空からこぼれたストーリー
このところ我が家の敷地内に頻繁に顔を出す猫がいる。
茶色のトラ柄と白黒の2匹である。性別は分からない。
どこかの飼い猫なのか、それとも野良猫なのかも分からないが、私が庭先で洗車をしたり倉庫等の作業場で仕事をしていてもこちらを警戒する素振りはなく、程よい距離を保ったまま日向ぼっこなどをしている。
特に食べ物を与えたりしたことはないが、天気が良い日は決まって我が家の庭先で遊んでいる。
いたずらをしたり、その辺にフンをするわけでもないので、追い払うこともしない。
たまに2匹が大きな声をあげて喧嘩をすることがあり、まあその時は、少し注意くらいはする。
我が家に害がないのであれば、どうぞ好きに使ってくれというスタンスである。
だが、先日事件が起きた。
休日の昼前頃、精米してある米がもうすぐ無くなるとの家族からの申し出に、私は倉庫に保管してある30kg入りの玄米を一袋、軽トラックに積み込み近くの精米所に向かった。
精米作業が完了し、また米を軽トラックの荷台に積み、もうすぐ昼食であったため岐路を急いだ。
その日の昼食は、先日ファミリーマートで購入した、数量限定のエガちゃんねるオリジナルカップラーメンを食べる予定であった。
家につくと、いつものように猫たちが日向で寝転んでいたが、私はその横を通り、軽トラックを倉庫に付属してある簡易的な屋根の下に駐車した。荷台に米の袋を積んだままではあったが、お昼を済ませるまでの小一時間ほどであるので問題はないと判断し、とにかく楽しみにしていたカップラーメンを早く食べようと母屋へ向かった。
激辛と書かれたラーメンは、辛さだけではなく旨味もしっかりあり、なかなかの完成度であったため、思わず江頭やるじゃないと声が出た。
辛さの影響からかかなりの汗をかいたので、しばらく休んでから再び倉庫へと向かった。
さっきまで日向ぼっこをしていた猫たちの姿がないのを確認した後、軽トラックから米袋を降ろそうと歩み寄ると、袋に数か所穴が開けられ荷台に米が散乱していた。
この厚手の紙袋に引き裂くように穴を開けるのは、ネズミには難しいことは分かり切っている。そうするとこれは猫たちの仕業か。
現在スーパーなどでの精米の相場は5kgで4,000円以上であるため、30kg約25,000円相当の米を台無しにされたことになる。残念だが、これを見過ごす訳にはいかない。
猫たちは今後我が家の敷地への出入りを禁止しなければならない。
次に姿を見せたときは、そのことを強めに知らしめなくてはならないとの判断に至った。
私は一度その場を離れ、30mほど離れた母屋の前で再び猫たちが現れるのを待つことにした。
10分ほど様子を伺ってみたが姿を現す様子がないので、私は洗車をしながら時間を潰すことにした。
小一時間が過ぎ車は洗い終わり、ワックスがけまで終了したが状況は変わらなかったので、いい加減散らばった米を片付けようと思ったとき、奴らは姿を現した。
なんと、敵はカラスの群れであった。
私は一瞬目を疑った。カラスのくちばしであの厚手の紙袋を引きちぎれるのかと。
だが、しばらく様子を伺っていると、カラスたちはまるでティッシュに穴を開けるがごとく、次々と米袋に新たな穴を開けているではないか。
さすがにこれ以上は好き勝手にはさせられないと、急ぎ現場に向かおうとしたとき、2匹の猫が颯爽と現れ軽トラックの荷台に飛び乗り、カラスたちを追い払い始めた。
だが、2匹の猫に対しカラスは6羽、多勢に無勢であり、猫たちは明らかに劣勢だった。
これ以上はいろいろと放ってはおけないと、私は急いで戦地に駆け寄った。
するとカラスたちは一斉に母屋の方に飛び去り、猫たちは順に軽トラックの荷台から飛び降り、まるで何事もなかったかのようにその場を離れていった。
私は反省した。それはそれは深く反省した。
悪さをしたのは猫たちではなく、カラスであった。
それどころか、猫たちはいたずら者のカラスを追い払おうとまでしてくれたのだ。
これまで猫たちに食べ物など与えたことはなかったが、今度お詫びに缶詰めでも買ってやろうと思った。
私はため息をつきながら、惨状と化した軽トラックの荷台を片づける。
そもそも、食べ物を放置したままにしたのは私であって、カラスたちも生きるために決死の覚悟で人間の生活圏に飛び込んできたのだ。
反省すべきは自分である。今回の件、カラスにもお咎めは無しだ。
そう自分に言い聞かせ、片づけを済ませた後、買い物に出かけようと洗車したばかりの車に乗ろうとした。
フロントガラス、そしてワックスをかけたボンネットや屋根に、無数の鳥のふんが落とされていた。
これに関しては、犯人は明らかにさっき逃げていったカラスだ。
くそっ、お咎めは無しは無しだ。次来たらぶっ飛ばしてやる。
あ、猫はいいやつだ。
そんな感じで。
冷静でありたい
最近流行らないのか、はたまた私が知らないだけなのかは分からないが、バラエティ番組から誕生する音楽ユニットってしばらく見ていない気がする。
ちょっと前だと、お笑い芸人だとかバラエティタレントなんかがやたらと組んではCDを出していた。
しかも楽曲を提供するのが一流ヒットメーカーのプロデューサーだったり、ヒット曲連発中のアーティストだったりするから、歌がうまいとかそうじゃないとか関係なしにバカ売れした。
何となく覚えてるのだと、ポケットビスケッツとか黒い方とか、あとやまだかつてないWINKに、くず、羞恥心、H Jungle With t、もっと遡ればイモ欽トリオなんかもそうだ。
とにかく、どれもこれも結構売れたと記憶している。
まあ曲を提供してるのがもの凄い面々なので納得はできる。
もう一度いうが、歌がうまいとかそうじゃないとかは関係ない。
実際いい歌が多かったし、私自身こういった企画ものが嫌いではなく、CDもパチンコ屋の景品にあれば交換していて、未だに手元に残っていたりする。買ったものも、まああるにはある。
それにしても最近では、音楽は配信されるものってのが世の常となり、発売日を心待ちにし、予約などしてCDを買うなんてことはなくなってしまったし、もはや最後に買ったCDが何だったか思い出せない。
あ、それとあれ、とんねるずって企画ものが多くて、結構いい歌が多かったと記憶している。
なんて歌だったかは思い出せないけど。
先日、新しくオープンしたやきとり屋へ会社の同僚と飲みに行った時のこと。
一度行ったことがあるという同僚から聞いた話だと、その店の飲み物のメニューはよくあるやきとり屋のそれとは明らかに一線を画すもので、一度行く価値ありとのこと。
個人的にやきとり屋にはそれほど飲み物のクオリティーを求めるつもりはなく、普通のビールと辛すぎない日本酒があればそれでいいのだが、何よりやきとりがうまいとのことなので、結構期待して訪店した。
最近オープンしたばかりとはお世辞にも言えないようなちょっと薄汚れた外観、そこに掛けられた真新しい暖簾に迎えられ店内に入る。
控えめないらっしゃいの声に迎えられ、テーブル席に通された。
店内には、4人掛けのテーブルが3卓とカウンター席が6席、その向こうで炭火を使ってやきとりを焼いているのが見える。
そしてさらにその向こうの壁一面に、ありとあらゆる種類の酒瓶がずらりと並んでいるのが見える。
なるほど、同僚が一線を画すというのも頷ける。中々に圧巻の光景である。
それにしても、これだけの種類の酒を集めるのは容易なことではない。元々酒を提供する商売をしていたか、余程の酒好き、もしくはこの店が以前はバーか何かを経営していた店で、それを居抜いたか。いや、この店はちょっと前までラーメン屋だった記憶がある。
