母さんが翔ちゃんに家庭教師を頼んだと知ったとき、俺はすごく嬉しかった。
中学や高校のときは、たまに家に遊びに来て、ゲームを一緒にやってくれたりしていたのに、大学生になった翔ちゃんは、片道1時間半程離れた大学の近くで一人暮らしを始めて、近所では見かけなくなった。たまに翔ちゃんが帰省中に駅で会っても、友達の大学生なのか、キレイな女の人やら男の人やらと一緒に居て、置いてきぼりにされたような寂しさを感じていた。
家庭教師をしてくれるってことは、この2時間は完璧に翔ちゃんを俺がひとりじめできる。
昔から、翔ちゃんが好きだった。
カッコよくて、頭のいい翔ちゃん。
あんなに俺とゲームして遊んでくれたのに、あんなちゃんとした大学に入って…
カッコよすぎんじゃん…
でもさ、俺はドンくさい翔ちゃんも知ってるんだ。
ゲームの簡単なステージを何度俺がやって見せてもできなかったり、人気ダンスグループのダンスを真似しようってふたりでやったときも、翔ちゃんだけ動きが少しおかしかったりして、俺は笑った。
そういうの、俺だけに見せてくれてるとすげぇ嬉しいけど…
駅で見た、翔ちゃんの隣にいたキレイな女の人のことを思い出すと胸がちくりとした。
翔ちゃんは付き合ってる人いるのかなあ…
翔ちゃんがスラスラと問題の解説をしてくれているのを聞きながら、俺は翔ちゃんの唇をぼんやりと見つめた。
この唇に…触れたり、触れられた人がいるんだろうか…
「ニノ、ちゃんと聞いてた?今のとこ?」
「ん…うん」
「じゃ、この例題ね。ここは…」
翔ちゃんに教えてもらってるんだから、成績は絶対落としちゃダメだ。
翔ちゃんに家庭教師をしてもらうことになったとき、俺はそう心に誓った。
でも…
こんなに近くにいると…
翔ちゃんの香りとか体温…とか感じて…
つい、触れたくなっちゃうんだよな…
俺は翔ちゃんの解説に集中しようと、太ももの上に置いた手をぎゅっと握って、爪を手のひらに押し付けた。