とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い
第4章終了後 幕間その1…
彼岸女
「…くっ、ここは?」
雫
「…見た事の無い世界ね、って当たり前だけど」
私達は、とりあえず次の世界には辿り着いたらしい。
だけど何かが変だ、ここまでにこんなダルい感覚は無かったのに…
少なからず雫も疲れた顔をしてる、そんなに願いを叶えるエネルギーが大きかったのか?
彼岸女
「それより皆は!?」
私はすぐに周りを見渡す。
すると近くにはタイナと羽身ちゃんがおり、私はすぐにふたりの元に駆け寄った。
彼岸女
「……ふたりだけ?」
雫
「の、様ね…少なくとも守連や阿須那の姿は見えないわ」
「更に言うなら、気配すらも」
雫の言う気配とは、即ち存在その物。
あらゆる世界を渡り歩ける愚者(フール)が言い放つその意味は、恐ろしい程に大きいのだ。
彼岸女
「…まさか、はぐれたって言うのか?」
雫
「分け隔たれた…という言い方もあるわね」
タイナ
「…っ、ここは?」
羽身
「………」
タイナはどうにか意識を取り戻す。
対して羽身ちゃんは前のゲームでのダメージを持ち越してしまっている…今は眠ったままだね。
タイナ
「…空は」
タイナはまず上を向いて空を見上げる。
そこに広がっていたのは、雲ひとつ無い晴れた青空。
しかし、タイナの顔は決して晴れなかった。
タイナ
「…やはりこれも、偽りの空なのですか?」
彼岸女
「さて、ね…少なくとも私には何とも言えない」
「だけど、タイナがそう感じるのならそういう事なんじゃないの?」
私はそう言って倒れていた羽身ちゃんを抱え上げる。
思った以上に重く感じる! まだ…力は戻らないのか。
雫
「やれやれね、私の力が落ちてるから余計に辛いでしょうに」
彼岸女
「消耗した理由は?」
雫
「純粋に移動人数が増えたのと、外から何かに干渉された事…」
「後、お腹空いたから」
私は思わずズッコケそうになる。
しかし、気になる事をひとつ言ってたので私はすぐにそれを追求した。
彼岸女
「外から干渉だって? 何処の誰がそんな事を?」
雫
「知らないわよ…私の力に干渉出来るとしたら、創造主か同質の力を持った同類だけだと思うけど?」
雫自身もよく解ってはいない様だった。
つまり、それだけ唐突に干渉されたという事。
しかも外から…か。
タイナ
「それよりも、守連さんと阿須那さんは?」
彼岸女
「解らない…この世界にはいないかもしれない」
私が俯いてそう言うと、タイナは少しだけ顔をしかめる。
しかし特に狼狽える事もなく冷静に周りを見渡した。
ここから見えるのは、やや洋風の世界観。
近くには牧場があり、綺麗な草原と共に川から水を組み上げている風車もある。
何と言うか、牧歌的な世界観だね。
タイナ
「あそこ…誰かいますね」
タイナは頭の触腕で何処かを指差す。
その先には小屋があり、扉も開け放たれていた。
見た感じ、馬小屋だか牛舎って感じにも見えるけど…
雫
「…感じた事の無い存在値ね、少なくとも知り合いじゃ無さそうよ?」
タイナ
「…存在値?」
雫
「解りやすく言うなら、その存在その物が持っている特定の値…証拠品って所かしらね?」
「私はそれを感じ取る事が出来るの…大雑把にだけどね」
彼岸女
「ん…? それだったら、前の世界でもすぐに阿須那ちゃんの事は見付けられたんじゃ?」
私がそうツッコムと、雫ははぁ…ため息を吐いてバカにした様に目を細める。
そして非常に面倒臭そうにこう続けた。
雫
「大雑把って言ったでしょ? あんなゴチャゴチャと存在値が混ざった世界で、特定のひとりを見付けるのは難しいのよ…」
タイナ
「成る程、さしずめ蟻の巣の中で特定の1匹を探してみせろと言った感じですかね?」
雫はそのとーり!とタイナの挙げた例を肯定する。
成る程、だとしたら言う程宛にはならなさそうだ。
しかし、今は何より情報が欲しい。
誰かがいるなら、まずは訪ねてみよう。
………………………
彼岸女
「ごめんくださーい」
タイナ
「…家畜を集めた小屋、ですね」
雫
「むぅ、臭いがキツイ…」
確かに、ここは牛がぎっしりと詰まった牛舎だね。
独特の臭さがあるのは仕方無い所かな?
