あの東日本大震災から15年かぁ…

停電でファンヒーターは使えず仕舞っていた古い石油ストーブを
引っ張り出して火が点いた時にはホッとした。

その夜はオレンジ色のストーブの灯りだけで一晩過ごした。

翌朝 入院していた母の部屋から持ち出したラジオから流れる三陸地方の惨状に息を飲んだ。

幸い東京の息子と連絡がついて一安心だったがまだ雪も降る日もあり灯油は切らされなかったがGSの在庫は直ぐに無くなり入手が非常に困難になり往生した。

当時は辺りにそれまで経験した事が無い様な重い空気に覆われている感覚だった。

空のポリタンクを持って湯沢の名水 力水 を汲みに行ったり ガスはプロパンだったのでそれで調理は有る物で何とかなった。

津波で亡くなった人を荼毘にふす為に遠く秋田の火葬場でも協力していた。

湯沢市の火葬場でも炉の前で待っている家族が居て市内の人で火葬が終わるのを待っていた人たちがその姿があまりにも気の毒で待合室に招いたが口数も少なく勧めても何も口にする事なく終えるとお礼を言って静かに帰って行ったそうだった。

物資の輸送が陸路ではムリで秋田港から主に灯油などを連日ピストン輸送していた。

あれから15年…

つい最近だった様にも随分 昔の事だった様にも感じる。

北海道から東北の太平洋側の日本海溝を震源とする地震や南海トラフ地震の発生が予想されて注意が呼びかけられているがそれでももし発生したら又多くの犠牲と被害が生ずるのだろう…

人はそうなった時にはもう 運 しかないのかも知れない。