マリス
「俺な…元々ハブネーク族と互角に戦ってた、ザングース族の末裔なんだ」

香飛利
「族…?」


マリスさんは、コクリと小さく頷く。
その日の夜、私たちは牛肉を焼いて食事を取っていた。
その最中、唐突にマリスさんは語りだしたのだ。

私は肉を頬張りながらも、その話を真剣に聞いていた。


マリス
「俺は当時から弱っちくてよ、よく苛められて泣いてたんだ…」

香飛利
「え…?」


このマリスさんが、苛められて泣いていた?
どう考えたって、今のイメージに合わない。
豪快な性格で、変にドジで、闘争本能丸出しのマリスさんが…?


マリス
「一族の大人は皆強かった…それこそ、ハブネークたち相手にも劣らない程に」
「でも…ある日、悲劇は起きたんだ…」

香飛利
「…悲劇?」

マリス
「ハブネークたちは、夜襲を仕掛けてザングース族の村を滅ぼした」
「それまで正々堂々と勝負してきたハブネークが、急に卑怯な手を使って来たんだ」


つまり、寝込みを襲われてマリスさんたちは敗北した?
どうして、急にハブネークたちはそんな行動を取ったんだろう?
少なくとも、それまではほぼ互角、互いに拮抗した戦いを続けていたと言う事なのに…

何か、理由があったんだろうか?


マリス
「私は弱いから、その場から逃げる事しか出来なかった」
「ただ泣き叫ぶだけで、強くもなろうとせず、ただ逃げ惑っていた…」


それは、まるで私の様だった。
私もそうだ…大して力なんか無い。
だからいつも、強いグループに何となく混じって、いつも何となく生きていた。

聖さんたちに出逢うまで、私はただ与えてもらうだけの存在だったんだ…
そうしなければ、生きてはいけなかったから…


マリス
「…結局、俺は弱いままだった」
「復讐の事は頭にあっても、勝てる見込みなんか全く無い…」
「それでも力を誇示する為、大して力も無いナマケロの集団を支配して、それで強くなった気になってたんだ…」


つまり、ナマケロさんたちの事はあくまで利用するだけの存在だった?
でも、マリスさんはとても楽しそうにナマケロさんたちと酒を飲んだりしてた。

仲間がやられたら、怒って仇を取ろうとする。
そんなマリスさんが、ただ力を誇示するだけの理由ででナマケロさんたちを従えるとは、私には思えなかった。


マリス
「でも、聖は俺に教えてくれた…強くなる事の本当の意味を」
「そして、改めて俺は思い出した…ハブネークたちへの復讐を!!」


マリスさんは、いつになく怖い顔で決意を固めている。
私はそれを見て、逆に悲しくなった。
憎しみなんて、嫌だ…

誰かを憎む位なら、私は騙されたとしても信じたい…


香飛利
「…私は、聖さんを助けるだけで良い」

マリス
「それで良いんじゃないか?  俺はハブネークを倒したいだけだし…」
「一応利害は一致してるんだ、なら手を組んで共に目的を果たそう」

香飛利
「でも、それじゃあマリスさんは聖さんに嫌われる…」


そんな私の言葉に、マリスさんは目を見開いて呆然としていた。
意味は解ってない顔だ、私は恐る恐るこう付け足す。


香飛利
「聖さんは、誰かを憎んだりしない…」
「辛い事なのは解るけど、それでも誰かを憎んだら、自分もきっと憎まれる…」

マリス
「…だけど、俺はハブネークを許せない」

香飛利
「でもハブネークを殺したら、今度はマリスさんがハブネークに恨まれるんだよ?」


マリスさんは、顔を俯けて黙ってしまった。
きっと解っているはず、マリスさんは私と同じだもの。
私は争いたくないから、いつも逃げて誰かに与えてもらっていた。
マリスさんも、弱いから誰かを頼って、利用して生き延びて来た。

