早くも8月末となり、9月がやってきますね。

 

どうも地球の自転が速くなっているという説もあるようです。

 

と、最近、「過去、現在、未来という時間軸」のことを考えていたのですが、下記にそれに関するメッセージをシェアしたいと思います。

 

 

 

私たち人間は普段、原因が結果を生み出す「因果論」的に世界を認識しています。当たり前のように、「現在の選択が未来を決める」と。ところが、映画”ヘプタポッド”の中での生きる世界は、まるで違うのだそう。


過去・現在・未来という因果論的な枠組みに縛られない世界認識(時間概念)なのです。

私たちが普段認識している、過去の行動の結果→今があり、今の行動の結果→未来が作られる、という世界観に対して、映画”ヘプタポッド”の世界観は、自分が存在する「今」という概念は、すでに決まっている唯一無二の経路上にある単なる1つの点である。経路上の各々の点がどこかの点に対して過去だとか未来だとかという情報は意味をなさないのです。

言い直すならば、「自分がどんな選択をしようと、それはすでに決められている未来に沿ったイチ過程に過ぎない」

結果が先にあって、原因が後から起こる「逆向き因果」。

この論理は量子物理学的には常識的な考え方として知られているらしい。「逆向き因果」はこう考えられます。

私たちに今起こっている出来事は、未来で起こっている現象の影響を受けている。今やりたいと思っていることや突き動かされていることがあるのだとしたら、つまりそれは「未来の自分がやっているから」、今置かれている環境や身に起こっている現象があるのだとしたら、「未来の自分に関係しているから」、そのヒントが今の自分に提示されている。未来からのメッセージなのだ、と、この考え方はポジティブですよね。

 

私たちの未来は本当はすでに決められているもので、自由意志など無いのかもしれません。でも行き着く場所が決まっているなら、「今この瞬間」胸の高鳴るほうへ進めばいい。道に迷うことはあっても、道が途切れることはないのだから。

私たちは未来を知ってしまった時、どのような行動を選択するのか。例えどんな未来を知ってしまったとしても、今この瞬間のベストを尽くすに限るでしょう。

 

https://note.com/bluekyono/n/n46997912a067

 

 

*8/28に現れたAngel Cloud

 

 

 

 

 

 

 

**********フランスの旅のつづき(最終編)*********

 

*6/18,フランス最終日は、パリのルーブル美術館へ。

 

 

 

地下鉄にも慣れてきたところですが・・・

 

 


20年前にParisを訪れた時、ストライキの為 ルーブル美術館に入れなかったので、今回そのリベンジもあります。

 

33℃のParis、体感はそれ以上、パリに着いた日から数日間は、気温20℃以下と涼しかったのに、いきなり真夏。

 




美術館入場へのセキュリティに並ぶこと30分。地下の「Carrousel du Louvre」側からアクセスして長蛇の列に並びましたが、7,8月のシーズンは、これ以上に混むのでは⁉︎

 

 

 



とりあえず優先したい作品鑑賞からスタート!

 

 

 



今も愛されている絶大なる人気のレオナルド・ダ・ヴィンチの最も有名な名画代表作"モナリザ"は、1974年(昭和49年) 上野の東京国立博物館での「モナ・リザ展」以来の再会となりました!

 

当時の来場者数は約150万人とかで、長〜い列に並んだ記憶が。しかもモナリザは後半から防弾ガラス越しの公開となり、並んだ列のまま移動し順番が来たら前を通り過ぎるだけでした。

 



他、"民衆を導く自由の女神"、"サモトラケのニケ"、"ミロのヴィーナス"などの名画・名作を目前にやや興奮⁉︎また、天井まで届く程の巨大キャンバスなる作品も圧巻

 

 

 

 

 

 

 

 



さすがに規模が大きく、アーキテクチャも展示もゴージャス!

 

 

 

 

クーポラというのかな・・・天井画にも惹かれます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

装飾品はこれほんの一部・・・目の保養になります。

 

 

 

広くて、広くて・・・

 

 

 

やや駆け足で巡ること2時間半、"ルーヴル美術館は、一日にして成らず"

 

 

 

何気にメトロポリタン美術館と比較してしまい、ルーヴルはMet.の数倍ゴージャスかもで、素晴らしかった!

 

 

 

隣接しているカフェも良さそう!

