朝の通勤ラッシュ。

1分1秒を争う秒刻みの戦いの最中、最悪のタイミングで現れるのが「片側交互通行」の看板である。

その日も私は、いつも通りのギリギリのスケジュールで車を走らせていた。

「生活道路の法定速度、時速30キロへ引き下げ」で痛い目にあったばかりだというのに、学習能力の低い中年おやじである。

 

 

 

 

遅刻を回避すべく安全運転で先を急ぎ、カーブを曲がった先に待っていたのは、無情にも行く手を阻む「工事中」の黄色い文字と、鮮やかな蛍光オレンジのベストをまとった一人の警備員さんだった。

彼は手にしたライトセーバーを彷彿とさせる赤い誘導灯を、まるで一流のオーケストラを率いる指揮者のように大きく振っていた。

 

「止まれ」

 

彼の完璧な静止ポーズ。車列は順に停止し、私もブレーキを踏み、首を右側に傾けフロントガラス越しに彼を見つめる。待っているこちら側の車は一様に、目に見えない焦燥感が立ち込めている。

すると、私の目の前にいた黒のセダンのウィンドウが、ウィーンと不穏な音を立てて開いた。

運転席から身を乗り出したのは、見るからに遅刻寸前といった形相の男性ドライバーだ。彼は腕時計をバンバンと叩きながら、警備員さんに向けて「おい!いつまで待たせるんだよ!こっちは急いでるんだ!」と、朝の静寂を切り裂くような怒声を浴びせた。車内にまで響くその緊迫感に、後ろの私は思わず身を固くする。

 

しかし、現場のプロは動じなかった。

 

警備員さんは怒鳴られた瞬間、まるで一流のホテルのコンシェルジュのような、一点の曇りもない極上の笑顔を黒のセダンに向けたのだ。そして、言葉で返す代わりに、胸の前にそっと両手を合わせ、まるでインドの聖者のように深く、神聖な一礼を捧げた。

その姿は、怒りという名の濁流をすべて浄化してしまうかのような、圧倒的な静のオーラを放っていた。

男性が「あ、いや, だからさ……」と出かかった文句を飲み込み、毒気を抜かれたように呆然としたその瞬間、警備員さんのスイッチが再び切り替わった。

対向車が途切れたのだ。彼はライトセーバーを大きく頭上に掲げ、マイケル・ジャクソンさながらの鋭いステップで、黒のセダンに進めと合図を送った。

 

「さあ、お待たせいたしました! ここからはあなたのステージですよ!」

 

視線でそう語りかけながら、華麗な手さばきで前方を指さす。文句を言っていたはずの黒のセダンのドライバーは、あまりの急展開とキレの良さに気圧されたのか、小さく「あ、うっす……」と呟いたように見えた。角の取れた丸い運転で、滑らかに車を発進させていく。

続いて私の番だ。私は彼の熱いプロ根性に最大級の感謝を込めて、通り過ぎる瞬間に「ペコリ」と頭を下げた。すると、隣の対向車線で待機に入った車のドライバーも、なぜか私につられて同時にペコリ。さらに私の後ろの車のドライバーもペコリ。

狭い工事現場の入り口で、見知らぬ大人たちが警備員さんの華麗なコンダクトに魅了され、謎のお辞儀の連鎖を引き起こしていた。バックミラーを見ると、警備員さんはすでに次の車列を止めるため、まるで歌舞伎のような見事なみえを切っていた。

 

そして、翌朝のことである。

 

その日の私は、朝一番でいつもとは違う現場へ直行する予定が入っていた。ナビが示す最短ルートは、昨日とは全く違う、渋滞のない快適なバイパス道路。業務の効率を考えれば、間違いなくそちらを選ぶべきだった。

しかし、私は気がつくと、あえて遠回りになるいつものルートへとハンドルを切っていた。

頭をよぎるのは、あのキレキレのステップと、聖者のような微笑み。1分1秒を争う社会人が、自ら進んで渋滞の発生源へと吸い寄せられていく。もはや道路誘導ではなく、完全に心を誘導されていた。

現場に差し掛かり、赤く光る棒が見えた瞬間、私は心の中で小さくガッツポーズを決めた。

 

「よし、今日も開演している」

 

今日もまた、フロントガラス越しに始まる朝の無言劇。あの指揮者がいる限り、私の遠回りな通勤タイムは、しばらくやめられそうにない。

 

そんな感じで。

毎朝していること

 

 

 

 

 

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「またこの季節がやってきたか……」

 

友人から「引っ越しを手伝ってくれ」とLINEが届いた瞬間、私の脳裏をよぎるのは、段ボール箱や重い家具の姿ではない。

彼の部屋の片隅で圧倒的な存在感を放つ、巨大な冷凍ストッカーの姿だ。

釣り好きの友人の引っ越しは、普通の引っ越しとはワケが違う。彼にとっての最優先事項は、新居のレイアウトでも荷造りの順番でもない。いかにして冷凍庫内の釣果という遺産を整理するか、ただそれだけなのだ。

案の定、部屋に到着すると、友人はストッカーを前に呆然と立ち尽くしていた。そして意を決するようにそれを開けると、そこはまるで氷河期。冷気の向こうから、いつの日かの栄光の数々が姿を現す。

パッと見では正体不明のカチコチに凍った謎の塊。おそるおそる霜を削り落としていくと、数ヶ月(あるいは数年)前の記憶が解凍されていく。

 

「あ、これは一昨年の秋に日本海で仕留めたアオリイカ!」

 

「こっちは去年の大時化の中で奇跡的に釣れたマダイ!」

 

友人にとっては一つひとつがドラマの詰まった記念碑なのだろう。しかし、引っ越し業者も冷凍フィッシュの長距離輸送までは保証してくれないし、ストッカーの中に物を入れたままでは重すぎる。

結果として、毎回お決まりの処分という名の、連日のシーフード祭りが幕を開けることになる。

 

