Side N
最近大野さんは個展の準備で忙しい。今日は4人だけで振りのレッスンだった。
レッスン室の鏡に映しながら、振りをチェックする。
数日前、リリティにあんなこと言われた後に会った夜以来、お互い仕事がぎゅうぎゅう詰めで、大野さんとは会えていない。
今は会えないほうがかえっていいかもしんないな…
会って、笑顔を見て、優しくされて、ぎゅってされたら、もう、決断するなんてできなくなる。
一日、また一日と先伸ばしにしているけれど、自分がするであろう決断は頭の片隅でなんとなくわかっていた。
大野さんを失うなんて…
俺にたえられるわけがない。
だけど…
あの人の苦しむ顔は見たくない。
だから、完璧に秘密裏にコトを運ぶ。
俺がしなきゃいけないのはそれだけ。
わかってはいるけれど、なかなか踏ん切りがつかなかった。
「ニノ、今、上の空でしょ」
間奏の切れ目で潤くんが俺の方を振り向いて、言った。
「あ、ゴメン…」
「珍しいね。疲れた?ちょっと、休もっか」
潤くんが笑ってみんなを見まわして、脇で見てた振りの先生にも目で了解を求めた。
ふう、と息をついて、床に腰を下ろすと、相葉さんが持ってた大判のタオルをこっちへ投げてよこす。
「ん?」
「それ、引いて座んなよ」
腰のことを気遣ってくれているのはすぐわかった。あえてそうとはっきり言わないでいてくれるのがありがたい。
「サンキュ」
にこっと笑って、ありがたくタオルの上に座る。
潤くんや相葉さんはトイレに行くのかレッスン室を出て行った。
「ニノ」
最初に外へ出て行ってた翔ちゃんが戻ってきて俺の隣に座る。
「ん?」
「どした、なんかあった?」
心配そうな顔で翔ちゃんが俺を見つめる。
なんで…わかっちゃうんだろ…
「なんで?」
「最近、ぼーっとしてること多いから」
そう言って翔ちゃんは微笑む。
「智くんなら、いつもぼーっとしてるから、いいんだけどね」
翔ちゃんは面白そうに目を細めてそう言ったけど、いきなり出た大野さんの名前を聞いて、俺の顔が一瞬陰ったのを見逃さない。
「智くんに関係ある?」
「ん…まあ、そう、だね…ちょっと…」
大野さんと俺、の話だと思ってたけど…
よく考えたら、大野さんとの関係が明るみに出て、一番困んのはみんなの方だな…
俺と大野さんは色眼鏡で見られても仕方ないところもあるかもしれないけど、みんなもいっしょくたにそんな風に見られちゃうのかな…
今まで、みんなで作ってきた雰囲気とか、作品とかが誤解されるのは嫌だった。
「智くんはニノがなんか悩んでるって知ってるの?」
「ううん。あの人個展で忙しいし、邪魔したくない」
俺が、目を伏せながら言うと翔ちゃんは俺の頭を撫でた。
「俺でよければいつでも話してよ?」
「ふ…大野さんよりずっと頼りになりそ…」
俺が微笑むと翔ちゃんも笑みを返す。
その手の温かさに、この人達を守りたいって思いがふつふつと沸いてきた。
いつも嵐のことを真剣に考えてる潤くんや、
愛すべきバカ、だけど優しい相葉さん、
いろいろ目配りして進むべき道に先導してくれる翔ちゃん…
みんなの想いが踏みにじられるのは嫌だった。
誰にも俺たちを邪魔させない。
そのために…
多少の犠牲は…払わざるを得ないんだ。
そう…今までだって、何の犠牲も払ってこなかったわけじゃない。
嵐を、嵐のままであり続けさせるため、きっと誰かが人知れずいろんな犠牲を払ってる。
それが、今度は俺に回ってきたってだけ。
そう、割り切っちゃえばきっとなんてことない、くだらないことなんだ。
たまに会ってちょっと…肌を重ねてやればいいだけ。
いいだけ、だけど…
大野さん…ゴメン。
俺は、あなたを失いたくない。
嵐も守り切りたい。
いつか、あなたに知られる日がきたら、全部失うってわかってるよ。
だから、俺の秘密を許して…
「ニノ、翔さん、始めるよ」
潤くんが戻ってきて俺たちに声をかけたから、「はーい」って言って立ち上がる。
みんなが決められた立ち位置に立つと、嵐の次の、新しい曲が流れ始めた。