俺がヴァンパイア入りした時点で、すでにディック東郷が世界を回る旅へ出発する事は決定事項だった。
期間は二ヶ月。
目前に迫った大黒柱不在の時期。
危機感を感じない方がおかしいというものだ。
ヴァンパイアを、そのスタンスを変えることなく大将が戻るまで保持させる事。
それが俺に課せられた使命だと、勝手に解釈した。
DDTという団体でそれがどれだけ困難かは、リング上で高木三四郎という人間を相手にマイクでやり合った事がなければわからないかもしれない。
ぶっちゃけ、プレッシャーは相当なものだった。

名古屋でKooをこっちに引き込んで、まずは戦力を補強。
大将不在とはいえ、大鷲、Koo、諸橋という個々の力が突出している三人が組んでいるんだから、強くないわけがない。
トップ不在であっても、ヴァンパイアが反則以外では負けない不敗軍団であることに変わりはなかった。
これまで完全に無目的に暴れていたヴァンパイアだったが、HARASHIMAのベルトに標的を定め、アントンと引退or解散をかけてシングル三連戦をやる等、徐々にリング上での活動も輪郭が見えてきてはいた。

試合では俺はあえてレフェリーをせず、リングの外から試合に介入した。
俺の視点から見れば、裁いているレフェリーが何をされたら嫌か?何をされたらどうせざるを得ないか?考えるまでもなく分かるわけだから、試合を思い通りに動かすのは案外簡単だった。
これに対し、ファンは予想通りの拒絶反応を示した。
特に地方での試合と比べて、新木場でのリアクションは独特だった。
「自己満足でファンのニーズを無視してやりたいことをやりやがって。
俺たちは全部分かって見てるんだから、早く無くなればいいのに」的な視線。
まぁ、好き勝手やっていると思われれば俺の勝ちだと思っていたし、2月3日以降は完全にネットでの情報を断っていたから、全く気にならなかったけど。
いつの間にか、ヴァンパイアの中でも俺だけが突出して嫌われるという、面白い現象が起こっていたようだ。

そしてあっという間に二ヶ月が経過して、大将が帰国。
途中、高木三四郎のゴリラ発言でちょっとだけあっちの方向に行きかけた事もあったが、なんとかヴァンパイアは本来の姿のまま大将を迎えることができた。
正直な所、大将が帰ってきたことで、自分の中で一つ区切りが付いた気持ちになった部分は否めない。

リング上のヴァンパイアの勢いは、とどまる所を知らなかった。
5月には、大将が5WAYを制してKO-Dを獲得。
気分で発した「DDTの乗っ取り」という言葉も、見方によっては達成しれてしまったと言えた。
俺がここで成すべき事は、もう無いんじゃないか…?
そう感じはじめていた俺を、さらに大きく揺さぶる出来事があった。
大将がベルトを取った試合で登場した、和田京平の発した言葉だった。

まだ続きます。