小さい頃、母さんが作ってくれる誕生日ケーキにはいちごじゃなくてさくらんぼが乗っていた。ケーキといえばいちごだと思っていたから、理由を問えば母さんは申し訳なさそうに笑った。
「今の時期はいちごが高くなっちゃって」
さくらんぼが旬だから、と言えばよかったのに。不器用な人だ。物は言いようなのに。でもそんな人を見て育ったからかもしれないとも思う。
また今日もこの人と過ごしてるのは。
「チェリータルトにした」
にこにこ笑いながらケーキの箱をソファ前のローテーブルに置くリーダー。背後にぶんぶん揺れる尻尾が見えるみたいだ。褒めてほしいんだね、わかるよ。好きだもん、俺、リーダーのこと。
「旬だもんね」
「なんか大人になった気がする」
そんなことを言いながら、ソファに座る俺を抱き寄せて無理やり自分の膝の上に乗せようとするから、俺は噴き出した。
「どこが?」
「いちごじゃないとこ」
「ふふっ」
完全に膝の上に俺を乗せたリーダーが俺の背中に頰を擦り付けてきた。
「ね、食う?」
「うん」
「買ってきてくれたんでしょ?」
「うん」
リーダーは俺のTシャツをまくり上げ、背骨に鼻先を押し付けた。先に、他のものが欲しい感じかな、これは。
「わかったよ、ほら」
俺はくるりと向きを変えると、彼と向かい合った。きれいな瞳だな。今更ながらそんなことを思って、胸が少し熱くなる。なんでだろ…誕生日だからかな。もうずっと見てきた瞳なのに。
唇をゆっくり合わせると、リーダーの手が後頭部に回って、引き寄せられる。俺がリーダーが好きなのはこういうところ。
そんなことしなくたって、俺はどこにも行かないよ。
でも、あなたは抱き寄せてくれるんだ。あなたの全身が、俺を必要としてる。それを伝えようとしてくれるところ。
「ね…ケーキ…」
ほとんど吐息みたいな声で、しかも非難めいた口調でつぶやく俺って、自分ながら本当にあざとい。「そんなの後で」って言うかのようなリーダーの瞳を見たいがためにやってるんだもん。
リーダーは俺を抱きしめて、いつもより丁寧にキスした後、俺をころん、とソファに転がした。
大人の誕生日にケーキを食べる必要なんてない。
でも大人のふたりが誕生日を過ごすのに、ケーキは必要だ。「今日」の繰り返しのこの日常に、甘い甘いひとさじをくれる。
いちごじゃなくてもきっと、甘いはずだよ。