…」


私は思わずとんでもない特技を言いかけたけれど、それは喉奥に詰め込んで永久に封印する事にした。
アレは今や私の黒歴史だ!  オジさん相手ならまだしも、とてもこんな場で言える特技ではない!!


グリナ
「ゲームとかアニメもてんでダメなんですよね~」

海南
「かといって、人形集めとか女の子らしい趣味も皆無だし…」

ルナール
「だったらカラオケとかどうよ?  流石に歌とかなら橘も少しはイケるんじゃね?」

紫音
「えぇ~?  私童謡とかも解らないレベルだよ~?」

味金
「まぁ、PKMがいきなりカラオケは難易度高いんじゃないの?」
「それだったら、いっその事ウインドウショッピングはどうかしら?」
「いくら紫音でも、デパートとか行きゃ何かひとつ位欲しい物も見付かるでしょ?」


私は少し考えてみる。
欲しい物、かぁ~確かに、何かひとつ位は見付かるかな?
…流石に、今のままじゃ解りもしないけど。


味金
「健全な女の子なんだし、化粧品とかファッションとかに気を遣うのは悪くないわよ?」
「年頃なんだし、好きな男のひとりはいないの?」


私は言われてすぐにオジさんの事を思い浮かべる。
思わず顔を赤面させてしまうも、オジさんの境遇を考えた瞬間にそれはすぐ冷めた。
私は、自分でもう誓ったから…例えオジさんの1番になれなくても良いって。
だから、私はオジさんを振り向かせる事はもう無い。
その必要は…無いんだから。


海南
「紫音ちゃん…?  どうか、した…?」

紫音
「…ううん、何でも無いよ」
「ゴメン…やっぱり今日は、もう帰るね」


私はそう言ってひとり背を向けて去って行く。
私の雰囲気に圧されてか、誰ひとり私の背中に声をかける者はいなかった…



………………………



紫音
(雨ばっかり…私の気も、何だか削がれてるのかなぁ?)

「何だ、えらいしょんぼり顔じゃねぇか?」
「どした、何か嫌な事でもあったか?」


私はその声を聞いて思わず全身を震わせる。
気付くと、私はいつものコンビニの前を通り過ぎ様としていたのだ。
そして、そんなコンビニの喫煙所でいつもの様にタバコを吸っていたオジさんは、私に対してニコやかに笑ってくれていた。
私は思わず俯き、泣いてしまいそうになるのを我慢する。
オジさんに抱き付いて泣くのは簡単だ、でもそれじゃ私は何も成長しない。
私は、自分の力で頑張ると決めた。
看護師になって、例えオジさんでも助けてあげられる様になる為に。


大護
「…そうか、紫音ちゃんももう高2だもんな」
「色々、辛い事も苦しい事も有るはずだわな…」


オジさんはタバコを吹かしながらも遠い目にそう言う。
私は知っている、オジさんの高校生活がどれだけ過酷だったのかを。
オジさんは自分の復讐の為に高校生活を全て訓練に注ぎ込み、その中誰も助けの無いひとりのクラスメートを助けて退学したという。
そんなオジさんに比べれば、私の高校生活はどれだけ幸せなのか…


紫音
(そう、か…そうだよね)


私はオジさんとは違う。
私がやるべき事は、もっと誰かを助ける為の戦い。
その根底にあるのは、紛れもなくオジさんと同じ想いのはず。
それが解った時、私は肩が軽くなった気がした。
そして今度こそ、私はオジさんに向かって笑顔を向ける事が出来たのだ…


紫音
「大丈夫だよ、オジさん♪」
「私の高校生活は、オジさんのお陰でとっても幸せだから♪」

大護
「!!  そうか…それなら、ちったぁ俺のやった事も救われるかねぇ~」


そう言ってオジさんはコンビニの壁に背を預けて俯く。
タバコの灰を捨てるのも忘れてオジさんは何だか感慨深くなっているみたいだ。
そしてオジさんは、呟く様にこう私に告げた。