しかし、それだと牧場主辺りがいるのかな?
私達は奥まで歩いて行くと、やがて見た事の無い誰かを見付ける。
それは見た目女性の様であり、ややボロボロの服に身を包んで倒れていた。
気を失っているのか、ピクリとも動かず明らかに異常なのがよく解る。
彼岸女
「何だ、これ…何かと争ったみたいだけど」
雫
「この耳、兎みたいね…でもミミロップとかじゃない?」
タイナ
「この方は、『エースバーン』ですね」
聞いた事の無い種族って事は…また新種か。
とはいえ、どうしたもんかね?
このまま放置するのも気になるけど、私の手は塞がってるし。
タイナ
「…仕方ありませんね」
そう言ってタイナは触腕を頭の上で降り、『命の雫』を垂らす。
その一滴一滴がこの場の皆にかかり、少しだけ体の機能が回復した気がした。
すると、背中に背負っていた羽身ちゃんが意識を取り戻す。
羽身
「ん、んがっ? な、何か臭いがな~!?」
彼岸女
「おはよう、羽身ちゃん…自分で立てる?」
私はまず目覚めた羽身ちゃんを自分で立たせる。
やけに牛達が鳴き始めたけど、何に反応してるのか…
羽身
「うげっ!? 何やねんここ~!!」
雫
「…面倒になりそうだし、少し退避するわ」
そう言って雫は私の中に逃げてしまう。
やれやれ…しょうがないね。
タイナ
「…彼女のダメージはすぐに回復出来ませんね、まずは休める所を探しましょう」
そう言ってタイナは超能力でエースバーンの少女を浮かび上がらせた。
そして、私達は1度外に出て休める場所を探す事にする。
やがて…割と近くに家が有り、私達はまずそこを訪ねる事にしたのだった。
………………………
牧場主
「あんれま! こりゃひどい怪我やね~!」
彼岸女
「良ければ、少し休ませてもらっても?」
私達が訪ねた家は丁度牧場主の家で、そこにはひとりの『人間男性』が住んでいた。
私はここである違和感を覚える。
まさか、ここに来ていきなり人間が現れるなんて…
牧場主
「ああ、構わんよ! 部屋は余っとるし、ゆっくり休むとええ!」
タイナ
「ご厚意に感謝致します」
羽身
「お、おおきに…」
ふたりはそう言って礼をする。
そしてやや広めのリビングで私達はエースバーンの少女を治療し始めた。
タイナ
「…これは、明らかに戦闘の後ですね」
彼岸女
「喧嘩…って感じのダメージじゃないよね?」
タイナ
「ええ、首筋の傷と良い、頭部へのダメージと良い…明らかに殺されかけたと言う方がしっくり来るダメージです」
「しかも、弱点の水をこれでもかと食らったのでしょう…全身が水浸しです」
タイナは牧場主から借りた着替えを少女に着せ替える。
少女の着ていた服は割と現代的なパンクファッションみたいだった。
スタイルも良いし、見た感じは美形だけど…体に付いてる無数の傷は育ちの悪さを予想させる。
何か、訳有りって感じの少女みたいだね~
羽身
「それより、阿須那はん達は?」
彼岸女
「残念だけど、姿が見えない」
「多分、世界を移動する際にはぐれたんだと思う」
それを聞いて羽身ちゃんは心底驚く。
そして無言で震えながら俯いてしまった。
私はそんな羽身ちゃんの肩をポンと叩き、とりあえずこう語りかける。
彼岸女
「心配はいらないよ、ふたりは強いからきっと大丈夫♪」
羽身
「そ、そうでんな…あの阿須那はんが、そんな簡単にくたばるかいな!」
タイナ
「…これで良いでしょう、それでは私は彼女を寝室に連れて行きます」
私は頷き、タイナと少女を見送る。
何だかんだで、タイナは頼りになるね~
基本的に冷静だし、知識もある。
研究者らしく、頭の回転の速いみたいだしね。
牧場主
「あんたら、腹減ってねぇか? 良かったら、これを食いねぇ」
突然、牧場主が現れてトレーに食事を持って来る。
それをテーブルに置き、ニコニコ笑顔で私達に勧めていたのだ。
彼岸女
「良いんですか? 返せる物も無いかもしれないのに…」
牧場主
「気にせんでええよ♪ 困った時はお互い様」