私たちは、互いに似た様な生き方をしている。
だったら、マリスさんには私の気持ちも解るはずだ…
きっと、マリスさんも優しい人のはずだから…

傷付けられる事の、痛みを知っているのだから…


マリス
「ハブネークを、許せって言うのか?」

香飛利
「違う…そうじゃない~」


私は、首を横に振って否定する。
マリスさんの思いも解る…だから、単に許すとかそういう事じゃなくても良い。


香飛利
「…戦っても良い、でも相手を憎まないで~?」

マリス
「何だって…?  どういう意味だよ、そりゃ?」


私にも、上手く説明出来なかった。
でも、きっと聖さんならそう言うと思う。
聖さんは、憎しみでは戦わない…例え、仇の相手でも。

私は、絶対に聖さんならそうだと、確信していた。
だって…信じているから。


香飛利
「聖さんを見たなら、きっと解るよ…」
「だから、憎まないで…」

マリス
「意味が解かんねぇよ…でも、お前がそこまで言うなら、ちょっと考えてみる」
「お前は、俺よりも強いもんな…」


強い…の?  私が…?
私には全く理解出来なかった。

私は生まれて此の方、1度たりとも自分が強いと思った事などは無い。
だからいつも逃げて、泣いて何かにすがっていた。

でも…今は聖さんを助けたいから、踞ってもいられない…そんな私は、強くなってたの?
なら、聖さんは誉めてくれる?

私は、頭を撫でてくれる聖さんの手の温かさを、ひしひしと思い出した。
そして…それを思い出して、次第に涙する。
私は、聖さんを助けたい…でも争いたくない。
それでも、私は戦わなければならないの?  私が、強いから?

聖さんがいたら、何て言ってくれるんだろうか?
頑張れっ、て…背中を押してくれるのかな?
きっと、笑ってそう言ってくれる気がした。

そう思うと、臆病な私でも、その時は強くなれる気がした。
だから、まだ頑張ろう…


香飛利
(聖さんを、助ける為に…)



………………………



「さしずめ、囚われの王子様ってか?」

ハブネーク女
「まぁ、気の毒だがな…」


俺はどこかの洞窟に連れ込まれ、穴蔵に監禁されていた。
ただ、別に牢屋の様な類いでは無く、俺の手足は岩壁に蔦の様な物で縛り付けられているだけだ。
とはいえ、かなり頑丈に作られている蔦の様で、俺の力ではとても千切れる代物じゃない。
ハブネーク女は、俺を見下ろして妖艶に笑っていた。

改めて見ると、かなりの美人だな…
腰の下まで伸びる紫の長髪ストレート、釣り眼かつ、細目の瞳は妖艶で大人の魅力を感じさせる。
服は黒の布巻を胸と腰に巻いてるだけであり、かなりの爆乳。
ぶっちゃけ、下半身蛇じゃなきゃエロさは満点だ。


ハブネーク女
「お前は予言にあった異端者らしい、後に我々の為に生け贄となり、我々はそれで神の恩恵を授かる…だそうだ」

「生贄…だと?」

「その通り…お前は存在してはならぬ異端者よ」


ハブネーク女の背後から歩み寄って来たのは、何やら布の紫ローブを身に纏った老人だった。
白い前髪は目の上を覆っており、頬骨はやや痩せこけている。
右手には緑の扇子?みたいな物を持っており、それは葉っぱで出来ているみたいだ。
腰は曲がっており、歩くのもしんどそうな感じだな…


老人
「この世界に人間という生き者は存在しない、故にお前は予言にあった異端者だと断定出来る」

「…俺以外に、人間が来てたという可能性は無いのか?」

老人
「その可能性は否定出来ない、だが予言では現れるのはひとり」
「私は予言を受け、7の月と15の日が過ぎた時、人間と呼ばれる異端者が現れると突如知らされた…」
「我らと同じポケモンではない、人間と呼ばれる生き物」
「それは、この世界に破滅をもたらし、やがて我々を滅ぼすとされる…」


何てこった…そこまでデタラメ言われるとは思わなかった。
何の根拠があって、俺がそこまで恐れられる?


(それとも…雫の暴走を示唆してるのか?)

フーパ
『これはあくまでシナリオだよ、そいつ等はそれに踊らされてるにすぎない』


フーパは、そう言って呆れている様だった。
つまり、これもシナリオの上でイベントみたいなモンか…
そしてそれも、所詮ゲームの一環に過ぎない…

逆に言えば、俺はそのシナリオに沿って流されるしかないって事か?