 

 

 

地下のショップ

 

 

パリといえば、MAXIM'S

 

 



さすがに毎日パンや洋食続きでしたので、中華レストランを見かけるなりワンタンヌードルに飛びつきました!

 

 

 

暑さゆえ、デザートはさっぱり目・・・というか、今や欧米でブームな抹茶ストロベリーラテ、きちんと抹茶を茶筅で点てておりました。

 

 

 

今回はスィーツは殆ど食べるチャンスなく…ウィンドー越しに見るだけ。

 

 

 

日本語の看板がぽつりぽつり目につきます!

 

 

 

 

 

Metroの入口もお洒落!

 

 

 

ルーブル美術館の私のツアー動画:

 

 
 
 
今回のマティス展やルーブル美術館を訪問し、事前に美術評論家である山田五郎氏の動画で予習などしていたのですが、フランスより戻った1ヶ月後の7月に死去され、惜しまれます。ご冥福をお祈り致します。
 
 
*6/19,10間のフランスバケーションを終え空港へ。
 
 
 
 
 
今回の旅では、行く先々でのフランス人との交流により、フランス人の優しさに触れ、また親日であることも確認しました。特に公共交通機関では助けていただきありがたかったです!merci
 
"モンペとクワ" "10と10で20" "どじょうすくいまんじゅう"て、知ってます?(笑)
 
 
 
帰りの機内映画で観たのは、吉永小百合主演の世界最高峰であるエベレスト登頂に女性で世界初成功した田部井淳子の勇壮な生涯を描く"てっぺんの向こうにあなたがいる"、人が何と言おうと、自分の夢を叶えたくチャレンジする姿に称賛しました!
 

 

 

飛行中に見かけた雲。

なんと私が帰った翌日からパリは40℃の熱波になったそうで、エアコンがないビルが多いので大変かと。

 

関西の友人が、私が帰る頃に入れ違いでフランスへハネムーンで訪れていました。

 

 

 

荷物の都合で、あまり買い物できずでしたが、マルセイユのフレアマーケットでゲットしたミニカップ

 

 

 

今回の旅に持参したスカーフとワンピースを洗濯して干したらカラフルなプロヴァンスカラー

 

 

 

今回、フランスで気づいた点リスト:

 

街頭のゴミ箱がシンプルである

タバコのスモーカーが多く、室内やレストランでも喫煙可だ

トイレが男女共有とか、駅は有料だし、ペーパーのない公衆トイレも

小型車が多く、歩行者より車優先で危ない

フランス人は優しくて、 日本好きが多い

水道水が飲める

エアコンのないホテルやアパートがたくさん

地下鉄で、「お忘れもののないよう・・・」とアジア圏では日本語だけ放送あり

ホテルにはシャンプーしかなかった(中級ホテルだからかも)

 

以上、10日間のフランスの旅編でした。

 

 

**********NY編**********

 

朝陽は実にパワーに満ちていますね。セロトニンを浴びましょう。

 

 

 

*8/20,Brooklynのイタリアン”Montesacro”へ

 

 

 

テラス席が広々として素敵でした。なんとランチタイムで貸切

 

 

 

PINSAとはナポリのピザで、こちらはPrimavalle,パスタもコロッケも全て美味しかったです!

 

 

 

Brooklyn Roasting Companyでのソイラテ

 

 

 

友人がオーナーの”Stella Dallas Living”というBedfordにあるVintage Shop。素敵なセレクションで人気です!

 

 

 

*8/21,NYのSony Hallにて、ハワイのウクレレ奏者Jeke Shimabukuroのコンサート

 

 


2年前 ハワイで開催されたウクレレフェスに行ったものの、2日目の野外ステージでのウクレレ奏者Jake Shimabukuroのパフォーマンスを時差ボケのためミスしたので、今回NY公演に行けたのは、その時のリベンジもあり、たっぷり演奏を聴けて良かった。

 




 

 

彼はハワイ在住日系5世で、ジャズ、ロック、ブルース、クラシックなど、あらゆるジャンルをウクレレ1本で表現するのでも有名。めちゃくちゃ迫力あった。

さくらさくらではお琴風だったり、ウクレレがエレキギターに化けて聴こえてきたり…1,000人程収容できるSony Hallは満席でしたで、意外にもシニア層が過半数

彼も"一期一会"の言葉がお気に入り、それ私もこの言葉が好きで共感!公演後には、出口のところで一人一人の観客と交流。写真撮影やサイン、お話したり、なんというサービス精神ある丁寧な対応なのでしょう。他の友人は1時間並んで待って、お話できたそうです。

 

 

 

Jake ShimabukuroのNYコンサート動画:

 

 
 
 
夜のエンターテイメントは久しぶりで、友人とも乾杯
 
 
 
 
 
折角NYにいるのだから、たまには夜のエンターテイメントも楽しまないと!
 