「頼む、これを持って帰って美味しく食べてくれ!」

 

拝むような目で魚を託される私。しかし、こちらの処理能力と保管力にも限界がある。

 

「いや、これ全部解凍してさばくの、めちゃくちゃ大変なんだけど……」

 

思わず苦情を漏らすと、友人は心底心外だという顔で、さも当然のようにこう言い放った。

 

「何言ってんだ、セミドレス(エラと内臓の処理)にしてあるから楽勝だろ!」

 

釣り人特有の親切の基準がバグっている瞬間である。

エラと内臓がないだけで、一般人からすればカチコチの巨大魚であることに変わりはない。

ウロコと頭はどうするんだ。

……と、押し問答を続けながらストッカーの最深部を漁っていると、海の魚たちに混ざって、新聞紙に丁寧に包まれた小ぶりな細長い塊がいくつか出てきた。

霜を拭ってよく見ると、なんとそれは清流の女王、アユだった。

彼は海だけでなく、川の解禁日にもしっかり参戦していたらしい。

海の魚たちとは違い、この女王様はドレス(内臓等)をまとったままだ。しかし、アユは内臓の苦味こそが至高であり、そのまま焼くのが流儀。つまり、さばく手間など一切ない。そして何より、アユの塩焼きは私の大好物でもある。

これを見つけた瞬間、私の引っ越しの疲れはどこかへ吹き飛んだ。両手に大量の遺産を抱えて大急ぎで帰宅した私は、さっそく物置からバーベキューコンロを引っ張り出した。

まずは遠火でカチコチのアユを少しだけ解凍する。その後、キンキンに冷えたビールを片手にたっぷりと塩を振って炭火にかける。じっくりと焼かれ、香ばしい香りが漂い始めたアユをガブッと一口かじり、すかさずビールを流し込む。川の香りと苦味が引き立つ最高の塩焼きだ。

まさに、お引越しする女王様が私にくれた、最高のお戯れだ。

 

「まぁ、これがあるなら次回の引っ越しも、手伝ってやってもいいかな」

 

口いっぱいに広がる初夏の味に大満足しながら、私は早くも、数年後にまた訪れるであろう冷凍ストッカーの奥底で眠る、女王様のお目覚めを楽しみに待ち始めている。

 

そんな感じで。

冷凍庫に入れっぱなしのもの

 

 

 

 

 

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休日のお昼前頃、我が家のインターホンが激しく鳴った。

モニターに映っていたのは、血相を変えた近所のお父さんである。

 

「大変なんだ、軽トラを貸してくれないですか!」

 

息を切らすお父さんの背後には、うつむいて愛車の自転車を支える小学生の息子の姿。見れば、前輪のタイヤが哀れにへこんでいる。

話を聞けば、息子の自転車がパンクしてしまったらしい。昔なら角を曲がればあった老舗の自転車屋は、もうかなり前に閉店してしまった。平成生まれの若いお父さんにとって、自転車のパンク修理とは、お店に持っていってプロに頼むもの、なのだ。

そんな彼が弾き出した解決策はこうだった。

 

『少し離れたショッピングモールのサイクルショップまで、軽トラの荷台に積んで大輸送作戦を敢行する』

 

なるほど、現代において自転車のパンクは軽トラの出動を要する大掛かりなプロジェクトに匹敵するわけだ。お父さんの頭の中では、すでにルート選びやモールでの駐車スペース確保のシミュレーションが始まっているようだった。

しかし、昭和生まれの私はそのへこんだタイヤをじっと見つめた。

……いや、待て。昭和の人間にとって、自転車のパンクは自分で直すものである。

ガキの頃、小遣いを握りしめて買った紙ヤスリとゴムのパッチ、そして謎の黄色い接着剤。あの懐かしい匂いと記憶が、私の指先をうずかせた。

見れば、たいしたパンクでもなさそうだ。ただの虫ゴムの劣化か、小さなピンホールだろう。

 

「お父さん、ちょっと待って。軽トラ出すより、ここで直した方が早いよ」

 

私が物置からガサゴソと出してきたのは、我が家に常備されているパンク修理キット。これまで我が家の子どもたちの自転車を何度も直してきた、年季は入っているが歴戦の優れた道具たちだ。

まず虫ゴムが付いたバルブを引き出して確認すると、特に問題は見当たらない。

ならば次に専用工具やマイナスドライバーを駆使し、ホイールからタイヤを外し、中から引っ張り出したチューブを、水を入れたバケツに浸し、プクプクと上がる気泡を見つける。

 

「ほら、ここだよ」

 

原因は小さな小さな穴だった。穴の開いた箇所を紙やすりでこすり、謎の黄色い接着剤を塗ってパッチをピッと貼り付けたら、ゴムハンマーでトントンと叩く。ゴムが乾くまでの時間を含めて、ものの10分。空気を入れなおすと、お父さんがスマホでモールの混雑状況を検索し終える前に、少年のお宝マシーンは完全復活を遂げた。

 

「えっ、もう直ったんですか!?」

 

お父さんは、まるで私が手品でハトでも出したかのような驚き顔をしている。

 

「すげえ! おじさん、天才!」

 

目を輝かせる少年に、私は少し得意げになった。すると少年が、弾んだ声で私を見上げてきた。

 

「ねえ、僕でもこれ、自分で修理できるようになる?」

 

私は自分の少年時代を懐かしく思い出しながら、ニヤリと笑って答えた。

 

「なれるさ。おじさんが小学4年生の頃には、もうこれくらい自分で直してたからね。道具は今や100円ショップでも売ってるし」

 

「いいなぁ! じゃあ今度、僕にもやり方教えて!」

 

少年の真っ直ぐな言葉に、横で見ていたお父さんも「あはは」と照れくさそうに笑いながら身を乗り出してきた。

 