「どうしても気になるって言うんなら、少し仕事を手伝ってくれればそれでええ!」
成る程、働かざる者食うべからずだしね。
仕方無い、受けた恩位は返さないと…
彼岸女
「じゃあ、羽身ちゃんは先に食べてて…私はタイナを呼んで来るから」
羽身
「あ…うん」
牧場主
「おっと、それならもうひとり呼んでくれるか?」
「実はもうひとりポケモンがおるから、食事を取る様に伝えて欲しいんよ」
「2階の一番奥にある部屋におるから」
私はそれを了承し、タイナが上がって行った階段を上って行く。
そして、上がりきった所でタイナと再会した。
タイナ
「どうかしましたか?」
彼岸女
「食事があるから、1度下に降りてくれる?」
「私はもうひとり呼んでから行くから…」
タイナ
「そうですか、分かりました」
私は下に降りるタイナを見送り、1番奥の部屋を見据える。
ここの廊下は片側にしか部屋が無いから、間違う事は無いね。
しかし、人間とポケモン…か。
この世界では少なくとも人間とポケモンが共存してる世界観。
前の羽身ちゃんがいた世界もそうだったけど、王的には特に拘りなく造ってるのかね?
タイナの世界では逆にポケモンしかいないみたいだったのに…
彼岸女
(それに、今回は世界の広さもまだ想定出来ない)
見渡す限り見晴らしの良い草原だったからね…
まぁ牧場経営みたいだし、かなりの広さがある所有地なんだろうけど。
私はそんな事を何となく考えながらも、目的の部屋に辿り着いてドアをノックする。
彼岸女
「どうも~! 食事が出来たから、下に降りて来てくれる~?」
私がドア越しにそう言うと、やがて中から小さな反応が返って来る。
やや弱々しいその声は、何処か儚さを感じさせる女性の声だった。
私は流石に気になり、扉を開けて確認する事に…
彼岸女
「…どうもこんにちわ~」
女性
「…貴女は、ポケモン…ですか?」
まず、目に止まったのは彼女の服装。
白とピンクに彩られた綺麗な洋服はまさしく良い所のお嬢様って印象だね。
しかし、ある意味それ以上に気になるのは頭部にふたつ刺さってる苺(?)だ…
あれ、種族的な特徴なんだろうか? それとも趣味?
どっちにしても見た目の華やかさと真逆に、何処か影のある表情をした少女だった。
彼岸女
「まっ、一応はね…見た目じゃ解り難いだろうけど」
「そっちもポケモンなんでしょ? 何て種族なの?」
女性
「…『マホイップ』ですわ」
彼女はそれだけを呟いてゆっくり立ち上がろうとする。
だけど、体に力が入らないのか実に危なっかしかった。
私は流石に心配になって手を出す。
すると彼女の体重がこちらに寄りかかり、どこぞのギャルゲーみたいな展開になってしまった…
まぁ私、女なんだけどね!?
彼岸女
「ちょっと大丈夫~? フラフラしてるけど、病気なの?」
マホイップ
「いえ、ただ体が弱いだけです」
彼女はそう即答した。
言葉には割と力があるね…
とはいえ彼女の体重は明らかに低そうだ。
あまり食事を取っていないんじゃないだろうか?
彼岸女
「ほら、手伝ってあげるから一緒に降りよう」
マホイップ
「………」
彼女は無言で私に体を支えられて付いて来る。
ホント…何でこんな体になったのやら?
………………………
彼岸女
「お待たせ~」
羽身
「あ、ようやっと来ましたな」
タイナ
「その方…マホイップですか?」
マホイップ
「そういう貴女方は、ワタシラガにブリムオンですわね…」
何だか勝手に認識が通ってる。
うわ何コレ? 何だか私だけひとり無知みたいじゃ~ん。
って言うか、新種だらけだねここ…
あのエースバーンとかいう娘もそうだし。
タイナ
「初めまして、私はタイナと言います」
羽身
「ウチは羽身や!」
彼岸女
「良い忘れてたけど、私は『フーパ』の『彼岸女(ひがな)』」
「君の名前は?」
マホイップ
「……『ホリィ』、と言います」
やや躊躇った感じで、彼女は小さくそう名乗る。
そしてフラフラとしながらも椅子に座り、食事を目にしてやや目を細めた。
…ん? 嫌いな物でも混じってるのかな?
