Side O
ニノ…
櫓の上に、一番会いたい人の顔を見つけて、俺は舞が終了するなり、櫓に駆け寄った。
ニノも気づいて、櫓に設置された階段を下りようとしていた。
「あっ…和也様に何をする気ですか?」
ニノが地上に足をつけたとき、俺とニノの間に小柄な体が滑り込んできた。格好を見ると小姓のようだ。両手を広げて、俺を通せんぼしている。
つやつやした栗色の髪、顔は王子かと見まごうばかりに美しい。
「あ、えっと…涼介…その人は…」
ニノは涼介と呼んだその男に困ったような顔をした。
「和也様、下がっていてください、何か武器を持っているかもしれません」
涼介とやらは、こちらを警戒しながら、背後にニノを隠すようにした。
「いや…えと…その…」
そっか、ニノは王子だから…
これからこんなにガードが固くなっちまうのか…
そのとき、櫓の上から潤王子の笑いを含んだ声が降ってきた。
「山田、その人は牢屋番の隊長で…カズの『いい人』ってやつだから、通してあげて」
「えっ⁉︎ そうなんですか⁈ しっ…失礼しましたっ…」
涼介は美しい顔を焦りの表情に変えて、素早くニノの前から下がった。
「ごめんね、大野さん…俺の王子も今日からだし…こいつも王子の小姓は今日からだから…」
俺はニノに向かって手を開いて、頷きながら近づいた。
「まだ慣れなく…わっ⁈ 」
「ニノ‼︎ 」
俺はニノをぎゅっと抱きしめた。ニノは俺を抱きとめるようにふわっと俺の体に腕を回して、ぎゅっと抱きしめると、顔を俺の首筋に埋めた。
「まだ…慣れなくてね…」
「うん…」
視線を下へやると真っ赤になったニノの耳が見えた。
「おかえり、ニノ…」
「うん…」
「顔見せて…」
「久しぶりで…なんか…恥ずかしい…」
ニノのくぐもった声が耳元で聞こえた。
「顔見せて?おいら、すげぇ、会いたかったんだから…」
「うん…」
ニノは俺の肩に伏せていた顔をあげた。瞳は潤んで、月の光を受けてキラキラと輝いていた。
吸い込まれそう…
「俺も…」
少し頬を染めて、はにかむように呟くニノがかわいくてたまらなくて、俺はニノに顔を近づけた。
…と、櫓の上から、今度は櫻井大尉の声がした。
「大野隊長、和也様はこれからお披露目があるから、そういうのは後でしなさい。和也様、櫓の上へ」
「は、はいっ」
「…ごめん…」
ニノは俺から身を離すと、櫓を見上げた。潤王子は、すでに誕生日の講話を始めていた。
「行かなきゃ…」
俺が一瞬名残惜しい顔をしたのに気づいたのか、ニノはにっこり笑うと、右手首を胸のところまであげた。
「ここがね…引っ張られたから、帰ってきたよ?」
「え?」
「ふふ…じゃ、後でね」
ニノはくるっと後ろを向いた。櫓のところまで歩く間に、後ろ手に回した右腕を手首を目立たせるようにしてふるふると振った。
ああ…
ずっと、捕らわれてんだな…
お前は、俺に。
俺は、お前に。
櫓を登っていくニノが、振り向いて、また右手首を揺らす。
見上げる俺の耳に、じゃらん、と小気味よい音が、聞こえた気がした。