ハブネーク女
「まぁ、勿体無いけどねぇ~?  折角活きの良さそうな男だってのに…」
「なぁ、殺す前に種貰っちまっても良いだろ?」


この場合の種とは、もしかしなくても子種の事でしょうか?
だとすると、色々とマズそうな展開になってきたが…


フーパ
『…少し、期待してんだろ?』

「するかっ!  俺は不沈艦だ!!」


俺はつい叫んでしまった。
ハブネーク女と老人は?を共に浮かべている。
いかんいかん…少しは冷静ならねば。
とりあえず、老人は息を吐いて気を取り直し、ハブネーク女にこう言った。


老人
「いかんぞ長?  この人間とやらの種など残すべきではない」
「ましてや、どの様な異形の子が産まれるかも解らぬ、お前とて種を脅かす可能性は望まぬだろう?」


このハブネーク女は、長と呼ばれた。
成る程…って事は、このハブネーク女がハブネークたちのトップって事だ。
しかし、それならこの老人は何モンだ?  見た感じ類人猿系に見えるがナマケロ系列じゃないな…
俺は見た目の特徴から予想する…そして、割とすぐに答えは出て来た。


(ヤレユータンか…賢者ポケモンと言われるだけに、知能はありそうだな)

フーパ
『正解、流石にポケモンに関しては詳しいね』


あくまで自称ライトプレイヤーだがな…
それに守連たちに出逢ってからは、ゲームも起動してない。
まぁ、それでもネットとかで知識は得てるんだが…

現実のゲーム内設定ってのは、案外人化したポケモンたちにとっても重要な要素になるからな。


フーパ
『とりあえず、生贄イベントは避けられない』
『今は流れに身を任せれば良いさ…どの道、君は絶対に死なないんだから』

(!?  どういう意味だ?)

フーパ
『簡単な事だよ、君はゲームにとってはクリアアイテムなんだから』
『君が死ねば、ゲームはクリア不能のクソゲーと化す』
『そんなの、ゲームデザイナーからしたら、ただの失敗作だろ?』
『だから、製作者が君を必須アイテムに設定してる時点で、君は何があっても死なない…』
『ただし、痛みや絶望は味わうかもしれないけどね…』


フーパはククク…と悪党っぽく笑い、俺の恐怖を煽ろうとする。
だが、俺は逆に落ち着いてしまった。
それならそれで、返ってやりやすい。
俺は俺の役目を全うすれば良いって事だからな…なら、きっと香飛利が助けてくれるさ。

アイツだって、やれば絶対に出来るって信じてるからな!


ハブネーク長
「…アタシは興味あるけどねぇ、こいつの種で何が産まれるのか?」
「産まれるのは、人間?  ハブネーク?」
「それとも、もっと異形の何か?」
「アタシは確かに種の存続は最優先だ、だけど歴史に名を残せるなら、それもまた重要な意味を持つと思ってる」

ヤレユータン
「よせ、それは予言に無い結果を生む!」
「良いか?  決してその男には手を出すな!  これは神の力を授かる為の試練なのだ!!」


そう釘を刺し、ヤレユータンは重たそうな体を動かして去って行った。
ハブネークの長はそれを見てため息を吐き、肩をすくめる。
そして、妖艶な笑みを浮かべて俺の顔を一瞥し、それから背を向けた。
何だ…?  あの女、何かを企んでるのか?


ハブネーク長
「そうそう、言い忘れてた…アタシはぶっちゃけ、神の力とか何の興味も無い」
「あるのは種の繁栄と、恒久の安心のみ!」


ハブネークの長は俺に背を向けたまま、両手を横に広げてそう宣言する。
そして首だけをこちらに向け、横目で微笑みこう呟いた…


ハブネーク長
「アタシの名は『セヴァ』…もし機会があったら、その時は子を成そう♪」

「………」


セヴァと名乗ったハブネークの長は、それだけ言って去って行った。
やれやれ、コレは一層気を引き締めないとな…
後、蛇女の体相手だと、どこで繋げるんだろうか?