何はともあれまずは注文だということで、無難に生ビールとやきとりの盛り合わせを頼んだ。
程なくして届いたビールは、ジョッキがしっかりと冷やされている。
やはりこの店、飲み物へのこだわりが強いことが分かる。
そして適当に頼んだやきとりだが、これが滅法旨い。炭火で焼かれているからというのは言うまでもなく、肉の焼き加減と塩加減、そしてタレの味が抜群だ。
いい鶏肉を使っているかと言われれば、多分そんなことはないことを値段がものがたっている。このご時世、こんな値段で経営が成り立つのかと心配になるくらいに安い。しかもめちゃくちゃ旨い。
せっかく旨そうな酒がずらりと並んでいるのでいろいろと楽しみたいところではあるが、今日は心行くまでこの安くて旨いやきとり、そして生ビールを堪能しよう。
さて、次は何を頼もうか、砂肝もいいが、ここはタレがすこぶる旨いのでタレが合うものにしようか、などと考えていると、焼き場の陰から60代くらい、この店の大将と思しき男性が姿を現した。
あれ、この人前に会ったことがあるな。私は記憶を巡らせてみる。
頭には手ぬぐいを巻き、Tシャツに厚手の前掛けを下げたその姿、思い出せそうで思い出せない。気のせいだったかと思った時、男性がウイスキーの瓶を手に取る姿が見え記憶が蘇った。
ああ、この人は「師匠」だ。
もう20年ほど前くらいと記憶しているが、高校時代の同級生の友人が仙台市内のショットバーでバーテンダーをしていたころ、友人の働く店によく飲みに行っていた。
友人の仕事終わりに連れて行ってもらった別の店が「師匠」の店だった。
友人はその店の店主を「師匠」と仰ぎ、いつも明け方まで酒の話を肴に酒を飲んでいた。
記憶が確かなら、私は3度ほど師匠の店に行ったことがあるはず。最後は確か6年、いや7年前か。
友人の話だと、師匠は60歳で店をやめ田舎に帰ったといっていたと思ったが、その田舎がまさかこの辺りだったとは知らなかった。
そうこうしていると、師匠が私たちのテーブルに注文したやきとりを持ってきた。
私は立ち上がり頭を下げ、簡潔にこれまでのことを話した。
「ああ、ケンタの友達な、覚えてるよ。随分と久しぶりだな。なんだお前、なんでこんなところにいるんだよ」
私は住まいがこの地域であること、やきとりが安くて旨いこと、そして酒の種類が相変わらず素晴らしいことなどを興奮気味に話した。
「第2の人生じゃないけど、暇つぶしにやきとり屋やろうと思ったんだけどなかなか上手くいかなくてな。だからこっちは利益度外視、こっちはぼったくり価格な」
そういって師匠は焼き場と酒の棚を交互に指さして笑った。
私はせっかくなのでカクテルを頼んでもいいか聞いてみる。
「そりゃもちろん喜んで。覚えてるよ、ラスティネイルだろ。とりじゃ合わないだろうからドライフルーツでも持ってこようか」
ああ、やはりこの人は友人が師匠と仰ぐだけの人だ。
たった3度しか訪問したことがない、私が毎度注文していたカクテルを覚えている。
今日ここに連れてきてくれた同僚には感謝しかない。
これからここに足繁く通うことになるだろう。
久々にいい店に巡り合った私は、同僚たちと大いに盛り上がりほろ酔いとなった。
隣のテーブルでも我々同様、仕事帰りのサラリーマン風の4人組が盛り上がっていた。
その中のひとりの若者が次の飲み物を注文する。
「黒ビール、この銘柄だったら冷えてないの、ありますか」
師匠がカウンターの中で「あるよ」と答える。
そして若いのに分かってるじゃないとでも言いたげに薄っすら笑みを浮かべた。
そうすると、隣のグループで一番年輩と思しき男性が言った。
「なに、今時の若者は冷えてないビールが好きなの。ちょっとわからないなあ、ビールはクールに、Be cool! でしょ」
若者が苦笑いを浮かべながらいう。
「課長、上手い事いったみたいな顔してますけど、それだと意味が変わっちゃいますよ。どっちかと言ったらcoldだと思いますけどね」
ああ、今思い出した。
とんねるずは「野猿」ですね。曲名は「Be cool!」だな。
隣の席のおっさん、思い出させてくれてありがとう。
それと、たった6、7年会ってなかった師匠が随分久しぶりと言っていたにもかかわらず、バラエティ番組から誕生する音楽ユニットをちょっと前のことと言ったことを反省します。
野猿は27年前、ポケビは30年前、イモ欽トリオなんて44年前でした。
少し冷静になります。
そんな感じで。
大食い女王の信憑性
テレビがつまらなくなったと言われて、だいぶ久しいと感じる。
我々世代が子供の頃、家に帰ってからの娯楽と言ったら、やはり一番はテレビを見ることと答える人が多かったと思う。
夕食が済み家族団らんの時間は、みんなでテレビを見るってのがお決まりだった。
母が剥いたりんごをかじりながら、夏にはすいかを食べながら、家族全員で同じ番組を見たものだ。
ただ、チャンネル争いも熾烈だった。
野球と落語が好きだった父、相撲やプロレスが好きだった祖父、演歌をこよなく愛する祖母と母、そしてひょうきん族派の兄とドリフ派の私で、日々チャンネルの主導権争いが勃発していた。
結果として最強だったのは祖父で、我が家では夜な夜な裸の男同士がじゃれ合うのを家族みんなで見るのが定番であった。次に強かったのは父であったが、茶の間以外で唯一テレビが設置されていたのが父の部屋であったので、そもそも争いに参戦することは少なかったと記憶している。
最後の最後でおこぼれ的な争いを繰り広げるのが、3つ年上の兄と私だ。だが子供の頃の年の差3歳と言ったら、圧倒的な力の差であることは言わずもがなであり、私は黙ってタケちゃんマンやブラックデビルを眺めるのが常であった。
その反動からか、当たり前のように自分専用のテレビがある今では、有料コンテンツであるAmazon、Netflix、Huluなども見まくっている。なんなら子供の頃なかなか見せてもらえなかったドリフも今では見放題である。
それにしても動画配信の有料コンテンツはすばらしい。大学生になり自分専用のテレビを手に入れたときも興奮したが、金に物を言わせればいつでも好きなドラマや映画が見られる今の状況は、子供の頃の私には想像もつかなかった、正に夢のような現実である。
一方で、地上波の番組には日々がっかりさせられる。なぜか地上波は無料で見れるって勘違いしがちだが、しっかりNHKに受信料を取られているからね。有料コンテンツ以外の何ものでもない。なんなら私が契約しているコンテンツの中で最も高額なのだから、もう少し頑張って欲しいところだ。
そうは言ったものの、地上波の番組を全く見ていないかといえばそんなことはない。
それはそれで、しっかり見ている。
特に食に関する、いわゆるグルメ番組が好きだ。孤独のグルメや深夜食堂などのドラマもよく見るが、食べ歩きなどのバラエティー番組も好んでよく見ている。まあこれらも動画配信で見ることはできるけど、なぜかグルメ番組は地上波で見る機会が多い。
その中でも最近のお気に入りと言ったら、大食い番組。
特に小柄な女性があほほど飯を食うのを見るのがたまらなく好きである。ユーチューバーなんかも含めると、最近大食いの女性ってすごく増えたなと感じる。そんな彼女たちが大柄なスポーツ選手たちと大食い対決して軽々勝利する。先を見ずとも結果が分かってしまうのに、なぜか爽快かつ面白い。
