Side N
すっかり忘れてたな…
ガラス窓を開けて下を覗く。水面はすっかり波立って、魚たちはどこかに潜んでいるのか何も見えない。俺はため息をついてガラス窓を閉めた。
体をタオルで拭いて、寝仕度をし、もう寝てしまおう…とベッドに入ろうとした時、俺は「ヤツ」がベッドの上にいるのに気づいた。やもりだ。
どうしよう…
ヤツは大きなベッドの真ん中にちんまりとただ居て、動きはしない。だけど、気になってベッドで横になることはできなかった。
仕方ない…
俺は照明を絞ってリビングのソファに寝転がった。ソファは広くて、俺一人なら寝るのに不自由はなかった。
大野さんのバカ…
早く帰ってこいっての。
轟々と鳴る風の音が怖くて、俺はブランケットを頭にすっぽりとかぶって目を閉じた。
バン、と扉が開く音で俺はビクッと目を覚ました。開いた扉の隙間から、湿った空気と黒い影が入ってくる。
「大野さん?」
影はゆらゆらとリビングを歩き、ソファまで来て、がくっと崩れ落ちる。
「だいじょ…わっ」
いきなり体に温かさを感じて俺は声をあげた。
あ…大野さんの香り…
思った瞬間、ぎゅっと抱 きしめられて、そのままソファに押 し 倒 される。
「ん〜、んふふ…」
「大野さ…んっ…あっ」
酒の香りが鼻をかすめた瞬間、吐息を 首 筋に感じた。
「こら、酔っぱらいっ…ん」
「起きろよ」と言おうとした瞬間、唇 が温かいもので塞がれる。酒と、甘い大野さんの香りと、体温、濡 れた唇。
大野さん⁈
俺、大野さんとキスしてる⁈
「んっ…ふ…ぁ…」
薄暗闇で目を閉じた大野さんが至近距離に見えた。
このバカ、タチの悪い酔い方して…
「んっ…んんっ…」
気づかせたくて声をあげても、大野さんはお構いなく体重をかけてきて、時折「ふふっ」と笑う。
もしかして…さっきのあの人と…マリさんと間違えてんのかな…
そう考えた瞬間、ツキンと胸が痛んだ。
だとしたら…すげぇやだ…
「ぁ……っふ」
ああああっ、どうしよ…
するりと、忍び込んでくる大野さんの 舌。ちゅ…と湿った音が鳴って、俺は抗えず唇の中に彼の侵入を許してしまった。
「んっ…ふっ…ふぁ…」
どうしよう…
必死でもがいたけれど、手首はがっちりとホールドされてソファに押し付けられていて大野さんはビクともしない。
なによりも、やばいのは…
一瞬だけ、唇が離れた瞬間に俺は「はぁっ」と吐息を漏らした。その温度は自分でわかるほど熱い。
俺、嫌じゃない…
むしろ…
俺はそっと唇を開いた。
「んっ…んあ…」
その瞬間、すぐに深くまで貪られる。
マリさんと話して、そんな、ふたり、盛り上がっちゃったの?
俺はマリさんの柔らかな笑顔を思い出して、たまらなくなった。ありったけの力を入れて大野さんを跳ね除けようとした。
その瞬間、薄暗闇の中に響いたのは
「ニノ……」
という大野さんのかすれた声だった。