「実は僕もやり方を知らないんです。今度、僕にも一緒に教えてください!」

 

軽トラを借り、大がかりにロープで固定をし、往復1時間以上かけてモールへ行き、修理の待ち時間に、フードコートでお高い月見マックを食べさせられるはずだったお父さんの日曜日は、私の昭和のスキルによって守られた。そしてどうやら、我が家のガレージは近々即席の自転車修理教室になるらしい。

お父さんは、借りるはずだった軽トラのガソリン代の代わりに、缶コーヒーを1本、恐縮しながら差し出してくれた。

 

便利になりすぎた令和の時代。何でもお店に頼めば解決するけれど、たまには昭和の手が油で汚れたおじさんの出番があってもいい。

誇らしげに自転車で去っていく親子の後ろ姿を見送りながら、私はぬるい缶コーヒーを開け、少しだけヒーローの気分を味わったのだった。

 

そんな感じで。

最近の学びは

 

 

 

 

 

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ちょうど1か月前の2026年9月1日、日本の道路事情に静かな、しかしドライバーにとっては甚大な法改正が実施された。

 

「生活道路の法定速度、時速30キロへ引き下げ」である。

 

これまで標識のない一般道は「原則60キロ」だった。中央線のない狭い路地裏をそんな高速で走り抜けていた人がいたのかという驚きはさておき、新ルールでは「標識がなくても、センターラインがなければ一律30キロ」となった。

しかも恐ろしいことに、日本の道路の約7割がこの条件に該当するという。つまり、うっかりこれまでの感覚で住宅街を45キロほどで走行していると、気づけば「15キロオーバー」という立派な違反者になってしまうのだ。

 

この日を境に、私の毎朝の通勤ルートは「超スローの耐久レース」へと変貌した。

我が愛車に乗り込み、いつも通りアクセルを軽く踏み込む。メーターが30キロに達したところで、すかさず右足の力を抜く。

 

……遅い。圧倒的に遅い。

 

自転車でちょっと本気を出した高校生に、あっさりとブチ抜かれるレベルの速度である。

窓の外を流れる景色が、まるでアルプスの山中でペーターがハイジを「まてまてー」と追いかけている時のようにのんびりとしている。

しかし、この「時速30キロの世界」に身を置いてみると、普段は見落としていた驚くべき発見が次々と飛び込んでくる。

まず、近所の人間模様が実によく見える。

いつも朝に縁側でネコを撫でている佐々木さんのところに、どうやら子ネコが産まれたようだということ。足の悪い隣のおばあさんが、畑仕事の時だけは機敏な動きでトマトやらナスやらを収穫していること。そして、前を歩く小学生のランドセルにはもれなくクマよけの鈴らしきものが揺れているということ。

時速30キロとは、車という文明の利器を駆りながらにして、徒歩の視点を手に入れることができる優しい速度なのだ。

 

だが、そんなロマンに浸っているのも束の間、バックミラーに目をやった瞬間、現実の恐怖が私を襲う。

後ろにぴったりと張り付いたミニバン。ドライバーの顔は見えないが、フロントガラス越しに「早く行けよ」という無言のプレッシャーが、オーラとなってこちらに向けられているのがわかる。

 

「煽るな、煽るな若者よ。私は法律を守っているだけの従順な一般市民なのだ」

 

心の中でそう叫びながら、必死にメーターの30の数字を死守する。気分はまさに、時速50マイル以下になると爆発する爆弾を積んだバスの運転手。ただしこちらは『30キロ以上出すと免停になる可能性もある』という真逆のスピードとの戦い。アクセルを踏みたい逸る気持ちと、免許証を守りたい理性の間で、右足がプルプルと小刻みに震え出す。

ふと前方を見ると、横断歩道のない道を渡ろうか迷っているおばあさんと目が合った。

いつもなら「急いで通り過ぎちゃおう」と見送るところだが、今の私は時速30キロの交通ルールに従順なドライバーである。軽くブレーキを踏むだけで車は静かに停止した。どうぞ、と手で合図を送る。おばあさんは深々とお辞儀をして、ゆっくりと道を渡っていった。

その時、妙な達成感が胸に湧き上がってきた。

そうか、私は今、この街の平和そのものを守る運転しているのだ。時速30キロの車内は、焦燥に満ちた現代社会から隔離されたセーフティゾーンなのである。

 

──と、その時だった。

 

私の背後で、ついにミニバンの堪忍袋の緒が切れたらしい。

ブォォォン!という狂暴なエンジン音とともに、ミニバンは私の右側から強引な加速で前に出た。そして私を追い越すや否や、水を得た魚のように生活道路をかっ飛んでいく。その速度、推定50キロ。つい先日までなら何事もなく済んだはずの、ごく普通の速度だ。

 

「あーあ、行っちゃった。やっぱり30キロはイライラするよねぇ……」

 

そんな諦め混じりの視線でミニバンの後ろ姿を見送った、次の瞬間だった。

生垣の影から、待ってましたとばかりにピカピカの誘導灯を掲げた警察官が、まるでアイドルのコンサートばりのキレのある動きで飛び出してきたのだ。その後ろには、静かに牙を剥く新型の移動式オービス。

 

「はい、そこのミニバン止まってー」

 

無情にも赤いパイロンの並ぶ空き地へと誘導されていくミニバン。一瞬にして善良な市民から「現行犯」へと転落したその後ろ姿を、私はクルーズコントロールで時速30キロに固定したような安定の速度で、ゆっくりと、本当にゆっくりと横切った。

 

「あぶねぇ……!」

 

背筋に冷たいものが走ると同時に、私は心の底から胸をなでおろした。

もしあのプレッシャーに負けてアクセルを踏み込んでいたら、今頃あのピカピカの誘導灯の餌食になっていたのは私の方だ。右足の震えは、いつしか安堵の震えへと変わっていた。あのミニバンは、身を挺して新時代の厳しさを私に教えてくれた、いわばスピードの生贄だったのだ。