ただ、食べたふりして本当は見えないところで量を減らしてるんじゃないのかと、心のどこかで疑っている自分もいたりする。まあそこはご愛敬ってことにしてはいるが。
所詮はこのところ問題ばかり取り上げられている地上波だし。
いつか小柄な女性が、本当に大量の料理を食べきるところを実際に見てみたいものです。
先日、仕事の関係で東北のとある山間部の温泉地に宿泊した時のこと。
私の勤務する会社には、秋から冬にかけて東北の山間部の現場に数週間泊まり込みで行う特殊な業務がある。山籠もりと呼ばれるその仕事は過酷である一方、楽しみもある。
日の出前に現場に向かい、日の出とともに作業を開始するのだが、長靴やかっぱを着用し水の中に入らなければならないという、極めて過酷なミッションである。雪が降る中で水温は一桁、最近では熊の出没が多いため正に命がけの仕事である。
しかしながらこのミッション、昼には仕事が終わるので、午後は宿泊地である宿に戻り温泉三昧やら温泉地散策やら、時に車を飛ばし繁華街に向かい遊び放題であったりする。
午後の時間丸々遊んでいたとしても、会社はそのことを咎めるなんて野暮なことはしない。そんなことをしたら現場担当者がストライキを起こすことが目に見え分かるからだ。
なぜ分かるかというと、私自身が若かりし頃このミッションを何年も任された経験があり、ストライキも度々起こしていたので、間違いなく分かってる。もうね、何度も逃げ出したよね、つらくて。
そもそもいくら午後遊び放題とは言え、最長1カ月家に帰れないのとか、滅茶苦茶寒いのとか、雪道で数時間車中に閉じ込められたりとか、罰ゲーム以外の何ものでもない。
この過酷ミッションに行かなくてもいい身分になったいま、温かい事務所で業務進行の報告を鼻くそなどほじりながら聞いていると、現場の部下から電話が入った。
「どうしても見ていただきたいものがあるので、明日来ていただけませんか。出来れば夕食の時間までに。宿の部屋、用意しておきます」
その可否について返事をする前に電話は切れた。私の予定などお構いなしの部下からの申し出に少なからず怒りを覚えた。だがしかし、どうしても見せたいものとはなんだ。
私は急ぎ翌日のスケジュールを確認する。午後に取引先との打ち合わせが入っていたが速攻でキャンセルした。
次の日、午後一番で車に乗り込み現場担当者が宿泊している宿に向かい車を走らせる。
東北道を北に向かい爆走していると、尋常ではない雪が降り始め視界を遮られた。だがしかし、見せたいものが何なのか、その興味に心躍り全く苦にはならなかった。
事務所を出発してから約3時間後、現地に到着した。私が担当者であった十数年前と同じ定宿は、リフォームされ小奇麗になってはいたが、働くスタッフは当時と変わらない面々でなぜか少しほっとした。
チェックインを済ませ、まずは温泉に向かう。最後にここに宿泊したのが震災の年だったと記憶しているので、この温泉も十数年ぶりとなる。建物はリフォームされているが、お風呂は以前のままだ。
風呂上がりに現地担当である若い社員2人と合流し、夕食会場へと向かった。
まだ少し時間が早いこともあり、会場には我々の他に一組の先客がいるだけで他はまだ空席のままだ。私たちは早速ビールで乾杯し、とりあえずこれまでの業務の進捗などを確認した後、どうでもいい雑談に突入する。
温泉宿特有のお膳式の夕食はなかなかのボリュームで、とても食べきれる自信がなかったので、箸をつける前にいくつかの料理を若者へ託した。
さて、わざわざ私を呼びつけてまで見せたいものとは何ぞや。
明日現場に行けば分かるのかと問う。
「いや、間もなく見れますよ。ほらきた」
その言葉に視線を会場の入り口へ向けると、2人組の若い女性の姿が見える。1人は身長が高めの標準体型(女性A)、もう1人は小柄で華奢な様子(女性B)。彼女たちはお膳が4組並んだ隣の席に座ったので、必然的にあと2人やってくるだろうことが分かる。
部下たちの話では、彼女たちは一昨日から宿泊していて、毎日近くのスキー場に通っているとのことだ。
程なくして女中さんがやってきて、生ビール2つと、レモンサワーを2つ隣の席に置く。同時にテーブルの真ん中におひつに入ったご飯を置くと、お膳にセットされている固形燃料にライターで火をつける。
私は飲み物がすでに4人分届いているのだから、間もなく来るであろうあと2人分の席にも火をつければいいのにと思いながら、その光景を眺めていた。
通常ご飯と汁物はある程度酒が入った後と相場は決まっているが、彼女たちはその2つを同時に頼んだ様子である。今時の若い女性はビール飲みながら米を食うのかと、苦笑いを隠せなかった。
「そろそろ始まりますよ、前から見てみたいと言っていた光景が」
彼女たちはそれぞれビールを手に持ち、小さく乾杯をする。その後、華奢な女性(女性B)がおひつの蓋を開け、もう1人の女性(女性A)のお茶碗にご飯を盛り、このくらいで足りるかと尋ねる。女性Aは多いくらいと返事をすると、女性Bは少し盛りを減らし女性Aに手渡す。
そしてこの後すぐ、部下たちが私にどうしても見せたいと言っていたものの正体が明らかとなった。
女性Bが自分のお茶碗にご飯を山盛りにして食べ始めたのだ。
マグロの刺身を食べ、ご飯を頬張り、ビールで流し込む。女性Aと話し笑う。牛肉を食べ、ご飯を盛り、ご飯を頬張り、レモンサワーで流し込む。
ん、そのレモンサワーは後から来る2人の分じゃないのか。
傍から見たら、女性AとBが会話を楽しみながら食事をしているようにしか見えないが、テーブルの上ではまるでマジックショーでも開催されているがごとく、次々と食べ物と飲み物が女性Bの口の中に消えていく。しかもその食事の所作たるや、水が流れるようにしなやかで美しい。
気が付くと、女性Bは3杯のアルコールをその体内に流し込んでいて、間髪入れずに次の飲み物を頼んだ。それと同時に隣の席の固形燃料に火をつける。
おいおいおい、嘘だろ、私が全部平らげるのは無理だと察したこのお膳を、あろうことか2人分食おうというのかこの女性は。
「これだけじゃないですよ、向かいの席のお膳も彼女のです。お楽しみはまだまだこれからですよ」
部下の1人がこうつぶやくと、隣の席にはハイボール2杯と冷酒1瓶が届いた。そして、新しいおひつだ。
まじかよ、さっき見た感じでは、おひつの中には少なくとも3合分の米があったはずだぞ。
そして彼女はまた会話を楽しみながら、流れるように飯を食らっていく。アルコールの類は彼女にとって最早水なのかと思う程にハイペースで吸収されていく。しかも今度は日本酒だ。
結果、彼女は3人分のお膳と3杯のおひつ飯、そしてもはや数えきれない程の酒をその体内に流し込み、最後にデザートのケーキを別途注文し、少し不満げな表情を浮かべた。
ざっと見積もっても、3合の米×3でおよそ3kg、お膳の料理×3、そして数え消えれない程の酒の量をすべて足しても5kgはあったであろう。それでもまだ足りないって表情だ。
それにしても、大食い番組等における実際に大量の飯を食らう強者の存在は、どうやら本当であることが分かった。これを見せるために私をこんな辺鄙なところまで呼びつけた部下たち、グッジョブである。
ん、私は本当にこれだけのために呼ばれたのか?いやまさかな、明日現場に行ったら現地で何か報告とか、見せたいものがあるに違いない。
「いや、これだけですよ。前からこういうの見てみたいって言ってたじゃないですか。それと明朝は我々だけで現場に行きますので、朝起きなくていいですからね」