大護
「…紫音ちゃん、俺な」
「今月、籍入れる事にした…形だけだがな」

紫音
「!?  それって、ピースさん…だよね?」


オジさんは苦笑しながらも頷きはしなかった。
でも、私はそれを聞いて嬉しかった。
ようやく、オジさんは…前に進んだんだと。
そして私の恋は……ここで終わった。
もう、私はオジさんに固執しちゃいけない。
これからは…自分の力で。


大護
「その、すまねぇ…約束は」

紫音
「うん、良いの!  その分、暴君を愛してあげて♪」
「でも、私が1番好きな人なのはオジさんだって変わらないから!!」


私は俯きながらそう叫ぶ。
若干虚しい主張だったかもしれない。
でも、これだけは曲げたくなかった。
そんな中、オジさんは傘も差さずに私の側まで来て頭を撫でてくれる。
私は傘を握りながらグッと泣くのを堪えていた。
そしてオジさんは雨に濡れながらも優しくこう言ってくれる。


大護
「…紫音ちゃん、紫音ちゃんにはきっと俺なんかより良い男が見付かるさ」

紫音
「…そんな人、ホントにいるかな?」

大護
「俺は最低最悪の悪党だ、でも紫音ちゃんは最高の看護師になるんだろ?」
「そんな真っ直ぐで優しくて、誰かをひた向き想ってくれるPKMが他にいるか?」


そう言われ、私は改めてオジさんへの想いと決別した。
もう、私はオジさんへの想いを他の誰かに与えてあげなきゃいけない。
そう、これからは…もっと必要としてくれる誰かの為に。


紫音
「…私、幸せになるね」
「ピースさんよりも、ずっとずっと幸せなPKMに!!」

大護
「ああ、なれるかもな…いやなりゃ良い」
「まぁ安心しろ、紫音ちゃんに相応しくない野郎が名乗り出たら俺が縛り上げてやるから!」


私はそれを聞いて笑ってしまった。
そうだ、別にオジさんとの関係が壊れる訳じゃない。
私が持つオジさんへの想いは、永遠に変わらないのだから。



………………………



ピース
「…な、何を考えてんですか泥棒猫!?」

紫音
「え~?  折角なんだからお婆ちゃんに教わってお赤飯持って来たんだよ!?」
「結婚おめでとうオジさん、ピースさん!!」


私はそれからオジさんの家に手作り赤飯を持ち込んでいた。
さしもの暴君もあからさまに狼狽えており、私の行動を怪しんでいたのだろう。
もっとも、当の私にそんな不穏な気持ちは微塵も無いのだけど。


蛭火
「ったく、素直に喜びゃ良いんですよ」
「どうせ挙式も出来ない立場なんですし、こんな場でこそはっちやけりゃ良いんです」

細歩
『ふふ…蛭火も結構喜んでるんだよ~?』

蛭火
「余計な事は言わなくて良いんですよ細歩!?」


ふたりはそんなやり取りをしながらも料理の準備をする。
オジさんの部屋で行われる小さな結婚式パーティはこうして進行していった。
場には、オジさんとピースさん、他にはカネさんや蛭火さん、細歩さん…後ついでにトキさんも出席してくれていた。
このメンバーは良くも悪くも、オジさんが今までのやった事の集大成…
オジさんがいなければ、誰ひとりとしてこの場にはいなかったメンバーだろう。
勿論…私を含めて。


紫音
「…やっぱり、ルザミィさんは来なかったの?」

大護
「…一応、連絡はしといたんだがな」
「まぁ、アイツの性格だ…わざわざ来たりはしないと思ってた」
「葛の奴も仕事が忙しいっつってキャンセルするし、若干寂しいもんだ」

カネ
「そんなに公に出来ない結婚だしね、良いんじゃないの?」


そう言ってカネさんはエプロンを脱いで座布団に座った。
とりあえず、このメンバーだけって事かな?