やっぱり、国が定めたルールには従うべきだ。焦りは禁物、安全第一。時速30キロの移動は、せっかちになりすぎた現代人に「おい、ちょっと落ち着いて周りを見ろよ」と国が課した、最高のナイスアイデアなのかもしれない。

 

ゴールド免許を死守した満足感と、この上ない優越感に浸りながら、私はついに会社の駐車場へと滑り込んだ。車を降り、意気揚々とオフィスのドアを開ける。

……が、静まり返ったフロアの視線が、一斉に私へと突き刺さった。

壁の時計に目をやると、長針は無情にも始業時間を10分ほどオーバーしている。

そうだった。景色を楽しみ、おばあさんに道を譲り、ミニバンの悲劇をスローモーションで見届けていた私の旅は、あまりにもゆっくり過ぎたのだ。捕まりはしなかったものの、私は何年ぶりかも思い出せないほどの、見事な遅刻をブチかましていた。

上司からの冷ややかな視線を浴びながら、私は心の中で静かに誓った。

 

「平和を守る運転をするのはいいけれど、明日からは、あと20分ほど早く家を出なくてはならないな」と。

 

そんな感じで。

私の通勤手段は

 

 

 

 

 

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私は、よその家のおにぎりが怖い。

誤解しないでいただきたいが、これは決して「誰が握ったか分からないから不衛生」といった、昨今よく耳にする潔癖症ゆえの恐怖ではない。握ってくれたお母さんの愛情も、手のひらの温くもりも、すべてを丸ごと信じているし、むしろ感謝の念でいっぱいだ。

それなのに、なぜ私は差し出された三角形の白飯の塊を前に、爆弾処理班のような目付きになってしまうのか。

理由はただ一つ。私が「梅干し嫌い」だからである。

 

世の梅干し嫌いたちにとって、家庭で作られたおにぎりを食べる行為は、引き金を引くまで中身が分からない「ロシアンルーレット」に他ならない。

もし、これが自分の家であれば何も怖くはない。かじった拍子に、中央からあの禍々しい深紅の物体が姿を現したとしても「うわ、ハズレだ」と皿に吐き出すなり、家族に押し付けるなりすれば済む話だ。つまり、自宅であればそれは空砲なのである。

しかし、それがよその家となった瞬間、シリンダーに本物の弾丸が装填される。

おにぎりを握ってくれた相手が、笑顔でこちらを見つめている。「美味しい?」と期待に満ちた目で。そんな極限状態において、中から梅干しが出てきたからといって、それを皿に残すことなど絶対に許されない。日本の伝統的な美徳である「出されたものは残さず食べる」「作ってくれた人の気持ちを無下にしない」という見えない重圧が、私の喉元にギロチンのように突きつけられるのだ。

つまり、よその家のおにぎりを一口かじるということは「もし梅干しが出現した場合、それを噛み潰し、味わい、笑顔のまま飲み込まなければならない」という地獄の契約書にサインをすることを意味する。

ハズレ(梅干し)を引いた瞬間、私はその場で即死するルールなのだ。

 

一口目をかじるときの緊張感は異常だ。できれば角から攻めたい。少しずつ、慎重に、白い雪山を削っていく。鮭のオレンジ色が見えたときのあの安堵感、ツナマヨの油分を感じたときの歓喜は、九死に一生を得た兵士のそれだ。

しかし、悲劇は突然に訪れる。

三口目あたりで、おにぎりの深部から、うっすらとご飯を赤く染めるグラデーションが見えたときの絶望。

それは、暗闇から深紅の弾丸がまっすぐにこちらへ飛んでくる瞬間に似ている。

 

「あぁ、やっぱり装填されていたのか……」

 

そこからの私は、完全に能面になる。脳内の全神経を味覚からシャットダウンし、ただの咀嚼マシンと化す。梅干しの強烈な酸味と塩気が口いっぱいに広がろうとも、目からは一切の光を消し、ただ機械的にアゴを動かすのだ。そして、おにぎりを差し出してくれたお母さんに向かって、引きつった笑みを浮かべながら「美味しいです!」と言い放つ。その瞬間、私は役者としてアカデミー賞をもらえるのではないかとさえ思う。

 

殺菌作用のある梅干しをおにぎりに入れるのは、日本古来の素晴らしい知恵であることは重々承知している。しかし、あの白い衣をまとった「すっぱい時限爆弾」に怯える日々から、私はいつになったら解放されるのだろうか。

一応言っておくが「食わず嫌いかもしれないから、一度食べてみた方がいい」と何度も言われ、幾度となくトライを繰り返してもはや半世紀。私が本当の笑顔で梅干しを食べられる日がやってくることは絶対にないとあきらめている。

もう一つ「本当においしい梅干し食べたことないからだよ。今度持ってきてあげる」的なありがたい申し出もお断りすることにしているので、ご理解いただきたい。

 

さて、今日もどこかで握られているであろう、無垢な顔をした白き爆弾たち。お願いだから、せめて頂点にちょこんと、鮭フレークのひとかけらのようなものでも乗せて、中身のヒントをくれないだろうか。そうすれば、深紅の弾丸に撃ち抜かれずに済むのだから。

 

そんな感じで。

おにぎりの具といえば

 

 

 

 

 

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先日、回覧板を次の家に届けに行った時のこと。

それは、ほんの親切心のつもりだった。

 

「足が悪くて次の家に持っていくのが大変だから、代わりに回しておいて頂戴」

 