私も料理を改めて見るが、特に変哲も無いサンドイッチと野菜サラダにコーンポタージュ…
匂いも良いし、実に美味しそうだね♪
彼岸女
「それじゃあ早速頂こうか…」
羽身
「ほな、手を合わせて!」
「いただきま~す!!」
私と羽身ちゃんだけがついやってしまう。
タイナはクスクス笑うも、ホリィはキョトンとしていた。
うーん、やっぱり世界観が違うと習慣も違うよね~
羽身
「な、何やねんこの間は!?」
タイナ
「ふふふ…守連さんもそうでしたが、本当にそういう習慣なのですね♪」
ホリィ
「…私も、知り合いがそんな儀式をしていましたのを見た事があります」
彼岸女
「まぁ、日本だけの形式だからね~」
「って言うか、地味に羽身ちゃんがやってる事に驚きだよ…」
「羽身ちゃんの世界観だと、その習慣あるかどうかって位の年代だったはずだけど…」
詳しくは解ってないらしいんだけど、いただきますの習慣はおよそ昭和時代から…としか解っていないらしく、いつから始まったのかは定かじゃないんだと。
羽身ちゃんが住んでた昭和30年代はそれこそ有ったか無かったかが解るギリギリ位みたいで、どうにも証言が足りないみたいなんだよね~
羽身
「う~ん、覚えてへんけどウチは気が付いたらやっとったな~」
タイナ
「私の世界では、直接言葉にはせずに祈りをするだけですね」
彼岸女
「おっ…海外ではそこそこ見る、宗教的なあれだね」
「ってか、タイナが祈る神って誰なの?」
タイナ
「さぁ? 私は興味が無かったので気にもしてませんでしたけど…」
「そもそも神なんているのですか?」
出たよ無神論者…まぁタイナは研究者だし、現実的な視点で考えてるのは予想付いてたけど!
…まぁ現実的に神みたいなポケモンはいるんだけどね!!
ホリィ
「………」
そんな私達のやり取りは気にせず、ホリィは食事を取り始めていた。
私達もそれぞれ食事を取り、その味に舌鼓を打つ。
羽身
「これ、ウマイでんな~♪」
タイナ
「ええ、新鮮な肉と野菜を使っているのが解りますね♪」
彼岸女
「確かに、ただの生野菜なのにしっかり甘さがある」
「こりゃ手間隙かけて育ててるんだろうなぁ~感謝しないと」
雫
「…何勝手に食べてるのよ?」
私は思わずミニトマトを喉に詰まらせかける。
そう言えば完全に忘れてた!
お腹空いてたって言ってたもんな~
ホリィ
「…? その娘は、何処から?」
羽身
「雫ちゃんって言うてな、何か知らへんけど彼岸女はんに寄生して生きとるパラサイトなんやて…」
羽身ちゃんはわざと聞こえる様にしながらも、手で遮って内緒話みたいにホリィさんの耳元でそう言った。
当然それを聞いて雫は反論する…
雫
「誰がパラサイトかっ! 私をそんじょそこらのウツロイドと一緒にしないでもらえる!?」
タイナ
「その例えもどうかと思いますけど…」
彼岸女
「あー良いからもう、私の分食べなって!」
私はうるさくなる前に椅子からどいて雫を座らせた。
すると雫はブーたれながらもこうツッコム。
雫
「ドレッシングが無いわよ!?」
彼岸女
「はいはい、これどうぞ…」
雫
「大バカ者! 何でゴマ系なのよ!? ここはフツーにイタリアン系でしょう!?」
私はすぐにリングを広げて取り替えてあげる。
やれやれ…何か久し振りだなこのやり取り。
3~4章と出番無かったからね~
羽身
「しっかし、ホンマよう解らん生態しとるよな~」
タイナ
「愚者という生物とも何とも言えない存在ですからね」
「しかし、その能力は神の奇跡にすら匹敵する何かを秘めている…興味は尽きませんね」
羽身
「せやけど生きてるんやし、生物とは違うん?」
タイナはやや考えるも、何とも言えない顔をした。
確かに雫の存在は意味不明だ。
かつてアルセウスが造り出した『夢見の雫』が愚者となって、今ここに存在している。
そしてその実態は他者の夢を食らって生きる寄生体だというのだから驚きだよ…
現実、彼女は私に寄生してその夢を食って生きている。
正確にはそれだけじゃ足りないから外部から更に食事を得る必要があるそうだけど…
彼岸女
「…結局、愚者って何なんだろうね?」
雫
「さぁ? 私は愚者としては産まれたばかりの個体だし、そもそも大して興味も無いわ」
雫はサンドイッチを美味しそうに頬張りながらそう言い放つ。
産まれたばかり…か。
それなら雫はいつ産まれたって言うんだろうか?