フーパ
『そりゃ、あんな体でも突っ込む穴はちゃんとあるって事だ』

「…ですよね~」


俺はそう呟き、頭を抱えてため息を吐く。
繋がれた蔦の長さには余裕があり、手足は割と自由ではあったのが幸いだな。

しかし…この状態で便所とかはどうなるのだろうか?
見た所それっぽい器材は見当たらないが…


フーパ
『こういった洞窟生活では、穴を掘ってそこに用を足すんだよ』
『そんで、臭いがキツくなったらそこを埋めて、次は別の穴を掘るんだよ』
『ああ、ちなみにアタシの事は気にするなよ?』
『君のピー!なんか見ても、別に欲情しないから♪』

(やかましい!  仮にも見た目幼女の女が卑猥な言葉を堂々と放つな!!)


まぁ、ピー音で隠してはいたが、この作品で異例の処置だ。
流石に他作品からのゲストにいらん事言わせるのはアレだからな…
あくまでゲスト!  だから一応、少しは気を遣ってるの!!


フーパ
『まぁ、今更だけどね~』

「…はぁ、とりあえず寝てよ」


俺はその場で横になり、とりあえず眠る事にした。
布団も何も無く、ぶっちゃけかなり寒い…
やれやれ…生贄とはいえ、扱いは最悪だな。



………………………



セヴァ
「やれやれ…全くこんな時に、男共は全員出払ってんのかい?」


アタシはため息を吐き少しイラつく…今は少々性欲を持て余しているからね…
いつもなら、こういう時はイキの良い男とまぐわるもんだけど…
どうやら狩りに全員出ているらしく、残っているのはまだ幼い子供たちばかりだった。


子供A
「ママ~♪」

子供B
「ママ、また狩りに行くの?」


アタシは笑い、近寄って来るふたりの子供の頭を撫でてやった。
基本的に、一族で大人の女は長のアタシだけ…
他に大人の女はまだ存在せず、一族の存続はアタシの手に委ねられている。

無論、子供たちには女もいるし、それが育てば新たな長となるだろう。
だけど、予言は既に正確な歴史を彩り始めた。
もう、子供たちが大人になるまで猶予は残されていないらしい…
だからこそ、あの異端者を生贄とし、予言を完遂させて種を守らなければならないのだ。

だけど、アタシは正直予言なんて信じちゃいない。
ヤレユータンの『オラングル』は、バカみたいに信望してるけど、それが本当に何だと言うのか?
確かに、予言通りに今は進んでいる。
だけど、あの少年が本当に世界を滅ぼす様な存在なのだろうか?
アタシには、何か裏がある気がしてならないよ…


セヴァ
「そうだな、お前たちの食料がいるからな…」


今いる子供たちは、総勢10人。
その中で女はひとりだけ…どうにも、アタシからは男ばかりが産まれるらしく、これは何かの呪いなのかねぇ?
同世代の女も皆死んだ、過去にザングース族を滅ぼそうとした時、戦いには勝ったものの、失った損失も無視は出来なかったのだ…

それは、女の不足…残されたアタシは当時若くして長となり、種の存続の為に子を成す役目が与えられた。
だけど、アタシはあまり良い母体ではないらしく、産まれてくる子供の多くはすぐに病死したり、他の生物に食われたりしたのだ。

その為、多くの子を成したにも関わらず、生き延びているのはたったの10人…
奇しくも、この世界を生き抜くにはアタシたちの力は大きくない。
他の部族の連中も、隙あらばアタシたちの拠点を狙ってる。

予言云々ではなく、アタシたちにはこの今を生きるという現実の方が大問題なのだ。
その為には、低い可能性に賭けてでも、あの異端者の人間に賭けた方が良いのでは?とさえ思っている。


子供A
「頑張ってママ!  ママが1番強い!!」

子供B
「アタシも、ママみたいに強い女になるからね!?」


アタシは、唯一生き残ってくれた娘を優しく抱き締めた。
この娘だけは、絶対に守ってみせる…
例えアタシが死んでも、この娘が生きてくれれば種は残る。
だから、アタシは戦う…子供たちの為、種の存続の為。


セヴァ
「じゃあ、行って来るよ…期待して待ってな!」


アタシは特注の石槍を持ち、出撃した。
通常の槍とは違い、全てが石を削り出して作られたそれは、一族ではアタシにしか使えない。
その重量は、大人の男衆でもマトモには扱えないからだ。

だけどアタシはこれを片手で軽く扱える力がある。
故にアタシは長なのだ…長は1番強くなければ長ではない!