そうか、本当にこれだけのために呼ばれたのか。こいつら会社の経費を何だと思ってるんだ……と言いかけたが、その言葉は飲み込んだ。
それにしても、彼女にはどうしても聞きたいことがある。食べようと思えばもっと食べることができるのかと。
「はい、もう少し食べれます。でも明日の朝ごはんも楽しみなので、今日はこのくらいにしておきます。私、おひつのご飯って大好きなんです。炊き立てのご飯の余計な水分を程よく吸って、ほんのり木の香りがするご飯って美味しいですよね。自宅用にもおひつ買おうかなって思ってるんですけど、結構高いんですよ」
いやいや、そんだけの食費払えるんだったらおひつの1つや2つ、余裕で買えるだろ。
いや待てよ、そういえば前にイベントで使った木のおひつ、この旅館で使っているのと同じようなのが会社に結構な数あったな。もう使わないからそのうち捨てようって言ってたやつが。
私は彼女に、一度使用したやつでもいいなら無料で譲りますよと提案してみる。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。私、おひつラブなんで」
ついては、小柄な大食い女子は実在しました。
そして、おひつラブな女性にオフィスのおひつをあげたって話でした。
そんな感じで。
飲み込めなければ熱さは分からぬ
世の中には、何度注意しても同じミスを繰り返す人がいます。
若い、特に新人の社会人においてよく見られるのは、どこの職場でも最早おなじみの光景と言っても過言ではないと思う。まあ社会人に限らず、学生であっても初めてのことに挑戦する者にとって、失敗は付き物でありますので、1度や2度の失敗なんてとやかく言うようなことではない。
しかしながら、これを1度や2度ではなく、3度4度と繰り返す者が少なからずいます。
かくいう私も、若い頃はこれに近いものがあったと自認している。
「お前は何度言ったら分かるんだ!」
などと叱咤されることなんて日常茶飯事であり、その都度落ち込んで見せたものである。
そう、見せた、だけで、私の場合反省なんて微塵もしていなかった。
当時の上司のおっさんの言葉に対し、聞く耳なんて一つも持ち合わせていなかったからだ。
当時の私は、上司に指摘されるミスをミスとは認知しておらず、毎度毎度なぜ怒られるのかが分かっていなかった。単純に相手が私のことを嫌っていて、大したことでなくても力でねじ伏せようとしてきている、そうパワハラの類に違いないと勘違いし、自分のミスを認めようとしていなかった。
早い話が、面倒くさいやつ、であったことは否定できないし、するつもりもない。
そのため「お前は注意された時は反省するけど、すぐ忘れるな。そういうの喉元すぎればなんとやらっていうんだぞ」とよく言われたものだ。
最近思うところがあって、当ブログ久々の更新、などと言う狂気の沙汰のようなことをするにあたり、過去の投稿を読み返してみた。
支離滅裂だったり滅茶苦茶だったりするのは今とさほど変わらないな、などと思いながらも、当時の上司の悪口のようなことや、いつまでたっても自分には部下ができない等の嘆きの発言がとても多いことに気が付いた。
あれから月日は流れ、今となっては私に上司と呼べる者はほとんど存在しなくなり、代わりに部下がたくさんできた。この現状は当時の私にとってネタの宝庫以外の何物でもないが、そのことに触れるのはまた別の機会にすることにしても、当時感じることができなかった喉元の熱さをいま正に感じておりますと、機会があれば当時の上司に伝えたい。
閑話休題、先日出張のため東京へ向かうことになり、仙台駅から新幹線に乗った時のこと。
同行者のいないお気楽な一人旅であるため、通常であれば停車駅が極めて少ない「はやて・はやぶさ」を利用するが、その日は東京到着まで数駅に停車する「やまびこ」に乗り込んだ。
鉄道おたくという訳ではないが、私は鉄道、というよりは新幹線での移動が好きなので、一人の場合は乗車時間が長くなる「やまびこ」を選択することが多い。
ひとりのこの時間は、音楽を聴くもよし、読みかけの小説に目を通すのもよし、好みの駅弁を持ち込んで楽しんだり、仮眠をとったりと、自由な時間を満喫できる。
特に最近は車内で無料Wi-Fiを利用することもでき、映画やアニメなどを快適に見て過ごすこともできる。
「やまびこ」の場合、仙台東京間がおよそ2時間なので、往復で2本の映画を見ることができてしまう。これが「はやて・はやぶさ」の場合およそ90分の乗車時間となるため、選んだ作品が短めでないと中途半端になってしまう。
そのため、私の場合映画を見るなら「やまびこ」一択となる。
その日も往復それぞれに見たい映画を選択し、新幹線に乗り込む。
座席は3人掛けの窓際の指定席を選び、飲み物を購入して席に着いた。
さあ映画だと早速スマホを取り出す。今のところ隣の席に乗客がやってくることはなく、願わくばこのまま空席であれば静かに過ごすことができるなと期待が膨らむ。
だがしかし、こういう場面での私のくじ運は極めて悪いということは言うまでもない。
このことは、私と付き合いが長い人にとっては周知の事実であるが、知らない人に話をすると、確実に盛ってるといわれるほどに、高確率で何かが起こる。
サンプルとしてこれまでに経験した出来事をいくつか挙げてみる。
1.隣の席が、ずっとしゃべりっぱなしのおばさん
2.隣の席が、ガチの力士
3.隣の席が、ずっと泣いているおっさん
4.リクライニングが故障
5.足元にずっとシャーシャー言ってる猫
6.私の席に知らないおっさん
7.私の席に知らない外国人
8.座席にみかん
9.座席にシューマイ
10.座席がびしょ濡れ
挙げればきりがないが、こういったハプニングによく見舞われる。
そうこうしていると、車内に発車のアナウンスが流れ、扉が閉まる音が聞こえた。
よし勝った。これで次の駅までのしばらくの間は隣が空席であることが確定した。
この時間帯のやまびこは、経験上仙台で乗客が座らなかった席は東京まで空席であることが多い。
しかも2人掛けがまだ空いているので、3人掛けのこの席が東京まで空席であることはほぼ確定だろう。
「あ、この席じゃない?」
後方より声が聞こえ、2人の客が私の隣の席に座る。
私の勝ちが一瞬にして幻に変わった瞬間であった。
隣の席に座ったのは20代と思われる若い女性で、服装から推測するに学生の可能性が高い。幸いなのはハプニングNo.其の1の「隣の席が、ずっとしゃべりっぱなしのおばさん」ではなかったことだ。しかも若い女性が隣の席、悪い気はしない。
ところがこの2人組、列車が走り出すや否やしゃべりだす。ギャーギャーという擬音語がこれほど似合う人もなかなかいないのではないかという程に、ギャーギャー。
列車は程よく駅に停車するものを選んだのに、こちらはノンストップ、ノンストップにギャーギャー。
No.外「隣の席が、ずっとしゃべりっぱなしのおねえさん」ゲットである。
もうね、こっちも限られた時間で楽しみにしていた映画を見なければならないので、音量を限界まで大きくして対抗を試みたけど、イヤホンの隙間をもろ貫通。もろギャーギャー。
私はそっと映画の幕を下ろし、スマホをポケットに仕舞った。
もはや映画のセリフは聞こえず、内容など頭に入ってこなかった。
この状況は本を読むとか音楽を聴くとか、そういった些細な娯楽などでは対抗できるものではないと悟った私に残された選択は、寝ることだった。イヤホンを耳栓代わりにして寝ることにした。だがしかし、大音量にした映画の音ですら弾幕として機能しないのに、寝るなんて不可能。もう成す術などないと悟った私は、ただじっとして目的地に着くのを耐え忍び待つことにした。