お隣の足の悪いおばあちゃんにそう頼まれ、快く引き受けた私。おばあちゃんは「これ、お礼に」と、採れたてのトマトと自家製のお漬物をどっさり持たせてくれた。

「いいえ、そんな気を使わないで!」と言いつつも、ホクホク顔で2件目のお宅へ。

「〇〇さん、足が痛いみたいで私が代わりに持ってきました」と回覧板を差し出すと、出てきた奥さんはエプロン姿でバタバタとした様子。

「あらまぁ! ごめんなさい、今ちょうど手が離せなくて……ちょっとその場で内容だけ確認しちゃっていい?」と、玄関先で素早く目を通し、ハンコをポン。

指先で回覧板を挟みながら「申し訳ないんだけど、次の家にも持っていってもらえる? これ、今作ったばかりだからみんなで食べて」と手渡されたのは、出来立てのツヤツヤした大学芋。

この時点で、私の両手はトマト、漬物、大学芋で早くも塞がりかけてる。

親切のバトン(回覧板)を繋いでいるはずが、気付けば私は「ひとり近距離わらしべ長者」状態。しかも、交換すべき回覧板は現時点で未だ私の手元にある。

 

「さすがに一度、荷物を置きに家に帰ろう……」

 

そう思って3件目のお宅の前を通りかかったその時、ガラッとドアが開く。

 

「あ、回覧板? ちょうどよかった、今実家からりんごが届いてね……」

 

断る隙も与えられない、怒涛のお裾分けの連鎖。

見事なタイミングで、私の腕にはさらに立派な真っ赤なりんごが追加された。親切が親切を呼び、それがすべて美味しいものに形を変えて私の両腕にズッシリと蓄積されていく。

気がつけば、回覧板を持つ指先は数々のお裾分け袋に血を止められかけ、小脇にはりんごを抱えるという、まるで市場での仕入れの帰り道のような姿になっていた。

 

「これ以上はさすがに持てない!」と悲鳴をあげる私の腕。しかし、3件目のご主人もまた、申し訳なさそうに私の両手と回覧板を見つめて言った。

 

「本当にごめんね、今から急な用事で出かけなきゃいけなくて……よかったら次の家も……」

 

視線の先には、4件目の家。

そしてその庭先では、ご近所の奥さんが立派な自家製白菜を抱えて、こちらをにこやかに見つめてる。

さらにその奥の5件目の家からは、香ばしい手作りクッキーの匂いが漂ってくるではないか。

私は、ご近所だからと、スマホも持たずにのんびり歩いて出てきた自分に激しく後悔した。このままでは4件目の白菜を脇に抱え、5件目のクッキーを口にくわえて歩く羽目になりそうだ。

 

地域の温かいネットワークという名の、お裾分けの無限ループ。

足の悪いおばあちゃんを助けるはずが、最終的に私の足が荷物の重みで上がらなくなるという、ありがたくも過酷な回覧板の裏ルート。

私は覚悟を決め、白菜を迎え入れる体制を整えながら心に誓った。

次からの回覧板は、念のため、最初から軽トラックで回ることにしようと。

 

そんな感じで。

自然と家に溜まっていくもの

 

 

 

 

 

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朝のコンビニで、私は一大決心を下した。

棚の特等席に鎮座する、有名ラーメン店とコラボしたスープが自慢の数量限定カップ麺。その価格、なんと約400円。普段の150円カップ麺なら3個買えてしまう大金だ。私の脳内で激しい財政審議が行われたが、今日ばかりは「自分へのご褒美」という最強の免罪符を切り、清水の舞台から飛び降りる覚悟でレジへ向かった。

 

待ちに待った昼休み。

私は厳かにフタを開け、熱湯を満たした。フタの上に液体スープを載せ、心の中で3分間のカウントダウンを開始する。よし、席に戻って至福の時を……と思ったその瞬間、デスクの電話が鳴り響いた。

「おいおい、今かよ!」と心の中で叫びながら受話器を取る。時計の針と激しく火花を散らしながら、超高速マシンガントークで対応。奇跡的に2分50秒で通話を終了した。

 

「勝った。まだ麺は伸びていない!」

 

勝利を確信し、箸を割ろうとしたその時、オフィスのドアが開いた。現れたのは、絵に描いたような満面の笑みを浮かべた飛び込みの営業マン。

 

「突然の訪問にて失礼いたします!本日は御社の業務効率を劇的に改善する素晴らしいシステムのご提案が――」

 

違う、今劇的に改善してほしいのは、私の目の前で刻一刻と自慢のスープを吸い続けている400円の麺のスープ含有量だ。

 

「あ、今ちょっと昼休み中でして。あと、そういう高価なシステムはうちの規模だとちょっと手が出ないんですよ……」

 

マイルドに、しかし予算の壁を盾に明確に拒絶してみる。普通ならここで「失礼しました」と引き下がるはずだ。しかし、彼のハートは鋼鉄よりも硬いダイヤモンド製だった。営業マンはさらに一歩踏み込み、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ちなみに、お客様にとって『高価』というのは、具体的にいくらくらいからのご認識でしょうか? 価格の面でしたら、柔軟にご相談に応じますよ!」

 

数万、あるいは数十万円の交渉を仕掛けているつもりの、自信に満ちたキラキラした目。私は、目の前で静かに湯気を上げ続けるカップ麺を指差し、ドスの利いた声で言った。

 

「……400円です」

 

「えっ?」

 

「私にとって、今ここにある400円のカップ麺は、清水の舞台から飛び降りるほどの超高額投資なんです。いつもなら150円程度なんですが、今日に限っては400円の超高価な金額です。そしてその貴重な資産の価値が、いまあなたの『ご相談』のせいで、秒単位で暴落しているんです」

 

営業マンの動きがピタリと止まった。システム利用料の「月額400円」ではなく、目の前の「400円のカップ麺」が世界基準になっている男を前に、彼は完全に言葉を失っている。引きつった笑顔のまま、ようやく「では、こちらの資料を置いていきますので……」と彼が退散した時、時計はすでに15分が経過していた。

目の前にあるのは、スープをこれでもかと吸い込こみ、汁残量がほとんど見当たらない、汁なし極太麺と化したスープが自慢の元・数量限定ラーメン。一口すすると、噛む必要がないほどに柔らかい。