………………………



セヴァ
「…ん?  空気が温い?」


アタシはサバンナを適当に進んでいると、急に空気が温くなったのを感じた。
そして、風を感じて何があったか推測する。
それは、既にアタシが体験した風に似ていた。


セヴァ
(この風、温度…まさかあの鳥ポケモンか!?)


間違いなく熱風の後だろう。
このサバンナには、そんな技を使える種族は数少ない。
炎タイプ自体は存在しているものの、部族としては小規模だからね。
それに、そんな力を持った部族はこの辺じゃ聞いた事も無いし…


セヴァ
(地面には焼けた後が無い、地面を焼かずに空気だけを焼いたのか?)


アタシはそう推測してみる。
だとすると、相手はかなり技の使い方を心得てる可能性が高いと思えた。
そして、この近くにいたとなると…あの異端者を取り戻しに来ているのか?


セヴァ
(なら、結構な所まで近付いてるねぇ…あれから10日以上は経過してるってのに)


アタシは槍を強く握り締め、周りを見回す。
そして、割りとすぐに目標は見付かった。
アタシはすぐに舌打ちする…見ると、前方からザングースのバカが駆けて来ているのだ。
臭いで感付かれたな…交戦は避けられないか。

アタシは戦闘体勢に入り、移動を開始した。
ザングースは一足先にこっちへ接触する。
鳥ポケモンはやや後方から追いかける形だ、なら先にザングースを瞬殺して一対一に持ち込む!!


マリス
「ついに見付けたぞ!  このクソッタレがぁ!?」

セヴァ
「はっ!  雑魚がイキがんじゃないよ!?」
「貴様はここで殺してやる!  さっさと諦めな!!」


アタシは上段に槍を振り上げ、ザングースの射程外から脳天を狙う。
この槍は全てが石材だ、先端以外が当たっても脳ミソはぶちまけられる!
アタシは速度を見定め、正確に打ち下ろした。
だが、その先端は地面を抉るだけ…
ザングースは一瞬で横に身を捻り、アタシの槍を回避したのだ。


セヴァ
「バカなっ!?」

マリス
「テメェの槍はもう『見切れる』ぜ!?  今度はテメェが地面を這いつくばる番だ!!


ザングースはそう言って調子に乗り、爪を構える。
いつもの馬鹿げた石爪ではない、己の爪でアタシの首を狙っていた。
スピードもかなり上がっている、この短期間で何故こうも強くなれる!?

アタシは危険を感じ、咄嗟に上体を後ろに反らしてザングースの爪をかわし、左手を地面に着けた。
その体勢でアタシは尻尾を縦に振り回し、ザングースの首に『ポイズンテール』を放つ。
ザングースは首を捻り、頬を掠めるに留めた。
そしてその頬からアタシの毒が入り、奴はこちらをギロリと睨む。

その瞬間、アタシはマズイ…と思った。
奴の特性は、ザングース一族でも特に珍しい『毒暴走』!
下手に毒を浴びれば、パワーが倍増する!


マリス
「あああっ!!」

セヴァ
「ざけんじゃないよぉ!!」


アタシは、すぐに口から胃液を吐いた。
だが、それは着弾前に空中で風に打ち落とされる。
あの鳥ポケモンだ、風で胃液を吹き飛ばされた!
ザングースはその瞬間に間を詰める、アタシはすぐに体勢を立て直し、槍を横凪ぎに振るった。
だが、アタシはその瞬間戦慄する。


バシィィィッ!!


セヴァ
「なっ!?」

マリス
「こんなモンかよハブネーク!?  どうやら、パワーもスピードもアタシの方が今は上の様だな!!」


悪夢だった…アタシがパワー負けする等。
絶対の自信を持っていたアタシの腕力を、よりにもよってあの雑魚ザングースが片手で止めたのだ。

そして、同時に恐怖が生まれる。
絶対にこいつらを拠点に近付けてはならない。
子供たちを危険に晒すわけにはいかない!
一族は、アタシが守らなきゃならない!!