耳の奥に突き刺さるどうでもいい会話。ノーガードで殴られるボクサーってこんな感じなのかなあと聞き流していると、興味深い内容の話が聞こえてくる。言うまでもないが、聞き耳を立てて会話の内容を盗み聞くなんて野暮なことはしていない。ギャーギャーという形に擬態化した塊のようなもので、ガードの上から一方的に殴られているだけなので悪しからず。
「この間さあ、また上司に怒られて、お前は喉元過ぎれば熱さ忘れるだなって言われたんだけど」
私はどこかで聞いたことがあるセリフだなと思いながら、次の言葉を待った。何度も言うが、決して盗み聞きをしているわけではなく、一方的に聞かされているだけである。
それにしてもこの2人組、どうやら学生ではなく社会人らしいということが分かった。
「私って極度の猫舌だから、生まれてこの方、熱いものが喉を通った事なんて一度もないのよ。絶対に冷ましてから口に入れるから。多めにふぅふぅして」
なるほど、これは分かる。痛いほどによく分かる。私も猫舌自慢なら他を寄せ付けないくらいに熱い飲食物は苦手だ。なので人一倍ふぅふぅする。
だがしかし、ぬるいラーメンが提供されるのは許せないし、あんかけの乗った料理全般が大好きという面倒な体質である。
そんなことはどうでもいい。
「だからね、忘れるもなにも、私に熱さなんて理解できないのよね」
その時、頭の中にがんと衝撃が走った。さっきよりさらに大きくなった擬態化した塊で殴られたような衝撃だ。
なるほど、若い頃の私は上司の指摘を理解できず何度も怒られたのは反骨精神などではなく、単に喉元を熱いものが通過することが理解できない、極度の猫舌だったからなのか。
まさかこんな所であの頃の疑問が解決するとは思わなかった。
ああ、いい話を聞いたなあと悦に浸っていると、車掌さんらしき方が我々の席に近づいてきて言う。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かに願います」
彼女たちは、ごめんなさい……と俯き言う。その時、通路を挟んだ2人掛けの席のおっさんが怖い顔で彼女たちを睨んでいたのを、私は見逃さなかった。
車掌に苦情を申し入れたのは彼に違いない。
程なくして新幹線は途中の駅に到着し、怖い顔をしたおっさんは席を立った。
再び列車が走り出すと、彼女たちはまた全開トークに花を咲かせた。
時刻は間もなく12時なろうとしていた時、彼女たちのランチタイムが始まる。
メニューはもちろん、紐を引き抜くと熱々になることでお馴染みの牛たん弁当だ。
なるほど、必要以上にふぅふぅする姿が確認できる。それを見たもうひとりの彼女が再びギャーギャー言いながら笑い出した。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かに願います」
車掌からの2度目の忠告がレフリーストップを彷彿とさせる。
ですが車掌さん、その忠告は無駄ですぜ。
だって彼女、喉元の熱さなんて感じることのない、極度の猫舌なのですから。
嫌な予感がするので帰りは乗車時間が短い「はやて」で帰ろうと思った。
そんな感じで。
炭火の魔力
昨今の物価高騰の勢いといったら物凄い。
食料品はもとより、日用品や光熱費、ガソリン代なども上がり、その影響なのか物流に係る費用は軒並み値上げされているし、当然のように公共交通機関を利用した旅費交通費も爆上がりしている。
それと宿泊費ね。出張で都内に宿泊しようものなら、ちんけなビジネスホテルですら2万3万は当たり前のようにかかり、それでも宿泊先が見つかるだけラッキーって状況。
数年前宿泊費が高騰してきた頃、我が職場でも出張時の宿泊費が規程内に納まらんとのことで、いち早く旅費規程の改定を行い来る時に備えたつもりであったが、値上げの波はそれを簡単に超えてきちゃいましたからね。もうね、断腸の思いで上限をあげた宿泊費を、まるで何事もなかったかのように超えられた。
だが、個人的に最も痛いのは食費、昼食代の値上がりが本当に困る。
何度も言っているが、毎月定額のおこづかい(昼食代を含む)しかもらっていない私にとって、昼食代の高騰は死活問題となっている。
定食はもとより、ラーメンやそばなどの麺類、カレー、そしてハンバーガーのセットなどの軽食なんかも、当たり前のように1,000円を超える価格設定になっている。
一日1,000円の出費となると、私のおこづかいのほとんどは昼食代で消える計算となる。
なんとか節約できないかと、久々にコンビニで安い弁当でも購入しようかと思えば、もはや安い弁当など存在すらせず、おにぎりですら1個200円以上するのが普通のようで、しかも驚きを隠せなかったのが、塩むすびが150円くらいになっていた。
あれですよ、具も入ってなければ海苔すら巻かれていないのにですよ。
ラーメン屋で100円のライスですら注文するのを躊躇するのに、塩むすびに150円を支払う勇気なんてありませんよ。
ちょっと前ならカップ麺とおにぎり2個買っても500円でお釣りがあったのに、今ではおにぎり1個にして、なんとか500円以内に収めることができるってのが現状であります。
それにしてもカップ麺も高くなりましたね。
このような状況でありますので、必然的に外食は控えざるを得ないわけでして、これからは弁当(塩むすび)を自作し持参することを心に誓った。
先日、仕事の都合で仙台市内のビジネスホテルに宿泊し、夜には東北一の歓楽街で食事をする機会があった。驚くことにその宿泊費ときたら激高で、都内のそれと遜色がないほどに高額であった。特筆するようなことは何もない、一般的なシングルルーム(朝食付き)にもかかわらず、東京と肩を並べる価格設定に驚きを隠せなかった。
だがしかし、驚きはしたが業務である以上、費用は会社が出すので私の懐は無傷。痛くも痒くもないのである。さらに夜の宴についても取引先の面々が一緒だったので、当然こちらも会社持ちである。
懐無傷という安心感からかいつもより酒が進み、宴は終止盛り上がりをみせた後、お開きとなった。
翌日、思いのほか酒の影響を感じることはなく、すっきりと目覚めることができた。
シャワーを浴び身支度を整えたら朝食を食べて帰ろう。このホテルの朝食は美味しい、特にカレーが美味いと評判なので楽しみであると共に、代金は宿泊費に含まれているので懐事情にも優しい。
テレビのリモコンを掴みスイッチを押しベッド放り投げ、シャワーの準備をしようとした時、悲しい現実が目に飛び込んできた。
時間がまもなく10時を過ぎようとしていたのだ。
なんてことだ、朝食の時間がとっくに終わっている。それどころかチェックアウトの時間すら過ぎようとしているではないか。酒の影響がなかった訳ではなく、単純にがっつり睡眠時間を確保したからすっきり目覚めただけにすぎなかった。
一瞬思考が停止し立ち尽くす。急いで身支度を整えればギリギリ間に合うが、寝起き間もない私の体は寝ぐせとかあれとかいろいろボロボロである。何より昨晩は風呂にも入らず寝てしまったので、寝汗等々の影響により体中が不快感極まりない。
仕方がない、チェックアウト時間を1時間延長しよう。かかる費用は自己負担とはなるが、今の状況では致し方ない。そして肩を落としながらフロントへ電話を入れた。
「チェックアウト延長ですね、かしこまりました。1時間延長して12時まででよろしいでしょうか」
ん?今、1時間延長して12時までと言ったか?
