Side N
玄関のドアを開けるなり、俺は携帯の画面にかけ慣れた番号を呼び出した。指がその番号に触れようとした時、画面がぱっと切り替わって着信画面が表示された。
大野さん…!
慌てて通話ボタンを押した。
「大野さん?」
『ニノ?今しゃべって大丈夫?』
いつもどおりの優しい声…
「うん、今家着いた…」
「そか…」
ほうっと安心するようなため息が聞こえた。
『…ニノ、ごめん…』
「え?」
『おとといのこと…おいら、ガキみたいなことばっか言ってニノ困らした』
申し訳なさそうな声に、胸が痛くなる。
「俺も…約束してたのに…飲み会行くって言っちゃって…ゴメン」
今の俺には、電話は、都合がよかった。
涙がこぼれそうになっても、バレないから…
『ニノ…今日、今からでも会える?』
「…会いたい…」
すげー大野さんに会いたいよ、って声に出したら、声が震えてしまうかもしれないと思って、一言だけ振り絞るように声を出す。
『行っていい?』
「うん…来て…」
携帯をぎゅっと握りしめながら呟く。
ふふっと照れくさそうなかすかな笑いが電話の向こうから聞こえた。
『実は…もう着いてんの』
「え?」
『今、ニノん家の下にいる。開けて?』
モニタを見ると、確かに大野さんの姿があった。
来てくれてたんだ…
ドキドキしながら、慌てて解錠する。
ああ、早く、
早く会いたい。
どうしようもなく、あなたに触れたい。
俺は玄関に突っ立ったまま、大野さんが上がってくるのを待った。
すごくすごく長く感じた。
足音が近づいてきて、スコープを覗く。ドアの前に彼が着いた瞬間、俺はドアを開けた。
「わっ…ニノ…」
目を丸くしてる大野さんを玄関の中に引き寄せて、ぎゅっと抱きついたら大野さんはよろけた。
「ニノ?びっくりした…」
何も言わず顔を大野さんの首筋に埋めて抱きしめる腕に力を込める。いつもと同じ大野さんの香りに心が一瞬で解れて、満たされていく。
ああ…やっぱり…
この人を失うなんて…
俺には耐えられない。
「ニノ…ゴメンな、俺…一昨日、ガキみたいなことばっか言って…」
大野さんが俺の背中に手を回した。そのままゆっくりと俺の背中を撫でる。
俺は絶対に泣かないと決めて顔を上げる。
「俺も…ゴメン」
「ごめんな、気持ちよく行かせてやれなくて。ニノ、今日は田中さんと会えた?楽しかった?」
心配そうに俺を見つめる優しい顔に、一瞬言葉が遅れる。
秋の高い青空みたいに、澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
俺は、この空を曇らせたくはない。
絶対に。
…ああ、そうか。
わかった…
今、このときのために、
俺は、演技の仕事を一生懸命やってきたのかもしれないな…
俺はにこっと笑って、いつもと同じ調子で言った。
「すげぇ楽しかったよ。田中さんめっちゃ面白い人だった」
「よかった…ホント、ごめんな」
安堵のため息をつき、無邪気な笑みを浮かべて俺の髪を撫でる大野さんを見ていたらまた涙が出てきそうになったから、慌てて身体を離して、顔を下に向けて靴を脱いだ。