セヴァ
「図に乗るな雑魚が!!  貴様なんぞに、アタシが負けるわけがない!!」
「アタシは一族の長だ!!  ただの一介のザングースとは違うんだよ!?」


アタシは叫び、魂を奮い立たせた。
決して屈してはならない、諦めてはならない、恐怖してはならない。
アタシの背中には、愛する子供たちの命が乗っている。
決して、こんな粗暴なだけのザングースを近付けさせるわけにはいかない!


セヴァ
「くたばれ雑魚が!!  例え死んでも、貴様はここで殺す!!」

マリス
「くっ…!  パワーを上げてきただと…!?」


アタシは捕まれた槍に力を込め、ザングースの腕ごと振り飛ばした。
それによりザングースは体勢を崩す。
アタシは間髪入れず、振り抜いた槍を地面に差して、それを軸に体を回転させ、尻尾でザングースの顔面を頭上から振り下ろした。


ズゥゥゥゥゥン!!


マリス
「ぐうぅ!!」

セヴァ
「おのれ…!  これでも止めるか!?」


ザングースは両腕を交差させ、正面から尻尾を受け止めていた。
だが地面に背中から叩き付けられ、ダメージはそれ程軽減出来ていない
ザングースは口から血を滲ませ、歯を食い縛って耐えているのだ。

アタシは、そのままザングースの首に尻尾を巻き付け、締め落としに入ろうとする。
だが、またしても空気の流れを感じた。
アタシはすぐにそれを察し、槍を片手で振る…そして空中で空気が爆ぜた。
アタシの槍は、見事に鳥ポケモンの技を相殺したのだ。


セヴァ
「邪魔をするな鳥女!!」
「こいつを殺してから、貴様はゆっくり…」

マリス
「があぁっ!!」


アタシは尻尾に激痛を感じる。
見ると、ザングースはアタシの尻尾に噛み付いていたのだ。
無論、技としての行動ではない。
ザングースはただのヤケクソでそうしただけ。
だが、ザングースの牙とて肉食獣のそれ…アタシは痛みに耐えれず、尻尾を離してしまった。


セヴァ
「おのれぇ…よくも!!」

マリス
「舐めるなぁ!!」


ザングースは、すぐに立ち上がって反撃して来る。
そして俊足を生かし、間合いはすぐに接近戦となった。
ザングースの顔は既に青くなり始めている、毒が回っているのだから当然だろう。
いくら特性でパワーが上昇しているとはいえ、ダメージは確実にあるのだ。

つまり、長期戦になれば自ずとこちらが有利となる。
ならば殺せずとも、生き残れば勝つのはアタシだ!!


セヴァ
「ちぃぃっ!?」


ザングースの爪は、鋭くアタシの頬を切り裂いた。
頬に爪痕が走り、アタシは熱を持って出血したのを理解する。
だが、そんな痛みに怯むわけにはいかない、ザングースは連続で切り裂いて来るのだから…

接近戦では、流石に分が悪いと言えるか…よくもここまで強くなれたものだ!
だが事戦いに置いて、経験が違うという事がどれ程の意味を持つかを教えてやる!!


マリス
「うああぁっ!!」

セヴァ
「これならどうだ!?」


アタシはあえて相手に突っ込み、体ごとぶつかって『連続切り』を止めた。
体重はアタシの方が数段重い、ザングースはアタシの重量を支え切れずに地面へとマウントされる。
アタシはすぐにそこから口から胃液を吐き、至近距離でザングースの顔面を胃液まみれにした。


マリス
「ぐあああぁっ!?」

セヴァ
「クククッ!  直接ダメージは少なくとも、多少は溶解性がある…そして、これで貴様の特性は消えた!!」


アタシは勝ちを確信する。
ザングースのパワーは、あくまで特性ありきの物。
素の力であれば、まだアタシの方が上のはずだ!!
アタシはすぐにそのままザングースを組伏せ、首筋に噛みつこうとする、が…またしても空気の流れを感じ、アタシはその場で転がって難を逃れた。


ズバババッ!!


空気の刃が3発地面に着弾する。
ザングースには当たらない様に、綺麗なカーブを描いて着弾させるとは…!