「はい、当ホテルはチェックアウトが11時となっておりますが」
こいつはうれしい誤算だ。受話器を置き、私は急いでシャワー浴び身支度を整える。
時刻は11時、無事チェックアウトを済ませホテルを後にする。今日は朝日がやけにまぶしく感じる。いや、もはや朝ではないので太陽は結構高い位置に鎮座しているので、まぶしくて当然か。
車を駐車してある仙台駅東口まで徒歩で向かう。およそ20年前は毎日歩いていたこの街並みも、今では今回のような機会でもなければ通ることもなくなったので、いつも少し離れた場所に車を置き、街を散策するようにしている。
しかし今日ばかりはこれが仇となった。11時を過ぎ、街並みに所狭しと並ぶ飲食店が一斉にランチモードに突入している。朝食をとることができなかった私は今、猛烈に腹が減っている。
まず牛丼屋の柑橘系の色をした看板が目に飛び込む。ダメだ、もう外食はしないと心に誓ったばかりではないかと己に言い聞かせる。これを無視して先に進むと、豚骨を炊いた独特のにおいがラーメン屋から漂ってきた。私は何事もなかったかのように先を急ぐと、今度は新春初売りでおなじみのそば屋の前を通過する。カツオなのか昆布なのか分からないが、とにかく食欲をそそるそばつゆのにおいが私の足を止めようとする。この後もドーナツ屋の甘いにおいや寿司屋のほんのり香る酢飯のにおいが矢継ぎ早に私を襲った。
だがしかし、私もこんな誘惑に負けることはできない。およそ1,000円のランチ代は何としてでも死守せねばならぬ。
だが、ここでついに私の足が止まってしまう。
カレーだ。独特のスパイスの香りが鼻の穴から脳天を突き抜けていった。朝美味いと評判のホテルのカレーを食べられなかったことも相まって、私の足は完全に止まってしまった。
そんな私のことなど知ってか知らずか、まあ知る由もないが、次々と道行く客がカレー屋の扉を開け中に入っていく。その度に強烈なスパイスの香りが私を襲う。
ダメだダメだダメだダメだ、動け我が両の足よ。そう呟きながら拳で太ももを叩き、後ろ髪惹かれる思いで何とかその場を後にした。
飲食店が立ち並ぶ、仙台駅まで続くアーケード街はまだまだ続く。時間にしてあと20分程度か。
これ以上誘惑に打ち勝つことはできないと察した私は、慌ててアーケード街を抜け出し、比較的店舗入り口が少ない道へと向かった。
勝った。ここから駅まで一本道、飲食店はほぼない。最後の障害となる駅構内を回避するルートを辿れば、無事駐車場にたどり着けるはずだ。これで1,000円は守り抜いた。
あとは急いで家に帰ろう。そして秘蔵のレトルトカレーでも腹いっぱい食べよう。
そう自分に言い聞かせて先を急ぐ。
帰宅後のカレーを想像すると足取りが軽くなり、心なしか移動速度が上がった。
だが、その瞬間は唐突に訪れた。
私の足がピタリと止まる。この香ばしく、美味そうなにおいはなんだ?カレーの比ではない。
目を閉じてみる。炭が焼ける光景が見える。そしてそこに滴り落ちるのはなんだ。炭の上に落ちた液体が一瞬にして蒸発し、最高に食欲をそそる香りが漂う。そしてうま味がたっぷり含まれた油が焼けるにおいが絡み合う。
これは、うなぎだ。その瞬間腹がなった。それと同時に店の扉が開き、食事を終えた客が和服姿の女性店員に送られて出てきた。
「ありがとうございました。またお待ちしてます」
店員がそういったあと、そこに立ち尽くす私と目が会った。
「どうぞ」
私ははい、と間髪入れずに返事をして暖簾をくぐった。
1,000円を守るとか、そんな世界ではない。暖簾の先では全く異なる世界線での戦いが繰り広げられていたことは言うまでもない。
品書きに目を向ける。一番安いものでも、一週間分の昼食代を軽く越える価格帯に尻込みするが、店内に充満する炭火に焼かれ漂うにおいに財布の紐はゆるゆるとなり、もはや紐としての役割は皆無となった。
「ご注文お決まりでしょうか」
店員の問いかけに、私は間髪入れず特上で、と返す。
これで当分の間、その値段に関わらず、仕事時の外食禁止が確定した。
さっきは冗談で言っていたが、自作の塩むすび(具、海苔なし)持参が現実になった瞬間であった。
そんな感じで。
物欲の必要性
先日、昔馴染みの友人と久々に顔を合わせ、酒を酌み交わす機会があった。
昔話に花が咲き酔いも回ってきた頃、友人が言った。
「最近欲しいと思うものってあるか。幸せとか、健康とか抽象的なものでなく、物ね」
あまりにボヤっとした聞き方だったので、こいつ何言ってんだと思ったが、頼んでもいないのに詳しく語りだした。
彼が言うには、若い頃はいい時計やスーツが欲しいとか、かっこいい車に乗りたいなどと常に物欲に溢れていたが、最近はそういった欲が薄れてしまっているらしく、自分はどこかおかしくなっているんじゃないかと思い、このことについて私がどう感じているか聞きたかったらしい。
それを聞いてさらに何言ってんだと思ったが、手に取ったグラスを一度テーブルに置き、腕組みをして考えてみる。
欲しいものか。そういわれてみると、確かにすぐには思いつかない。
時計といっても最近はネットの記事などでも目にするように、老若男女みながスマホを所持する時代となり、時計を身に着ける習慣は大分薄れてきた。ビジネスマンの戦闘服と言っても過言ではないスーツについても、それなりの年齢となった今では、それなりの金額のものをそれなりの数所持しており、よほど体形が変わらなければしばらくは購入する必要もない。
かっこいい車に関しては、確かに若い頃一度は乗ってみたいと思った車種があったが、今となっては安全かつ快適に走れば何でもいいと思っている。
人並みに結婚して家庭を持ち、ローンの支払いは継続中であるがマイホームも手に入れた。欲しいものは何かと問われても、急には思いつかない。
若いころと比べれば収入も増え、買おうと思えば簡単に買えるものの選択肢は増えているが、確かに今すぐ欲しいものは思いつかない。
その日は彼の問いかけに明確な回答は示せず、話題が変わり再びああでもないこうでもないと会話に花を咲かせた後、お開きとなった。
それから数日間、何か欲しいものはないかと考え続けた。
自宅のパソコンが目に留まれば、まだ買い替えるには早すぎる。スマホはどうか、いやまだまだ使える。鞄、物が入れば何でもいい。靴、消耗品であるのでどうでもいい。
ならば衣服類はどうか。若い頃は結構気を使い金も使ってきたじゃないかと自分に言い聞かせるが、今となってはどうでもよくなっている。下着類なんて、いつ買ったか分からないくらいヨレヨレで何ならパンツなんて使いすぎて穴まで開いている。若い頃はいつでも臨戦態勢に入れるようにパンツの選択にまで気を使っていたのに、いまじゃ見る影もない。
やはり、私にも物欲がなくなってしまっている。
だが、さすがにこの下着類の哀れな姿は見過ごせないから、近々買い替えようと心に誓ったが、いや待て、誰に見せる訳でもないのだから、そんなに急ぐ必要はないか、まだ使えるしと思い、結局買い替えてはいない。
この時、ふと我に返る。そもそも物欲がなくなるってことは悪いことなのだろうか。物持ちが良くなり散財することもない。日本経済にとっては良くないことかもしれないが、そんなことは知ったことじゃない。少なくとも我が家の家計には良いことだし、拡大解釈すれば環境にだって良いことこの上なしじゃないか。
そう、もはやパンツに穴が開いていようが、誰に見せる訳でも見られる訳でもないのだから、どうでもいいことじゃないか。
こう結論付け、友人にも次の酒席の際にはそのように伝えようと心に決めた。
物欲はなくなったが、私にとってこのことは決して悪いことではない。
閑話休題。
先日のことだが、朝起きるとちょっと体調が悪い日があった。
昨晩飲んだ酒の影響かとあまり気にもせず、いつものように出勤した。
体調が回復することはなかったが、何とか無事就業時間を終え岐路につき、今日は酒を控えて軽めの夕食を済ませたらとっとと寝ようと思っていた時、事件は起きた。
突然強い眩暈に襲われ立っていられなくなり、その場に座り込んだ。
詳細は割愛するが、朝ちょっと悪かった体調が、夜になりすこぶる悪くなったのだ。
横になりしばらく体を休めていたが回復の兆しはなく、むしろ益々悪くなっていく。