いつもの150円のカップ麺ならまだ諦めもつくが、今日ばかりは心を落ち着かせることができない。

このままでは私の清水の舞台価格400円があまりにも浮かばれない。私はせめてもの抵抗として、伸びきったカップ麺を片手に、内線で経理部へ連絡を入れた。

 

「あの、飛び込み営業の対応という『突発的な業務』のせいで、私の大切な昼食資産が著しく毀損したのですが、これって『会議費』か何かで経費精算できませんかね……?」

 

返ってきたのは、すっかり冷え切ってしまった私のカップ麺など足元にも及ばれない、絶対零度の冷たい声だった。

 

「できません。というか、お昼休みにそんなことで内線使わないでください」

 

ガチャリと切られた受話器を置き、私はスープをすべて吸い込んだ重たい麺をすする。

口の中に広がるのは、400円の高級な旨味ではなく、ぼそっとした食感と世間の世知辛さ。

私の「業務効率」も「財政補填」も、すべては一杯の伸びきったカップ麺と共に、私の腹の中に飲み込まざるを得なかった。

 

そんな感じで。

平日お昼ご飯はお弁当or外食

 

 

 

 

 

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今年の春、我が社に新しい最新型の自動販売機が導入された。

ピカピカのボディにタッチパネル。電子決済にも対応するそのスタイリッシュな佇まいは、殺風景な玄関ロビーで異彩を放っていた。そして何より社員の心をざわつかせたのが「7777でオリジナルグッズやもう1本プレゼント!」という謳い文句である。

しかし、導入から3ヶ月。同僚の佐藤君も、後輩の鈴木さんも、誰も当たりを引けない。

「あれはただの販促の謳い文句だ」「確率が天文学的すぎる」と、今や社内では当たらない都市伝説の自販機として半ば諦めムードが漂っていた。

 

あの日、私は残業でへとへとになり、猛烈に喉が渇いていた。ただ冷たい麦茶で一息つきたかっただけなのだ。160円を滑り込ませ、ボタンを押す。ゴトンと重みのある音が響く。ここまではいつも通りの、何の変哲もない仕事中の1コマだった。

しかし、異変はその直後に起きた。

ピピピピピピ……!

静まり返った玄関ロビーに、突如としていつもとは違う激しい電子音が鳴り響いた。液晶パネルのデジタル数字が、まるでカジノのスロットマシーンのごとく高速で回転している。私はペットボトルを拾い上げるのも忘れ、呆然とその画面を見つめた。

そして、信じられないことに数字が「7777」でピタッと止まった。

次の瞬間、自販機は「おめでとうございます!もう1本お選びください!」と言わんばかりに、すべての商品のボタンが一斉に緑色に点滅し始めたのである。

 

「当たった……! あの都市伝説は本当だったんだ!」

 

社内初の快挙に、脳内にエンドルフィンが駆け巡る。私は大慌てでスマホを取り出し、証拠写真を激写。外枠が点滅するタイマーのカウントダウンに完全にパニックになりながら、この幸福をお裾分けできる人が周りにいないか振り返るが、そこには誰もいなかった。

時間に迫られ慌てた私は、目に入ったボタンを勢いよく押した。

ゴトトンッ。

オフィスの静寂を破る2回目の重低音。私が無意識に選んだ栄光の2本目は、まさかの「冷製コーンポタージュ」だった。なぜ、喉がカラカラの状態でとろみのある主食スープを選んでしまったのか。自分の謎のチョイスに戸惑いつつも、私は社内初の当選者としての栄光を引っ提げ、意気揚々と執務室へと戻った。

 

「ちょっとみんな聞いてくれ! 都市伝説の自販機、ついに当たりが出たぞ!」

 

残業中の同僚たちに、私は誇らしげに2本目のコーンポタージュを差し出した。

「これ、おすそ分け。当たりの恩恵だよ!」と、太っ腹なヒーローを気取ってみせたのだ。

しかし、同僚たちの反応は、私が期待していた「おおーっ!」という大歓声ではなかった。

 

「え、コーンポタージュ? なんで真夏にそれ選んだの?」

 

「せっかくの当たりなのに、センスがなさすぎる」

 

「それ買ってる人、初めて見ました」

 

差し出したスープを前に、オフィスが笑いに包まれる。麦茶のサラサラ感とは対極にある、スープの圧倒的なとろみ。彼らの指摘はもっともだった。

さらに追い打ちをかけるように、私のスマホ画面を見た佐藤君が吹き出した。

 

「おい、これ見ろよ。写真のアングル、めちゃくちゃズレてて『777』までしか写ってないぞ!」

 

慌てて画面を確認すると、そこには極限のパニック状態でシャッターを切った私の、ブレブレの「777」と自販機横の壁が虚しく写っていた。最後の「7」が完全にフレームアウトしている。

「どんだけ慌ててたんだよ!」と笑われるだけなら、まだ良かった。本当に恐ろしい事態はここからだった。

じっと私のスマホとコーンポタージュを見比べていた後輩の鈴木さんが、真顔でこう言ったのだ。

 

「これ、写真切れてるし、本当は当たってないですよね?」

 

「えっ?」

 

「本当は、麦茶とコーンポタージュを普通に2本買っただけなのに、当たったって嘘ついて自慢しに来たんだ」

 

「ち、違う! 本当に当たったんだって!」

 

私の必死の弁明も、証拠不十分の前に虚しく散った。

「7777」を証明できない以上、私の手元にあるのは麦茶と真夏のコーンポタージュの2本だけである。

 

「どんだけコーンポタージュ飲みたかったんですか」

 

「別に夏にコーンポタージュ飲んだって誰も笑ったりしませんよ。冷製だし」

 

 