トキ
「何て言うか、ただの食事会ね…」

ピース
「否定は出来ませんね!  とはいえ、ここは私とダイゴの独壇場!!」
「改めて祝いやがれ!!  この宇宙最大のカップルをなぁ!!」

蛭火
「ここまでブレない新婦は珍しいですよね…」

細歩
『本当に暴君だよね~♪  でも、それがピースちゃんだから』


蛭火さんも細歩さんも、さも当たり前の事だと認識している。
私も思わず笑ってしまっていた。
そうだよね…これがオジさんとピースさんの結婚式。
例え誰が祝わなくても良い、ふたりは永遠を誓うカップルなんだから。


紫音
「…おめでとう、ふたりとも」

ピース
「……な、泣くんじゃないですよ!?  何なんです!?」
「こ、この…そんな風だと、調子狂うですね!」


暴君といえども、こういった場では素直な物なのだろう。
私は涙ながらにそんなふたりの新郎新婦を祝福し、ただ祈っていた。
もう、これ以上…このふたりに不幸が襲いかかりません様に…と。


蛭火
「はいはい!  ジューンブライドだからって湿っぽくならない!!」
「折角の料理が冷めちまいますよ!  さぁ皆で美味しく食べる!!」


蛭火さんはそう号令して食事が始まる。
ただの食事会みたいな結婚式…でも、私はこんな結婚式でもとても幸せになれると思った。
私が結婚するとしたら、もっとテレビ中継みたいな式を挙げるんだろうか?
どれだけ想像しても、そんな自分の姿は想像出来なかった。
とにかく、そんな感じで最初から最後までこの結婚式は私の記憶に残り続けるイベントだったのだ。



………………………



紫音
「……」


そして6月も終わろうと言う中、ようやく長かった雨の日もあがろうとしていた。
久し振りに見る太陽の日差しを見て、私は何だか嬉しくなったのだ。
私の気持ちは変わらない。
看護師になる夢は、私の中にある確かな気持ちだから。
だから、今日も頑張ろう!



………………………



海南
「紫音ちゃんおはよう~♪  久し振りに晴れたね~」

紫音
「そうだね!  今日は久し振りに遊びに行かない?」

海南
「あ、良いね~♪  紫音ちゃん何か行きたい所あるの?」

紫音
「そうだね、ブティックとか行ってみない?  私夏服とか見てみたいんだ♪」


あれから、私は先生にも薦められたウインドウショッピングを楽しんでいた。
ファッションとかそういうのなら私でも感性で楽しめるし、他の皆も共有出来る。
お金の問題はちょっと厳しいけど、最低限自分の手持ちだけで何とかするつもりだ。
それに、今はバイトを少ししてたりする。


ルナール
「おっ、おは~…今日は久びに良い天気だね~」

紫音
「あ、ルナールさんおはよう♪  昨日はありがとね!」

ルナール
「あ~別に良いって、それにしても橘が『ポケにゃん』にバイトとは驚いたよ…」
「ノノちゃんも入ったばっかだし、一気にアタシがパイセン風吹かさなきゃじゃん…」


そう、私はルナールさんや蛭火さん達が働いているポケにゃんでバイトを始めたのだ。
あのザルード家族(ファミリー)のノノちゃんも参加しており、ルナールさんに色々と助けてもらっている。
私としても始めての体験だったし、良い社会勉強となった。
看護師になる為に勉強は欠かせないけど、それ以上に他人と関わるスキルというのは重要だと感じる。
だからこそ、私はあえてジャンルは違えどルナールさんの仕事に興味を抱いたのだ。