これは救急車を呼ぶべきか否か、思いが頭の中を駆け巡ったが、結果大したことがなかったら近所の笑い者になってしまうし、何より救命救急に関わる多くの人たちに迷惑をかけてしまう。
何か決定的な症状はないかと、薄れゆく意識の中で考えた。
そして無意識のうちに、近くにあった血圧計を腕に巻きスイッチを入れた。
測定が終わると、今まで見たこともない、いや、これ見たらいけない数値じゃないかと思われる結果が表示され、驚きのあまり一瞬意識がはっきりした。しかも心拍数は測定不能との表示。
「これ、ヤバくね?」
そうつぶやくと同時に、119をコールする。思いのほか冷静である。
電話がつながり救急であることを伝えた後、症状を説明する。
いろいろと質問され、会話の感じだと救急車は必要ないのかと思い始めたとき、最後に測定した血圧の結果を伝えた。
「いま救急車を向かわせました」
そういわれた瞬間、ああ、やはりそうね……、とつぶやく。
電話を切り、とにかく落ち着けと己に暗示をかけようとするも効果はなく、今度は強烈な寒気に襲われた。手の届く範囲には薄汚れた厚手の作業着しかなかったが、背に腹は代えられぬと手に取り、残った力を振り絞るようにして袖に手を通した。
そしてそこからは我慢の時間が続く。己の体を襲う不調によりこのまま絶命してしまうのではないかと恐怖に駆られながら、救急隊の到着を待つ。
後に家族に確認したところ、救急車はものの数分程度で到着したとのことであったが、この時の私にとってこの数分は恐ろしく長く感じたのは言うまでもない。
例えるなら、子供の頃さだまさしが歌う「親父の一番長い日」ってどれだけ長いのだろうと考えたことがあったが、その答えがこのとき分かったと思えるほどに長かった。
ちなみに「親父の一番長い日」は、演奏時間に限って言えば約12分30秒であります。
程なくして救急隊が到着し、彼らは手際よく私の体に何やら医療器具らしき機器類を取り付けていく。安堵感に包まれながら救急隊の緊迫した様子を眺めていると、若い隊員が叱咤される声が聞こえた。
「そんな厚手の作業着の上からじゃ血圧図れるわけねーだろがっ!」
私は薄れゆく意識の中で、ザ・新人と思しき若い隊員に謝った。
ごめん、これしか着るものがなかったんだ、許してくれと。
ストレッチャーに乗せられ移動すると、救急車の周りには案の定近所の弥次馬どもが群がっている。どが付くほどの田舎暮らしであるため、すべて知った顔だ。
その中のひとりのオヤジがニヤニヤしながらどうしたんだ?と声を掛けてくる。
当然返事ができるような状態ではないので無視したが、私はそのにやけ面は一生忘れないと心に誓った。
そのあとすぐに救急車は出発し、エリア最大の救急病院へ搬送された。
処置室に運ばれ医師、看護師たちに囲まれると、今度は酷い吐き気に襲われた。
今にも吐きそうとつぶやくと、看護師さんの一人がそっと洗面器のようなものを差し出してくれた。私は目線だけをずらして看護師さんの顔を確認した。
やべぇ、めっちゃ可愛い。マスクをしているが、確実に美人であると容易に想像ができるほどの美人看護師さんがそこにいた。
そしてその看護師さんは手慣れた手つきで私のズボンのベルトを緩めにかかる。
「お腹の圧迫を緩めるためズボンを脱がせますね」
まずい、この状況はまさに臨戦態勢じゃないか!
金輪際訪れることはないと思っていたパンツを女性にみられてしまう臨戦態勢に、いま正に突入しようとしている。
私は己の浅はかさを呪った。パンツは早急に買い替えなければならなかったと。このままでは穴の開いたパンツを見られてしまうが、これに抗う力を今の私は持ち合わせていないと。
この時、物欲を失うということがどういうことか理解した。人にはいつ何時、想定外の状況が訪れるか予測することは不可能だ。
友人よ、物欲は必要だ。そして男たるもの、常に臨戦態勢の到来に備えるべきだ。
無事生還することができたら、このことを真っ先に彼に伝えよう。
そして病院に搬送されてからおよそ6時間後、点滴が終了すると同時に医師からの説明があった。
症状は落ち着いたが、後日専門医を受診するようにと指示が出た。
私はもしかして救急車を呼ぶほどの症状ではなかったのかと不安になり、そのことを確認してみると、また同じ状況になったら躊躇わず救急車を呼ぶようにと言われたので、なぜか少しだけ安心した。
時刻は深夜2時を過ぎ、私は今後のことを考えた。
仕事はしばらく休まねばないのだろうか、財布に現金は十分なくらい入っているだろうか等々。
そうこうしていると、事務担当と思しき女性がやってきて言う。
「それでは、処置については以上となります。深夜の時間帯ですので、会計については後日となりますので気を付けてお帰りください」
ん?お帰りくださいって、しばらく入院するんじゃないのかな?
「えぇ、もう問題ないので帰ってもらうようにとの先生の指示ですが」
時刻は間もなく深夜3時。
私はゆっくりと体を起こし、ベットから足を下した。
着の身着のまま、しかも裸足で運ばれてきたので、病院の床は素足の私にとって冷たすぎた。
それと同時に、裸足のまま帰宅しなければならないという現実をつきつけられた。
ああ、今まさに物欲が沸き上がってくるのが分かった。
友人よ、私は今、猛烈に靴が欲しい。代替えとしてスリッパでもいい。
ちなみに、現在私はすこぶる健康であることを申し添えます。
そんな感じで。
令和の米騒動の余波
奇跡の9連休などと騒がれた年末年始の休みも終了し、ご多分に漏れず昨日より出勤となりました。
この奇跡は私にも訪れ、しっかりと休日を得ることができた。
しっかり休めたかといえばそうとは言い切れず、やれ大掃除だとか、年末の買い出しだとか、新年の挨拶だとか等々、なんだかんだと忙しく過ごして終了した感じであります。
思い返してみれば、大学を卒業し就職してから、これほどの連休って初めてかもなと思いを巡らせる。
結婚したとき、親を送ったとき、巨大地震の被害を受けたときなど、長期休暇はあったが、いずれの時も9連休とまではいかなかったと記憶している。
例外として、新型コロナウイルス真っ盛りに罹患したときは、仙台市繁華街ど真ん中のホテルに隔離され、たしか10日以上休んだような気がする。
12月28日(土)、この奇跡が始まったときは、明日からまだ8日間も休みがあると興奮を抑えきれなかったが、結局はこれと言って特筆するようなことは何もなく、年越しにそばを食ったり、年明けにおせちを食ったり餅を食ったりと、人並みに正月らしい食生活を過ごしたくらいで、あっという間に奇跡の時は終了した。
連休明けの初日、仕事は特に忙しいわけではなく、オフィスにはまだ正月気分が抜けきらない腑抜けた社員が勢ぞろいした。当然私を含めてではあるが。
たいした仕事をしたわけではないが、飯の時間になるとしっかり腹が減るもので、昼休憩時にはランチを求めて外に出た。
連休中は正月メニューばかりであったので、そろそろいつもの飯でも食おうかと行きつけのラーメン屋に向かう。
この店、ランチの時はラーメンを頼むとライスが無料、しかもお代わりも無料というサラリーマンの懐にも優しく腹いっぱい飯を食わせてくれる素敵な店だ。
さて、本日は何を頼もうか、とメニューに目を通すが、オーダーは決まっている。みそラーメンだ。
正月明けの腑抜けた体にパワーを注入すべく、今日は程よくニンニクの効いたこのラーメンを選ぶ。そしてもちろん、ライスだ。
いつものこの組み合わせが私の活力の源といっても過言ではないし、何より懐に優しい。
胃に優しいかどうかは知らないが、とにかく懐に優しいことは間違いない。
だが、そんな私の視界に悲しいフレーズが突き刺さる。
「米の価格高騰に伴い、12月31日でライス無料サービスを終了させていただきます」
なんてことだ、令和の米騒動の余波はこんなところにまで影響を及ぼしやがった。
米騒動の野郎、ふざけやがって!
だいたいこれまで何十年も米の販売価格を据え置き続けてきたくせに、何突然値上げなんてしてんだよ!こっちはまともに給料なんて上がってないんだよ!
これじゃあサラリーマンのささやかな楽しみ、ラーメンライスを楽しむこともできないじゃないか!