社内初の快挙を成し遂げた英雄のはずが、私はいつの間にか『真夏にわざわざ自腹で麦茶と冷製コンポタを同時購入し、大慌てでブレた写真を撮りながら見え透いた嘘をつく、哀れなコンポタ狂いの男』に認定されてしまったのである。

あの日から2ヶ月が経ったが、未だに私の社内でのセカンドネームは「コンポタ先輩」のままだ。完全に冤罪なのだが、二度とあのような悲劇を繰り返してはならないと、私は心に深く誓った。

 

それ以来、私は自販機で飲み物を買う際、必ずスマホのカメラアプリを起動し、液晶画面に照準を合わせてからボタンを押すようになった。

いつか必ず、完璧な「7777」を水平アングルで激写し、彼らの前につきつけてやる。そんな執念に燃えながら、今日も私はカメラを構えて160円を自販機に投入している。傍から見れば、ただの自販機マニアにしか見えないだろうが、私は今でも次のチャンス到来を待っている。

 

そんな感じで。

思ってたのと違ったこと

 

 

 

 

 

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このところ、毎日熊出没のニュースを目にする。山間のクソ田舎で兼業農家をしている私の居住地も、もはやいつ熊が出没してもおかしくはない環境である。しかしながら、今のところその目撃情報は確認されていないが、それ以外の動物、タヌキやハクビシン、ニホンジカやカモシカなど、様々な動物を目撃するのは日常茶飯事となっている。

これまでは大した被害はなかったが、先日ついに、その時がやってきた。

 

その日、妻が台所に立ち夕食の準備をしていた時のこと。

 

「お湯が出ない」

 

そういって、何度も蛇口を開けたり閉めたりしていた。

わが家のエコキュートが沈黙した瞬間だった。

このことは、現代文明から突然切り離されたことを意味していた。ピピッという無機質なエラー音とともに、我が家はお湯の供給を絶たれてしまったのだ。確認するとIHコンロは機能しているので、夕食への影響はさほどない。しかしながら、我が家はその日から「お風呂難民」になったのである。

これを機に、我が家は「毎日が温泉旅行ライフ」を決め込むことにした。修理が完了するまでの間、近所の天然温泉へと足を運び、広い露天風呂で足を伸ばす。悪天候続きで稲刈りができないことからの現実逃避のため、しばらく通った温泉でちょっと飽き気味ではあったが、やはり湯上がりに飲む冷たいコーヒー牛乳などは格別で「まぁ、エコキュートが壊れるのも、悪いことばかりではないな」なんて贅沢な気分に浸っていたのだ。

あの光景を見るまでは。

 

ぽかぽかと温まった体で、上機嫌で帰宅した時のことである。車から降り、ふと庭に目をやった瞬間、私の脳内はフリーズした。

いる、庭に何かいる!

1・2、それも、5匹も。

暗がりの庭で、小さな影がもぞもぞと動いている。目を凝らすと、それは紛れもない「ウリ坊」の群れだった。彼らは我が家の庭の破壊工作の真っ最中で、自慢の芝生を鼻先でフゴフゴと掘り返している。車のドアをバタンと閉めると、5匹は「だるまさんが転んだ」のように固まり、幼稚園児の徒競走のようなダッシュで敷地の向こうへと消えていった。

残されたのは、ボコボコになった庭と、呆然と立ち尽くす私。

 

「なめられてたまるか。ここは私の敷地だ!」

 

翌日、私はホームセンターへと走り、ありとあらゆる「対イノシシ兵器」を買い漁った。

「そこまでお金をかけなくても……」と最初は渋っていた妻を横目に、不審者を感知して激しく明滅する赤外線センサーライトを設置。害獣が嫌う強烈な撃退臭パウダーを庭一面にばら撒き、風で派手にきらめくキラキラ光るホログラムテープを生垣にこれでもかと張り巡らせた。

 

このハイテク機器がじわじわと効いたのか、数日後、ついに彼らはわが家の庭へは寄り付かなくなった。「勝った……!」と私は胸を撫で下ろした。

だが、野生の執念を甘く見てはいけなかった。

彼らは庭を諦めた代わりに、敷地から少し離れたところにある「栗の木」へとターゲットを移したのだ。

その栗の木は、妻が毎年秋の収穫を何よりも楽しみにしているものだ。毎年ホクホクの栗ご飯や、栗を使ったお菓子作りを夢見る妻にとって、その木はいわば「聖域」である。

そこへ、あの5匹である。彼らは毎夜、栗の木周辺に出没。イガを器用に足で踏んづけて、中からツヤツヤの美味しい栗だけをペロリと横取りしていくようになった。日に日に減っていく栗を前にして、彼らはついに妻の逆鱗に触れてしまった。

昨日まで「お金をかけるな」と言っていた妻が、般若のような形相で私にこう言い放った。

 

「今すぐホームセンターに行って、電気柵の導入見積もりを取ってきて!!」

 

ついに物理攻撃から魔法攻撃(電撃)へのシフトである。

私は震えながら業者に見積もりを依頼した。しかし、数日後に届いたその「電気柵の見積書」を開いた瞬間、我が家に再び衝撃が走った。

 

「高っ……!!」

 

なんと、提示された金額は、折しも交換が終わったばかりのエコキュート代にほぼ匹敵する巨額だったのだ。これには流石の妻も「これは無理」と白旗。栗は守りたいが、家計まで大破させるわけにはいかない。

結果、私たちは電気柵の購入をあっさりと諦め、別の作戦に打って出ることにした。

名付けて「人間防犯カメラ作戦(ただの徹底監視)」である。

しかし、私はあることを思い出した。このところ近所の人たちが、同じように畑の作物をイノシシに荒らされているというものだ。そして、もはや聞き流せない、いや聞き流してはいけない近所のおっさんのフレーズも脳裏を過る。

 

「このへんでなぁ、もののけ姫に出てくる 乙事主みてーな、とんでもねえデカさのやつを見たぞ」

 