夢見の雫が産み出された時点なら、もう世界創造付近の話に思えるけど…?
彼岸女
「雫は、今までの継承者を全て記憶してるの?」
雫
「まさか、興味の無い事を一々覚えてると思う?」
「精々、私が覚えてるのは聖から2世代前位までよ」
2世代…って事は少なくとも風路の事は覚えてるのか。
まぁ風路は未だ健在のはずだし、覚えていても当然だけど…
彼岸女
「そもそも、君はいつから意識を持ったんだい?」
雫
「…意識と言って良いかは解らないけれど、私が少なくともこの肉体を顕現出来たのは聖が消えてからよ」
「それまで漠然と聖との記憶は残ってるけど、それ以前の記憶はほぼ無いわ」
何だって…? だとしたら、雫はそもそも聖君が消えてから都合良く肉体を得たって言うのか?
私が元々考えていた計画では、アルセウスが消えるまで雫を別次元に隔離し、黙示録が終わった後に取り出して自分自身の枷を解き放つ予定だった。
だけど、もし雫の存在がそもそも聖君の存在とリンクしていたなら…ハナから計画は破綻してたって事なのか?
夢見の雫は、誰にでも願いを叶えられる都合の良い物だと思ってたけど…それは大きな間違いだったのかもしれない。
もし、あの時都合良く雫を使えたとして…私の願いは正常に叶えられたのか?
いや、最悪私は聖君が寿命を終えるまででも待つつもりだった。
その時、聖君が消えれば自動的に私が掌握出来ると踏んでたんだけど…
彼岸女
(…もし、聖君が消えてしまった時に雫が愚者として自動的に起動するシステムだったとしたら?)
私は想像してゾッとした…
もし、もしそんな事を初めから仕込んでいたとしたら…
つまり、混沌の王は…初めから?
…あくまで私の想像だ、決してそうとは限らない。
しかし、本当にそうなら相当したたかだよ…あの世界の創造主は。
彼岸女
「…ひとつだけ聞かせて欲しい、雫」
雫
「…何?」
雫はあらかた食事を終えてナプキンで口元を拭いていた。
相変わらず不機嫌そうだけど、もういい加減慣れてきたのかもしれない。
私はそんな雫にこう尋ねる。
彼岸女
「君は、混沌の王と戦う気なのかい?」
雫
「それが私の障害になるなら、ね」
「私達愚者は、本来誰にも縛られない中立の存在よ?」
「調和にも混沌にも属さない、かと言って傍観者でもない」
「私達はあくまで、確固たる目的意識を持って常に行動している」
タイナ
「では、その確固たる目的意識とは?」
ここでタイナが横から尋ねてくる。
それに対し、雫は全く迷う事もなくこう告げた…
雫
「生きる為よ」
「私は、ただ生きる為に動いている」
「その為に、私は彼岸女を利用して聖を甦らせようとしているの」
羽身
「…何か、それだけ聞いたら悪党みたいやけど」
ホリィ
「そうでしょうか? 彼女は自分に正直に生き様としているに過ぎませんわ」
「そこに善悪論など介在するでしょうか?」
「貴女も生きる為には食事を取るでしょう?」
「その食事は、何処から生み出されているのですか?」
ホリィの言った言葉は、あくまで極論の話だ。
私達が食っている家畜や卵、野菜なんて生き物の生殺与奪を一々考えて生きてはいない。
ただ、それを雫に当てはめた場合…あまりにスケールが大きすぎるんだ。
雫に取っての食事は、あくまで夢という存在すらも曖昧な何か。
そんな馬鹿げた食事を取らなければ彼女は生きていけない。
そして、今の私じゃ…そんな雫の腹を満たす事は到底出来ない。
むしろ、それを無意識的にやっていた聖君はやっぱり異端者だったのだろう。
タイナ
「…確かに、ただ生きるというだけ…ですか」
「そう言う意味では、確かに雫さんの生きるという意味は…私達に到底理解出来る範疇ではないのかもしれません」
羽身
「あ~解らん!! それよか、これからどないするん!?」
彼岸女
「…まずは、この世界のクリア条件を見付けないとね」
ホリィ
「…!? 貴女達も、異世界からやって来た来訪者なのですか?」
突然ホリィが反応した。
私は少し驚くも、彼女の立ち位置も何となく察する事が出来たかもしれない。
彼岸女
「その言い方だと、君もゲームの参加者かい?」
ホリィ
「また…ゲームだと言うのですか?」
タイナ
「やはり経験者の様ですね…私達と身の上は近いのかもしれません」
しかし、だとするとホリィには疑問が残る。
タイナや羽身ちゃんは雫の奇跡でここにいるけれど…彼女はどうやって?