なんて言うと、ライスなんて高々100円程度でしょケチ臭い、などと言われてしまったり、米農家の皆様からお叱りを受けてしまったりするかもしれない。
だがしかし、ライスの無料サービスがなくなることには納得がいかない。
懐枯れすすきであるサラリーマンを代表して言わせてもらう。
どうか、ライス無料サービスは復活させてほしい。
そういった過剰なサービスの要求が、店の経営を圧迫しているのが分からないのか、とか、米の適正価格での流通のためには、適正な価格での販売が不可欠で、それを怠ることは生産者である米農家を衰退させるということも分からないのか、などと言われてしまうのは容易に想像がつく。
だがしかし、実は私、サラリーマンであると同時に米農家でもある、いわゆる兼業農家なのだ。
なんの因果か専業農家の娘と結婚し婿養子になってしまった。
農業を営んでいた義理の父は、一緒に住んでくれるなら農業なんてやらなくていいから、忙しい時期にちょっとだけ、ちょっとだけ手伝ってくれればそれでいいから、なんて言っていた。
ま、嘘だったよね、その言葉。
それからの私の土日祝日、盆暮れ正月は農作業に明け暮れたよね。
あれから十数年、米作りを手伝い続けた。
種をまき、苗を育て、田耕しをし、田植えして、水の管理をし、草を刈り、稲刈りをして、籾摺りして、袋に詰め、玄米を出荷する。
気が付けば米作りの大半を自分がやるようになっていた。
そうこうしているうちに、義父がついに引退すると言い出した。
もうね、小躍りしたよね。
これで農作業から解放されると。
だけど甘かったよね。
「先祖代々受け継いだ田んぼの仕事をやらないとは何事かっ!」
怒鳴られたよね。
そこからさらに十数年、今度は一人で農作業を続けた。
当然一人でやれることには限界があるので、作付け面積はこれまでの五分の一。
私の休日をすべて農作業に費やしてこなせる限界、限界に挑戦して頑張ってきた。
しかしながらどんなに頑張っても、おこづかい制の私の手元に入る収入は定額。
サラリーマン収入からの定額の取り分のおこづかいだけで頑張った。
「今年は豊作だったな」なんて関係ない。
私の懐に入るのは定額のおこづかいのみ。
もはや年間を通した農作業の98%を私一人でやっていたにもかかわらず、おこづかいのみ。
それでも頑張った。
米の価格はもう何十年も据え置きで、利益なんてほとんどないにも関わらず頑張った。
しかし、ここにきて風向きが変わる。
令和の米騒動、これにより米の価格が劇的に変わった。
間違いなく我が家の農業収入は向上した。
もうね、期待したよね。
これは確実におこづかいアップだよね。
が、我が家の経理担当である妻は冷徹だった。
「あなた、給与収入はほとんど上がってないよね。それと農業収入なんて、経費が驚くほど高騰しているから大して増えてないんだけど」
いつもお世話になっているラーメン屋の大将に、私は声を大にして言いたい。
いままで私の懐を守ってくれてありがとう。
いままで米の販売価格がべらぼうに安くて、農家としての私には痛手でしたが、反面サラリーマンとしての私にとって、ライス無料は最高のサービスでした。
これからも頑張って米を作り続けますので、願わくばいつかまた、ライスを腹いっぱい食べさせてください。
家に帰れば文字通り売るほど米の在庫はありますが、ランチのライス無料サービスが再開されるのを心待ちにしております。
え、その米の在庫を安く譲ってくれれば再開してくれるって?
それは無理。
そんな感じで。
師走に走るべき者
若かった頃、好きな季節を尋ねられれば答えは夏。次に冬であった。
その理由は単純明快で、若者にとって夏は何かが起きる季節であるからに他ならない。
ちなみに何か、というのは当然のように下世話なことである。
あ、「起きる」なんて言いきってしまったが、正確には「起きて欲しい」というのが正しいであろう。
若者に該当するのが何歳までかはそれぞれの判断に任せるが、とりわけ生徒、学生にとって夏は特別。間違いなく特別だ。
なぜなら、夏休みというボーナスステージのような期間がもれなく与えられるから。
若者はその特別な期間に、何かが起こることに全力期待で、やれ海だ山だプールだキャンプだと奔走する。
かく言う私もそういった学生時代を過ごした一人である。
特に私は当時、海沿いの、しかも観光客がわんさか訪れる海水浴場にほど近い地域に住んでいたため、夏休みといえば海水浴。それはもう足しげく海水浴に通った。
決して海水浴が好きだったわけでもなんでもなく、その理由は明確に、何かが起きる確率を上げるために他ならなかった。
当然「何か」が起きることはなく、徒労に終わったのは言うまでもない。
起こったことといえば、日焼けのしすぎで夏休みの後半は皮膚科通いを余儀なくされたことくらいであった。
ちなみに冬はどうであったかといえば、「海水浴」を「スキー」にでも読み替えてもらえればOKでしょう。
閑話休題。
こよみは12月、師走となり、今年も残すところあと数日となりました。
もうね、冬。これでもかってくらいに冬です。
夏に生まれたからって訳ではないが、冬は苦手です。寒いの嫌い。
不思議でならないのは、ここ数年毎年のように、やれ猛暑だとか、最高気温更新だとか言ってにも関わらず、冬になるとしっかり寒いし雪も降る。
今年もどこぞの雪国県では12月の降雪量が過去最高とのニュースを見かけた。
私が住んでいる地域では、幸いにもまだ雪かきが必要なほどの降雪は見られないが、ちらちらと雪が舞い落ちるのを目にするようになってきた。
しかしながら、雪はまだないが気温は例年よりも確実に低いし体感も寒い。
この際、鬼に笑われてもいいので、早く春にならないかと切に願う今日この頃である。
それでも、冬には冬のいいところってものがある。
鍋料理やシチューなどの温かい食べ物がおいしい季節であり、スキーやスケートといったウインタースポーツも楽しめる。あとはあれかな、駅伝大会なんかも冬のスポーツってイメージが強い。
ここでちょっと疑問なのだが、スキーは雪、スケートは氷が必要なスポーツであるため冬じゃなきゃ楽しみづらいのは分かる。
でも駅伝はなぜ冬なのだろうか。
先日もテレビで高校生の全国大会が放送されていたが、沿道の観客はみんなダウンコートなんか着こんで寒そうにしている中を、選手たちはランニングシャツのようなユニフォームで走っている姿を見た。そりゃもう寒そう。
いくら全力で走っているからと言って、寒いに決まっているだろうと思わずにはいられない。
気になって調べてみたのだが、この季節のこの気候は走るにはもってこいであることが分かった。
まぁ分かったというか、そりゃ真夏の炎天下を走るよりはいいだろうよと容易に想像はつくが、本当にそうなのかよと疑ってしまう。ネットの情報によると、このくらいの気温のほうが良いタイムも出やすいとのこと。
しかしながら、駅伝におけるタイムってそんなに重要なのかね。
マラソンだとかトラック競技の長距離種目であれば、そのタイムがオリンピックの選考基準になるとか、いかにも大事なイメージがあるが、駅伝って全世界を見渡してみても日本しかやってねーじゃないですか。
まぁ歴代最速だとかの誉れゲットを目指したいとか気持ちは分からないでもないが、区間賞だとか、トータルの順位だとかはタイム関係ないじゃない、と個人的に思う。
好タイムを出すためにこんな寒い時期に走る必要があるのかね。
しかもこの後、年が明け早々にニューイヤーだとか箱根だとかの正月の風物詩的大会が行われる。
もうね、テレビの画面越しにもめちゃくちゃ寒そうなのが伝わってくるよね。
稀に低体温症なんかで走れなくなる選手もいるし、もはや命がけで走ることになる。
そこまでして良いタイムを出す必要があるのかなと思わずにはいられない。
もっと気持ちよく走れる時期じゃダメなのかよ、走る選手にとって条件は一緒なのだから。
師走なんだから、走るのは坊主に任せておけばよくないかと思う今日この頃です。
それにしても、12月に走るのは僧侶と古より決まっているのに、我が家の菩提寺をこの時期に訪れると、住職は決まってコタツに入り、猫を抱きながら背を丸め茶など啜っている姿をよく見かける。
住職よ、あなたこそ駅伝選手をちょっとだけでも見習って、忙しない姿を見せた方がかっこいいですぜ。
師走なんですから。
そんな感じで。