ウリ坊くらいなら、なんとか追い払うこともできるであろう。しかしながら、相手はあの、山のように巨大で気高い、白い巨大猪神である。

私たちが相手にしていた5匹のウリ坊は、ただの前衛部隊に過ぎなかったのだ。あの栗の木の向こうには、軽自動車サイズはあろうかという真のボスが控えている。想像しただけで足がガタガタと震え、恐怖におののいた。もし暗闇の中で突進でもされたら、私の命など一たまりもない。

よし、彼らが現れるのは決まって夜だが、夜はあきらめよう……。

そうして私は再びホームセンターへと走り、赤外線センサーライト、撃退臭パウダー、ホログラムテープをもう一式購入し、栗の木の周辺に設置した。

 

それから毎朝、乙事主の幻影に怯えながら、出勤前に現地へと赴き栗を拾った。木にはしごをかけて、彼らが届かない枝から落下前で食べごろの栗を重点的に採ることで、イノシシとの争奪戦への勝利と妻の怒りを収めることに成功した。

 

イノシシが出没する栗の木周辺は、奴らのせいで荒れ果てた泥だらけの土地と化して、衣服も靴も泥まみれになったが、幸いなことに、タイミングを同じくしてわが家のエコキュートは無事に修理が完了していた。いつでも自宅で、最高に温かいお風呂に入れる環境が復活していたので、毎朝、命がけの作業をこなした後、あたたかい湯で体を洗い流し、寝不足の体に鞭打って出勤した。

見上げると、木にはまだまだ栗のイガが確認できる。この攻防戦はもう少し続きそうだ。

願わくば、乙事主との遭遇だけは勘弁してほしい。

 

そんな感じで。

お金がかかるなあと思うこと

 

 

 

 

 

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昼下がりのオフィスに、その人は風のように現れた。

両手には、いかにも家庭用といった風情のエコバックをぶら下げ、その中にタッパーがいくつか。

 

「これね、趣味で焼いているケーキなの。もしよかったら、皆さんで食べてみて!」

 

声の主は、おばさん……と呼ぶには少し恐縮してしまうような、品よく小奇麗に装った女性だった。

丁寧にお手入れされた髪に、ふんわりと香るコロン。

その朗らかな笑顔と「趣味」「食べてみて」という魔法のワードに、オフィスの中年男性社員たちは一瞬で色めき立った。いつもは気難しい部長まで、早くも鼻の下がビヨーンと伸びきっている。

 

「うわっ、美味しそう!」

 

「趣味でここまで作れるなんて凄いですねぇ!」

 

おっさんたちの黄色い、いや、渋柿色の声が飛び交い、オフィスは一気にアットホームなカフェ空間へと変わる。

誰からともなく、お皿やフォークを準備しようとした、まさにその時だった。

 

「1カット600円ね」

 

お姉さまは、熟練のウエイトレスのような鮮やかさで、いっぱしの料金を提示した。

一瞬、オフィスの空気が凍りつく。

1カット600円。それは、デパ地下の一等地にある高級洋菓子店とガチンコで張れる金額である。

「食べてみて(ただし有料)」という、まさかの有料体験版システム。趣味という名の、あまりにも強気なビジネスモデルであった。

しかし、一度伸びきったおっさんたちの鼻の下は、そう簡単には戻らない。

特に加熱したのが部長である。

「ろ、600円!よし、俺がみんなの分も買っちゃうぞ!」と、見栄と下心を大爆発させてタッパーの中身をまるごと買い占めた。お姉さまは「まぁ、嬉しい!」とプロの微笑みを返し、嵐のように去っていった。

 

ここからが、本当の悲劇の始まりである。

ホクホク顔の部長が「さあ、みんなで食べよう!」と女性社員たちにケーキを配ろうとした瞬間、オフィスの温度がさらに5度くらい下がった。

女性陣の反応は一様に、きわめて冷ややかだった。

 

「すみません、どこの誰かも分からない素人が作ったものなんて、ちょっと食べられないです……」

 

衛生面を懸念する、あまりにも真っ当で、ぐうの音も出ない正論。おっさんたちの鼻の下は、ここでようやく現実に引き戻されて縮んだ。

大量に余ってしまった、1カット600円の高級手作りケーキ(素人製)。

自宅に持ち帰れば、今度は妻から「これどこの誰が作ったの!?」ときつい追及を受けるのは目に見えている。窮地に追い込まれた部長が目をつけたのは、断る権利を持たない若手男性社員たちだった。

 

「おい、これ食え。男なら食えるだろ。ほら、美味いぞ」

 

半ば職権乱用のような圧で、無理やりケーキを口に押し込まれる若手たち。彼らにとっては、甘みよりも理不尽さの勝るパワハラ寸前のおやつタイムである。

若手の胃袋を犠牲にしてもなお処理しきれなかった分を重い足取りで抱え、部長はその足で真っ直ぐ守衛室へと向かった。

先ほどまでのデレデレした表情はどこへやら、引き締まったサラリーマンの顔に戻った部長は、守衛さんにこう告げたという。

 

「あのおば……いや、物売りの女性、次からは出入り禁止にしてください」

 

――それから数日後のこと。

いつもなら昼休みのチャイムと同時に「よし、中華でも行くか!」と元気よく外食へ出かける部長が、なぜか自席に居残っていた。

見ると、手元にはアルミホイルに包まれた、歪な形のお手製おにぎりがふたつ。

あの日の買い占めで今月のお小遣いを綺麗に使い果たし、外食する経済力を失ってしまったらしい。

あの美しき魔女がオフィスから奪っていったもの。それは、部長の見栄、若手の胃袋の平和、そして、部長の平日の温かいランチだったのだ。

小さなおにぎりを静かにかじる部長の背中からは、あの日のケーキよりも、ずっと自家製らしい哀愁の味が漂っていた。

 

そんな感じで。

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