他にも仕事はあったと思うけど、何となくPKM方面に明るいポケにゃんは私としても良い職場だと判断したのだ。


海南
「でも、あの紫音ちゃんがメイド喫茶とはねぇ~」

ルナール
「想像以上に反応良いよ?  元があざといし、やっぱチョロネコってズルいと思うわ」

紫音
「私別に狙ってやってないからね!?」
「それにクスネもキャラ的には大分あざといと思うよ!?」

ルナール
「いやいや、クスネは所詮マイナーの極みだから!」
「チョロネコみたいに禁伝ハメ殺して3タテする性能は絶対無いから!」

紫音
「いや、それ原作ゲームの話だからね!?」

海南
「あはは~チート特性は正義だよね♪」


そんな感じでいつもの登校風景は繰り返される。
そしてグリナが合流し、やがて柳君やカカちゃん達もそこに加わっていく。
気が付けば、私達のグループは大所帯だ。
そう、こうやって人の輪は広がっていく。
私の想いも…きっとこうやって色んな人に伝わって行くんだろう。



………………………



カカ
「先輩!  これはここで良いんすか!?」

紫音
「うん、ラベルの期限には気を付けてね?  普段使わないのは結構ギリギリなのもあるから!」

モモ
「あ、これ期限切れてるですよ~!?」

紫音
「あ、じゃあそれは廃棄しなきゃならないから先生に報告ね」
「とりあえず後で私が渡しておくから、メモだけ作っておいて」


私はそう言ってモモちゃんに指示を出す。
するとモモちゃんは勢いのある返事をして丁寧にメモを書き留めたのだった。
後は先生にそれを提出するだけだね♪


ゼゼ
「ボス!  怪我人ですぜ!!」

トト
「膝をやらかしちまってらぁ!!」

カカ
「…!  今日に限って担当は不在か!!」
「ならすぐにこっちへ運べ!  アタシが緊急治療する!!」


そう言ってカカちゃんは袖を捲り、両腕を露にする。
怪我で運ばれた男子生徒の膝はかなり損傷しており、相当のぶつかり合いがあったのだと想像出来た。
しかしカカちゃんはそんな大怪我も自身の技で治療してしまう。
緑色のオーラを身に纏い、カカちゃんの手足に付いている蔦の様な物が動いて周囲に癒しのフィールドを展開するのだ。
その中に入った男子生徒の怪我はみるみる内に回復し、気が付けば大怪我が嘘の様に消えてしまう。
やがて男子生徒は普通に立つ事も可能になり、心底驚いていたのだった…


紫音
「いつも思うけど、カカちゃんのその技凄いね~」

カカ
「まぁ、ザルードなら誰でも出来る技ですし…」
「本当は、多用するべき技じゃないんですけどね」

紫音
「そうなの?」


私がそう聞くと、カカちゃんは無言で頷く。
それから聞いた事によると、どうも『ジャングルヒール』という技はあくまで大地に宿る草木のエネルギーを借りて治療を行う高等技であり、使えば使う程大地の草エネルギーを消費してしまうというのだ。
本場のジャングルとかならともかく、草エネルギーの弱いここではそこまで多用出来ない技という事らしい。


紫音
「…そっか、そんな上手い話が有るわけないか」

カカ
「勿論、適度に使う分には問題は無いっす」
「ただポケモン相手ならともかく、人間相手に副作用が無いとは言い切れないかもしれないっすね」


私はそれを聞いて少し驚く。
ポケモンの技とはいえ、副作用が有る…?


カカ
「人間の傷ってのは、あくまで細胞の活性、増殖によって治療される物っすからね」
「ポケモンの技での治療が細胞に影響無いかは、ちょっと解んないっすけど…」
「まぁ、今回は緊急だったんでアタシの独断でやりました」


確かに、今日に限って担当の保険医は籍を外していた。
今回みたいな大怪我のケースは相当稀だろうし、たまたまカカちゃんがいてくれたのはある意味幸運だったとも言えるのかな?
とはいえ、後遺症とかあったらちょっと怖いけど。


カカ
「経験上、アタシの技で後遺症がどうとかいうのは聞いた事無いっすけど…一応万が一とかは考慮した方が良いのかもしれないっすね」

紫音
「先生は何か言ってた?」

カカ
「いえ…アタシの技はあまりに綺麗に傷を治すね、とは言ってたっすけど」
「個人的には、多分多用はするべきじゃないとは思ってるっす」
「その為に、こうやって人間の治療法も学んでますからね…」


カカちゃんは、本当に勤勉だ。
ただ傷を治すだけなら自分の技でやれるけど、それだけを良しとしない。
むしろちゃんとした人間の治療法を学び、それを生かそうと頑張ってる。
私も、カカちゃんに負けない様頑張らないと!