それとも、かなり特殊なケースなのか?
彼岸女
「どうやら、話を詳しく聞く必要が有りそうだね」
ホリィ
「…貴女達は、女胤さんの仲間なのですか?」
私は目を細める。
彼女の口からまさかの名前が出て来た。
そしてその時点で、私は彼女を全面的に信用する根拠が出来たのを感じる。
彼岸女
「まさか女胤ちゃんと一緒にいたのかい? だけど、今は引き離された…」
彼女は小さく頷く。
その表情は暗く、自分ではどうしたら良いのかも解らない…そんな顔に見える。
彼女は、一体女胤ちゃんとどんな旅をしたのか?
ホリィ
「…私は、女胤さんと出会って」
………………………
そして、私達はホリィからここまでの顛末を聞かされた。
彼女は女胤ちゃんに手を引かれるまま、ここに辿り着いたらしい。
だけど肝心の女胤ちゃんとは引き離され、途方に暮れていたという訳だ。
彼岸女
「…そう、なら君は私達と一緒に来た方が良い」
ホリィ
「………」
彼女は答えなかったが、他に選択肢も無さそうな感じだった。
無理に連れて行くのは可哀想かもしれないけれど、女胤ちゃんの心情を考えれば決して無視は出来ない。
むしろ聖君なら、無理にでも連れて行くだろうね。
雫
「へぇ? 少しはマシな夢を見れる様になったみたいね…」
彼岸女
「…?」
突然雫がほくそ笑んで私を横目に見る。
きゅ、急に何だよ…?
タイナ
「…ひとつ、提案があります」
彼岸女
「? 何かあるの?」
タイナは小さく手を上げてそう言うが、顔はやや厳しい表情だった。
こういう時のタイナは、割と怖い事言いそうなんだよね…
タイナ
「上で寝ている、あのエースバーンの方も連れて行く事を提案したいのです」
羽身
「あの娘を? 何かあるんでっか?」
彼岸女
「成る程、この出会いは偶然じゃないと?」
私の反応にタイナは小さく頷く。
そうか、ならあの兎っ娘も誰かと関わりが?
いや、減算法で言えば自ずと割り出せるか…
彼岸女
「それなら、彼女が回復するまで待とうか…」
「今の状態じゃ、すぐには回復しないでしょ?」
タイナ
「はい、ですので私がしばらく治療に当たります」
「それまでは、ここで待機でもよろしいでしょうか?」
羽身
「ええんちゃう? 牧場主さんも気のええ人やし、少しは恩返しもしたいしな!」
彼岸女
「ホリィも、悪いけどそれで構わないかい?」
ホリィ
「構いません、どっちにしても…私には手伝える事もありませんし」
やれやれ後ろ向きだねぇ~
とはいえ、確かに運動とかは出来なさそうだし無理はさせられないか…
とりあえず、私はこれからの事を考える事にした。
今の世界がどんな闇を孕んでいるのかは解らないけど、私には仲間を守るという絶対の意志が今はある。
守連ちゃんも、阿須那ちゃんも…いや華澄ちゃんや女胤ちゃんもきっとそうするだろう。
なら、今は私が代理としてそれを守らなきゃならない。
聖君の為に、少しでも…
私はふと窓から空を見た。
澄み渡った青空は、平和そうに感じる。
だけど、そんな見た目に騙されてはならないのだと理解しなければならない。
また七幻獣が絡んでくるなら、それこそ死力を尽くさなければならないのだから…
『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』
幕間その1 『運命に集うポケモン達』
…To be continued