セヴァ
(やはり、あの鳥女は侮れん!  底知れぬ何かを感じる…)


鳥女はやや高空で羽ばたいており、こちらからの攻撃は到底届かない。
だが、それ故に技を回避するのは難しくなかった。
ザングースを気遣っているのもバレバレだ、そのせいで思い切った攻撃を放てないでいる…

さて、どうしたものか…?


マリス
「くそ…はぁ…はぁっ!」


ザングースは毒が十分に回っていた。
もはや体に力は感じられん、ロクに動く事は出来んだろう。


セヴァ
「ここまでだな…強くなったのは認めてやるが、まだアタシを倒すには経験不足だ」

マリス
「舐め…んなっ!  まだ、俺は戦える…!!」


ザングースは顔面蒼白ながらも、まだ闘志を捨てていなかった。
そんな状態でもまだ諦めんか…そうまでして、アタシを倒したいのか。
その気持ちは解らんでもない…が。


セヴァ
「ふん…一族の仇か?  だが、ここで貴様が息絶えれば、それで一族は途絶えるのだぞ?」

マリス
「そんなの…解ってる!  だけど、お前を倒さなきゃ…俺は一歩も前に進めない!!」


それは、もはやただのプライドなのだろう。
ザングース族の生き残りで末裔、本来ならば仇など忘れ、種の存続の為に母となれば良いだろうに…


セヴァ
「警告はしてやる、このまま全てを忘れて去るなら見逃してやろう…」
「だが、それでも進むと言うならば…アタシはハブネークの長として、断固ここで貴様を殺す!」
「アタシと貴様では、背負っている覚悟が違うのだ!!」


アタシは槍をクルクルと軽快に回転させ、矢じりを上にして地面に突き刺し、ザングースにそう言った。
そんな堂々たるアタシの姿を前にし、ザングースは足を引きずる様に前に出て来る。

あえて死を望むか…なら、慈悲はいらんな。
アタシは無言でザングースを睨み、槍を地面から抜いて構える。
せめて苦しまぬ様、一撃で絶命させてやる!


マリス
「はぁ……はぁ……」


ザングースの目は、もう死にかけている。
毒で感覚ももはや曖昧だろう。
だが、それでもなお歩みは止めないか…


ビュオゥ!!


セヴァ
「!?」

マリス
「……あ?」

香飛利
「もう、止めよ…?」


アタシとザングースの間に、空気を切り裂いて空中から降りて来たのは、あの鳥女だった。
鳥女は悲しい瞳でザングースを見て、その体を抱き止める。
ザングースはそれで緊張の糸が切れたのか、そのまま鳥女に抱き止められて気絶した様だった。


香飛利
「もう、眠って~…そうしたら、きっとまた戦えるから」

セヴァ
「…貴様は、何者だ?  あの人間の何だ?」

香飛利
「家族、です…大切な~」


その言葉は、ことのほか重く感じた。
家族、か…しかし、それはつまり。


セヴァ
「貴様の旦那だったか…それならば、気の毒な事だな」

香飛利
「ち、違う~…よく解らないけど、多分違う~」


泣きそうな顔で否定された。
何なんだこの女…?  そもそも何のポケモンなんだ?
鳥なのは解るが、あまり見ないタイプに見える。
服とかも、あの人間同様に見た事が無い物だし、こいつも異端者なのだろうか?


セヴァ
「とりあえず、貴様は何のポケモンだ?」

香飛利
「えと、オニドリル…です~」


オニドリル…?
オニドリルって、あのオニドリル、か?
オニスズメの進化系で、その辺にもゴロゴロいる様な雑種?
少なくとも服装から何まで、オニドリルにはあまり見えない。
だが、翼は確かに言われればそう見えるな…


セヴァ
「…オニドリル、ねぇ」
「にしたって、熱風放ったりエアカッター使ったりとか、そんなオニドリルは聞いた事無いが?」


アタシがそう言うと、オニドリルはう~と唸って悩んでいた。
どうやら、オツムの方は足りないらしい…
自分の事すら、よく理解出来ていないのか?