紫音
「でも、先月の旅行から皆印象変わったよね~」

カカ
「ああ…まぁ確かに」
「特にゼゼとトトは、味金先生のお陰かすっかり丸くなりましたね」


私達はゼゼちゃんとトトちゃんの仕事振りに感心していた。
以前はそこまで真面目でもなく、むしろサボりがちなタイプだったんだけど…
あの旅行で味金先生と行動を共にしてからなのか、やけにふたりは真面目に取り組む様になっていたのだ。
改めて味金先生の影響って凄いんだな…と感心してしまう。


カカ
「まぁとにかく先生には感謝っすね」
「ゼゼとトトが少しでも真面目になったのは有難いっすから!」
「よし、ノノとモモも少し休め!  後少しで終わりだ!!」


カカちゃんの号令と共にふたりは答える。
勢い良く答えるモモちゃんに対し、無言で会釈だけするノノちゃん。
ノノちゃんも旅行からルナールさんやグリナと仲良くなり、今では私とバイト仲間でもある。
モモちゃんには特に後輩として慕われているし、私としても嬉しい限りだ♪


カカ
「それより、ノノは大丈夫っすか?  慣れない仕事で迷惑かけたりとかは…!」

紫音
「大丈夫だと思うよ?  確かに無口無表情だけど独特の魅力が有るし、お客さんには既に固定ファンが生まれたみたいだしね~」

カカ
「そ、そうっすか…なら良いんすけど」
「ホンット心配なんすよ、ノノは他の家族とかなり違うから…」


カカちゃんの心労は解らなくもないけど、相当過保護にしたんだろうなぁ~と私は思ってしまった。
モモちゃんもそうなんだろうけど、カカちゃんは基本的に厳しくも甘いのだ。
そういう意味でもノノちゃんのバイトの話は気が気じゃなかったんだろう。
幸い私やルナールさんが一緒だから了承した様な物だったしね…


モモ
「うう、ウチもバイトしようかな…」

カカ
「お前は止めとけって!  絶対失敗するから!!」


私も想像して同意してしまう。
モモちゃん、間違いなく可愛いんだけど性格的に多分ダメだろうなぁ~
あの環境に放り込まれたら、ビビり散らして何も出来ずにいるのが目に浮かぶ…


モモ
「うぅ…でもウチも誰かの役に立ちたいですよ~」

紫音
「大丈夫だよ…モモちゃんの優しさはきっと誰かを助けてあげてるから♪」


私が笑顔でそう言ってあげると、モモちゃんは満面の笑みで『ホントですか!?』と聞いてくる。
私はそんなモモちゃんにうんうん!と頷いてあげた…
ま、まぁ…モモちゃんにはモモちゃんに合った仕事がきっとあるしね!?



………………………



紫音
「…今日も、楽しかったな~」


私はあれから夕方に海南ちゃんとウインドウショッピングを楽しんだ。
今日は何も買わなかったけど、そろそろ水着とかも選びたいかな?
夏になったら今年は皆で海に行こうって話だし、今から楽しみだ。
6月も終わりに近付き、本格的な夏を迎える日本…
気温は上がる中、私は気持ちを新たに心機一転を試みる。
そして私の夢は、更に更に強まっていくのだ!










『突ポ娘異伝録 春夏秋冬 ~四人娘の学園生活~』



第15話 『橘 紫音、心機一転す』


…To be continued