Side N
大野さんが言いにくそうに口を開く。
「そうなの…じゃあ、早く取ってきて」
「それは…」
大野さんはまた口ごもった。俺は大野さんと繋がれた右手で大野さんの左手をきゅっと握った。
「俺…このままで大丈夫だよ」
皆が驚いたように俺と大野さんを見た。
「ってか…このままがいい…」
「ニノ…」
大野さんも俺を見た。目を合わせると、ぎゅっと手を握り返される。
「カズ…」
潤王子はマジメな顔のまま、俺の名を小さく呼んだ。
「J…」
俺が首をかしげて潤王子を見ると、彼はにっと笑った。
「智さんと…デキた?」
「っ…ばっ…」
バカ、と言おうとして、相手は王子だと思い出した。
いや、彼は俺も王子だと言ってんだけど…
にこにこ笑う潤王子の顔を見ると、顔の温度が上がって、汗がふき出しそうだった。
あ、大野さんも真っ赤…
言葉を継げない俺たちを見ていろいろと察したのか、潤王子はくくっと笑って、傍の椅子を指した。
「じゃあ、ふたり、そのままでいいから…まあ、座ってよ」
うながされるままに2人で腰掛ける。
「俺の…記憶に自信がなかったから、昨日爺やに確認したんだ」
潤王子は傍らに控えている白髪の老人とちらりと目を合わせた。
「記憶?」
「そう…カズのあごにホクロがあったかどうかとか、カズがいなくなった場所とか」
ホクロ…
俺は思わずあごのホクロを撫でた。
「カズは…さっきも言った通り、俺の父王の側室でいらした和宮様のお子だ。幼い頃に西国との国境付近の森に出かけた折に行方知れずになった」
西国との国境付近…
「何でも、湖のほとりで休んでいるときに、供の者が目を離したすきにいなくなってしまったらしい。必死に探したけれど、カズは見つからなかった。そのうち悲しみにくれる和宮様も亡くなった」
潤王子は何かを思い出したかのように悲しげに目を伏せた。
「俺たちは一緒に育てられていたから、カズがいなくなって、俺は悲しかった…もう会えないと思っていたから」
潤王子は柔らかく微笑んだ。
「カズが、生きていて嬉しい。たとえ、トーマ王子の乳母子としてでも…」
俺は…
この国の…王子…
にわかには信じられなかった。