香飛利
「私は、誰かの技を見て覚えたから…」

セヴァ
「『オウム返し』か?  だが、それならその時でしか使えないはずだな…」


こいつはつまり、見ただけで技を習得したという事か?
だとしたら、潜在的なセンスは相当だな…自分で理解出来ていない天然みたいだが、理解すれば恐ろしい才能を発揮するかもしれん。


セヴァ
「…とりあえず、貴様はどうする?」
「あの人間を取り戻したいなら、アタシを倒す他無いぞ?」

香飛利
「聖さんを、返して~」


オニドリルは、ただ泣いて懇願していた。
アタシは困惑する、何故ここで泣く?
少なくとも、この少女は強い…ザングースと比べても、戦って勝つ力はあるはすだ。

なのに、何故泣いてすがる?
戦って勝ち取るという意志は無いのか?


セヴァ
「…わざわざ、自分で拐った相手をみすみす返すと思うのか?」

香飛利
「うぅ…思わない、です~」


アタシは益々困惑する。
一体、この少女は何を期待しているんだ?
アタシには、一切このオニドリルの考えが読めなかった。
あくまで天然、何の考えもある様には感じない。

強いて言うなら、アタシが了承すると期待しているのか?
だとしたら、甘いを通り越して馬鹿馬鹿しい。
普通に考えてあり得ない考え方だ…何故こんなバカが、今まで生きて来れた?
アタシはもうどうでも良くなり、構えを解く。
コイツには敵対意志は無い、警戒するのが馬鹿馬鹿しい。


セヴァ
「…貴様は話にならない、そんな考え方が通用する訳がないだろう?」
「人間を助けたいなら覚悟を決めろ…アタシを殺してでも、奪う覚悟をな!!」
「それが無いならさっさと去れ!  追って来るならその場で殺す!!」


アタシはそれだけ言って、背を向け去って行く。
それを見て、オニドリルは唸りながらザングースを抱えて付いて来た。
アタシは鬱陶しくなり、振り替えってこう叫ぶ。


セヴァ
「バカか貴様は!?  追うなら殺すと言ったはずだ!!」

香飛利
「あぅ…でも、聖さん助けたい…!」


ダメだ…もう我慢ならん!
アタシは槍を構え、オニドリルを狙った。
その気迫を察してか、オニドリルは顔を泣きそうな顔にし、まるで命乞いをするかの様な顔で何かを無言で訴えている。

子供だ…こいつは正真正銘の。
その顔は、アタシに攻撃を躊躇わせる。
アタシだって母親だ、子供には愛情がある。
こんな…敵意も悪意も無い、無邪気な子供を殺すのは、戦士の恥だ。

だからアタシは、警告した。
それでもこいつは追って来た…なのに、こいつはまるで闘志が無いのにだ。
アタシが槍を構えても、ただ恐怖して震えるだけ…

戦う力はあるのに、何故戦おうとしない?


セヴァ
「今すぐ決めろ、追うのを止めて生きるか、追って死ぬか」

香飛利
「どっちも嫌です~」
「聖さんは助けたい、私も死にたくない…」

セヴァ
「そんな物はただのワガママだろうが!?  大人を舐めてるのか!?」
「これが最後通告だ!  後5秒以内に消えろ!!」
「さもなくば問答無用で殺す!!」
「5!!  4!!  3!!」


アタシのカウントを聞き、オニドリルはビクッと体を震わせた。
そして、涙を流して恐怖している。
アタシは構わずカウントを進め、そして5秒数え終わった…

アタシは槍を大きく振りかぶり、それをオニドリルの胸めがけて投げ付ける。
槍は真っ直ぐに標的に向かい、1秒以内にオニドリルの胸を貫くだろう。
アタシは空しくなった…そしてこれがこの世界の掟だと納得した。
あんな子供でも、追って来るなら容赦は出来ない。
こっちにだって子供たちの命を背負ってる、決して曲げる事は出来ないのだから…

だが…アタシは次の瞬間、信じられない事に直面する。


香飛利
「ぅぅ……『バカーーーーー!!!』」


そんな罵声と共に槍は吹き飛び、アタシも衝撃で後ろに吹っ飛ばされた。
凄まじい音波でアタシは脳を揺さぶられ、一瞬で意識を失ったのだ。

そして理解した…この少女は、勝とうと思えばいつでも勝てたのだと。
温情をかけられていたのは、アタシの方だった…
アイツは、死ぬのが嫌だから戦わなかったんじゃない…

アタシを殺すのが嫌だから、戦わなかったんだ……



………………………