〈1〉
 
 深夜、人気のない山道で急に車を止める。女は、好きな男とドライブを楽しみ、今夜は男のペンションに泊まる予定だった。何の疑いも迷いもなく、女は人生で最高の幸せに包まれていた・・・はずだった。
車を止めると、男は女の細い首に両手を当てた。
「え」
女は男のほうに顔を向ける。男は目を瞑り、歯を食いしばった。
「なに?」
男は全身の力を込めて女の首を締め上げた。ギシッギシッと鳴った。古い木造の床を歩いたときのような音が、車内に響く。
女の顔が鬱血していく。両目がカッと開いて、手足が痙攣し、唇から真っ赤な舌が飛び出した。
 男は静かに目を開けて女の顔を見た。両手の力を、ほんの少しだけ緩めた。女は動かない。人差し指で女の頚動脈に触れ、男は小さく息を吐いた。
 
 そんなサスペンスドラマの中にいるようだった。愛していた男に裏切られ絞殺される女、サスペンス劇場のあのシーンのようだった。
絞殺された経験も、されかけたこともないが。
「いやだって言ったのに」
「しかたないじゃん。負けたんだから」
「だいたい、誰がこんな罰ゲーム考えたのよ。性格悪すぎ」
「素直に書くからでしょ」
「なによ、みんな正直に書いたんじゃないわけ」
一番苦手なこと、一番嫌いなこと。ひとつだけ記入。トランプのババ抜きの罰ゲームに使われるとは夢にも思わなかった。
観覧車。この世の中で一番、苦手で嫌いなものだ。しかも怖いもの、だ。
「逃げるの?」
「そんな卑怯なこと、するわけないじゃない」
「だよね」
 ふざけるな。バカバカしい。そうは思っても、やはり怖い。
 ゴンドラが降りてきて半強制的に引きずり込まれた。頭の中が熱くなった。
 どうして、こんな男と観覧車に乗ることになったのだ。社内のどこのどいつだ。どう見ても私より十歳は下だろう。
 あの忘年会のせいだ。
 楽しいはずの酒席が、一転して地獄の門をたたく事態と化したのは、お気に入りの“みぞれ酒”を頼んで飲み始めた頃だ。
「杏子さん、トランプやりませんか」
見慣れない若い男が隣に来ていた。
「あなた、どちらさま」