「あれ?シャワーは?」
「夕飯前にしたし…もう面倒くさいし…」
ニノは言うと、ひとつ大きなあくびをし、
「エサやろ」
と言うと、床のガラス窓のそばにしゃがみ込んだ。ニノはそのままガラス窓を開けようとしたけれど、酔っていて力が入らないのか、うまくいかない。俺も隣にしゃがみこんで、手伝うとすぐに開いたけれど、反動でニノは俺の方へ倒れこんできた。
「わっ…ふふっ…ごめん…」
ふわふわしたバスローブを通しても、ニノの体は熱い。
「お前、ねみぃんだろ?」
「ん…んーん、眠くないですよ」
「嘘つけ、体あったけぇし」
熱を測るみたいにニノの首の後ろに手を触れる。そこは熱いのに、すべすべしていて、撫でると華奢な骨格がよくわかる。
「寝てたからね…ふふっ」
酔いのせいかいつもよりテンションが高くて、くすくす笑い続けるニノはかわいくて、ピエールの部屋にこんな様子でいたのかと思うと、複雑な気持ちになった。
ピエールの奴…
こんな…かわいくなるまで飲ませてんじゃねぇよ…
「ね、パンちょうだい」
思わずじっとニノを見つめる俺に、ニノはパンをねだった。とがった唇をしげしげと見つめていたら、「大野さん?」とニノが小首をかしげたから急いでもらってきたパンを渡す。
「わっ、また主(ぬし)みたいなの来た」
「主(ぬし)だろ」
ころころと笑うニノのバスローブははだけて、白い首筋が目に飛び込んでくる。知らず知らずバスローブが作る陰影の先を目でたどる自分がいるのに気づいてはっとする。
あれ、俺…
触りたくなってねぇか…
俺はパンをちぎって渡しながら、ニノを観察した。無邪気に笑う頰も、パンをちぎるのにあわせて揺れる耳も、すっかりピンク色に染まって、触って温度を確かめたい、と強く思った。パンを渡すそぶりをするとニノが手を出してパンをつかむ。だけどパンを離さないでいると、「もう、またあなたはそんなことして」と笑いながらとパンを取ろうとしてくる。絡まる指に、胸がどきんと震えた。
あぁ、俺どうしたんだろ…
パンを離したせいで、一緒にニノの指とその体温も離れていく。
ああ、俺、
名残惜しい、って思ってる…
もっと、触りたいって…
「終わりー、残念」
ニノが明るい声で言って手のひらのパンの粉を窓から海へ落とした。そのまま立とうとした時、ニノはぐらりと体勢を崩して、海面へ続く窓の方へ倒れこみそうになった。慌ててニノの体を抱きとめる。
「バカ、落ちんだろ」
「ふふっ…こんな小さいとこ落ちないよ…」
ニノはしゃがんでいる俺にしがみついて体勢を立て直そうとした。その体をそっと抱きしめる。ニノが不思議そうな顔で俺を見た。
やべ…
ぎゅっとしたい…
俺は湧いて来た変な気持ちを殺そうと、ニノの背中に回した手を少し動かした。
「お…のさ…なんか怒ってる…?」
俺にしがみついたまま、ニノはいきなり不安そうな顔で尋ねてきた。