柴犬 ゆうすけ
ウーウーと消防車のサイレンが鳴る。私は、この寒空に気の毒だなぁと音のする方へ顔を向けた。すると我が家の犬が、口を天に向け、おおかみのように、ウオーウオーと物悲しい声を上げた。サイレンの音が聞こえなくなるまで、遠吠えを続けていた。
その昔、猟犬であった柴犬に、ときどき野生の血を入れたという。雌犬を山につないで狼の血を入れたのだ。狼のDNAに最も近い犬が柴犬だという。
多くの柴犬は、他人には懐かず、飼い主にだけ忠誠を誓う。我が家のゆうすけもそうだ。生後3カ月でやってきた彼は、猟犬というにふさわしく凶暴であった。小さくして親から離され、ペットショップの箱に入れられ、知らぬ人間の家に来たのだから、荒れ狂って当然と言えるだろう。だが、人間である私たち家族は、犬との生活を最大の楽しみに、引っ越しまで決行した。そう、かわいがってやる小動物を求め、彼をかわいがったのだ。
ゆうすけは黒柴である。柴の八割が赤(茶色の毛色)一割が黒、あと一割が白だという。黒い彼は目の上に白い斑点がある。四つ目とよばれ、お年寄りのおおくは不吉な犬と嫌う。「マロ眉」の彼はおっとり表情で、迷信である「死からの使者」からはかけはなれている。
優秀な赤を作るための差し色でもある黒はアウトローであった。今黒は人気で、扱いは変わってきている。私は差し色の黒は、先祖返りしやすいのではないかと思うことがある。咬みついてばかりの幼いころ、私の腕は傷だらけであった。散歩では今でも他人に「触らないで」と頼む。家では言うことを聞いても、動物である彼はいつ豹変するかもしれない。それにくわえ、生意気にも、ときどき牙をちらつかせては意のままにしようとする。みせかけの唸り声も発する。
そんな彼も八歳になった。今では、お腹をだしては「撫でろ」という。外から帰ってきた私を全身で、目じりを下げてむかえてくれる。夜中、さみしくなると寝室のドアをたたく。なげてもらったおやつを空中キャッチしては、得意そうな顔をする。もう、猟犬の面影はほとんどない。だが、遠くを見つめる目、遠吠えをする声は野生のものだ。
なにもせず、食事にありついているペットたちは、幸せなのだろうか?心の奥底で、本当の自由を奪って申し訳ないと思いながら、ゆうすけの頭を撫ぜている。