 
 
*8/23,長年NY在住だった友人が日本帰国ということで、送別ディナーをKiyomiさんのマクロビ料理で。
 
 
 
普段、会食する機会のないメンバーだけに、懐かしい昔話やびっくりミラクル話なども。
 
 
 
こういう機会も一期一会・・・この瞬間を残したいという想いの記念撮影!
 
 
 
 
 
午後9:30の42nd St.
 
 
 
Times Squareは相変わらずの賑わい。
 
 
 
前回のつづき(後編)、美輪明宏さんの"ヨイトマケの唄"の着想となったもう一つのきっかけ話。
 


戦時中、両親をロシア兵に目の前で殺された少年がいたそうで、その少年は、一人で引き揚げ、廃品回収業をやっている祖父に育てられます。

その少年が中学の時に、祖父が亡くなり、祖父の遺体をリアカーに積んで、一人で焼き場に持っていて、この先 どうしよう… と途方に暮れていた時、ふと、殺された父親は技術者である事を思い出し、「自分も父親のようなエンジニアになろう」と思い、苦労の末大学に行きます。

美輪さんが知り合った時、彼は大学生で、銀座で進駐軍の物を屋台で売っていましたが、露天の縄張りでいじめられていました。美輪さんは、いじめていた人を説得し、大学生を救います。
 
当時美輪さんは、シャンソン喫茶『銀巴里』で唄っていた頃で、大学生は、助けてくれたお礼に、オーデコロンを持って銀巴里に来店し、美輪さんに、ロシア兵に両親を殺された話、祖父の話、エンジニアになりたい夢を語ります。

美輪さんは、それにいたく感激。2人はしばらく交流しますが、やがて疎遠となります。

長らく会わずにいたある日、日本橋の三越を歩いている美輪さに、「おい丸さん(当時の芸名丸山から)」と、話し掛ける男と出会います。ふと見ると、その時の大学生で、ここの現場で働いていると言います。

美輪さんは、「エンジニアになるんじゃなかったの?」と聞くと、彼は、「エンジニアになるには、釘一本でも、ネジ一本でも、知っとかないと立派なエンジニアには なれないんだよ。だから現場監督からやるんだ~。」と言ったそうです。美輪さんは、彼の言葉に感動して。

後に、ついにエンジニアになった彼をお祝いをしようと、彼とその友達を自宅に招き赤飯を炊いて「おめでとう!」と 言ってあげると、彼は急に泣き出しました。

美輪は、「どうしたの? 」と聞くと、「今まで生まれてこの方、自分の為に赤飯を炊いて祝ってくれた人なんか1人もいなかった。」

美輪さんも、そんな彼に泣きながら、「お父さんもお母さんも、おじいちゃんも、天国で、どんなにあなたの事を喜んでいるか。」と言って、慰め励まします。

この時の彼の嬉しそうな顔も美輪さんの脳裏に焼き付いていて、『ヨイトマケの唄』を作る時、この小学生の時の友達とその母親。

さらに、天涯孤独の中エンジニアになった男性。この3人のエピソードがオーバーラップして生まれたと語りました。

美輪さんは 、あのお母さんは、「手ぬぐいを持っているのに何故口で鼻をすすったのか?」後に、その母親に聞いたそうです。すると母親は、「手ぬぐいは商売道具。手ぬぐいを使ったら、他の姉さん方に失礼だ。」と言ったそうです。共に土方で働いている、先輩の女性を気遣う気持ちに、感慨無量になったそうです。

このエピソードを元に『ヨイトマケの唄』が誕生しました。

※「ヨイトマケ」とは、かつて建設機械が普及していなかった時代に、地固めをする際に、重量のある岩を縄で滑車に吊るした槌を、数人掛かりで引張り上げて落とす時の掛け声であり、美輪によれば、滑車の綱を引っ張るときの「ヨイっと巻け」のかけ声を語源とする。