童話 | ちっぽけもんのブログ

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15年前に5つのの童話を書きました。少し自由がなくて、悶々としていた時期、思いを吐き出すように、話を書きました。


そのうちのひとつ、「忘れ玉」は戦争で心がつぶれそうになったな女の子の話です。テーマは、忘れるか思い続けるかを選択する話です。自分では気に行っている話です。


自分のノートだけに記されたものですが、終戦記念日にちなんでブログに掲載します。





忘 れ 玉 





昭和二十二年四月





 この春四年生になったばかりの道子は、妹の手を取り、家へ向かっていた。

背後から、工場からのサイレンが、大きく聞こえてきた。



妹の晴美は、肩をビクッとすくませ、道子の手を振りほどき、みちの端っこにある溝にポンと入りこんだ。幅も深さも三十センチくらいの小さな溝に、晴美の両足はすっぽり入っていた。



「晴美。大丈夫!そんなことしなくても、大丈夫!」



道子は晴美の両手を引っ張り、溝からひきあげた。



「さぁ、おばぁちゃんがまってるよ。早く帰ろ」



不安そうな顔をした晴美の手をギュッと握り締めて、道子はゆっくり走った。






道子の憂鬱





道子はちょっと憂鬱だった。



晴美はサイレンの音におびえる。昨日も、従兄弟の和君のもっていたオモチャの車の音に驚いた。和君が畳に車輪をこすりつけて、発進させた車は「ウーウー」とうなり音をあげて、晴美に向かった。すると晴美は泣きながら、押入れに入り、そのまんま出てこなかったのだ。おばぁちゃんが、なだめて押入れから出したが、しばらくは口さえ聞かない。



「こまっちゃうよ。晴美は来年は一年生になるんだよ。こんなんじゃ、学校へも行けないよ」



道子は晴美に言いかけたが、口には出来なかった。晴美の怯えは、道子の悲しみでもあったからだ。



 昭和二十年六月空襲警報が唸る中、晴美は母につれられて防空壕の中に入った。



「おかぁさん直ぐ戻るから、ここでまっててね」



言い残したまま、母は帰ってこなかったのだ。その時道子は学童疎開で、祖父母のいる地にいた。



しばらくして、おじぃちゃんの手にひかれて、晴美が田舎へやってきたのは、終戦2日目だった。道子は、その間の人の親切と晴美の心細さを思うと、切なさで一杯になるのだった。






氏神様





ある日、おばぁちゃんが言った。



「道子、晴美、氏神様の所に行こうかね。ここの氏神様は、悲しい思いを吸い取ってくれる力があると言われているんじゃ。ほんとに聞いてくれるかどうか、よぉ分からんけど、気はこころじゃ」



そういって連れて行ってくれた氏神様は、海辺の近くの小さな神社だった。入り口には、玉をくわえた狛犬が二匹、ちいさな祠をはさんで左右に鎮座していた。おばぁちゃんは、道子と晴美を自分の両脇に立たせ、祠に向かって、手をあわせることを、うながした。



でも道子は、手を合わせるだけで願いをかけなかった。なぜなら、疎開中、道子は毎晩神様に、『かぁさんに会わせて』と頼んだのに、聞き入れてくれなかったからだ。道子は、一生懸命いのっているおばぁちゃんと晴美の横顔を見ながら『聞いてくれる訳ないんだから』とこころで繰り返した。









忘れ玉



その夜、道子は考えた。

『ほんとうに氏神様っているのかしら?いたら、怒ってやるんだ』



翌日道子は、ひとりで祠までいった。

祠の前で、大声で言ってやった。

「おぉい、うじがみさまぁ。いたら、でてきてよ。なぜ、かぁさんを守ってくれなかったのよ」


すると ひとりの老人が、道子の前に現れていた。



白いひげをたっぷりたくわえた、見上げるほどおおきな老人だった。

「ヒッ」声をひきつらした道子に、その老人は優しい声で話し掛けた。



「わしは、この地の守り神じゃ。道子、かぁさんを死なしてすまなかったのぉ。戦争というバケモノは、誰の言う事も聞かん。とんでもない奴じゃ。けんどのぉ、この忘れ玉で、道子と晴美の悲しさと怯えは、消し去ることは出来るぞ」



そう言って、氏神様は、狛犬のくわえている玉を、道子の方へ差し出した。

「ほんと?晴美、サイレンこわくなくなるの?」



「そうじゃ。この玉にさわって、祈れば、戦争にまつわる記憶は、なくなってしまう。けれどじゃ、かぁさんの記憶も一緒になくなってしまうぞ。いいかな?」









道子の選択





道子は、ずっしり重そうな玉をみつめた。



しばらく考えていた道子だったが、顔をあげ、氏神様を見つめて言った。



「いらない!そんなの、いらない!かぁさんの事忘れてしまうなんて、やだ!」



叫びながら道子は胸に手をあてた。こみ上げてくる嗚咽を押さえようとしたのだ。

すると嗚咽のかわりに、涙がどんどん溢れてきた。



「わたし、わたし、かぁさんの事、沢山覚えていないのに。かぁさんの笑い声や、怒った顔、みんなみんな、小さくなっていってるのに。わたし、晴美にまだ教えてないもん。かぁさん色白で、背が低くて、いちにちでブラウス縫ってくれて、カバンだってなんだって作ってくれて・・・・かぁさんの卵焼きスゴクおいしくて・・・・悟なんてカァチャン取り替えっこしようなんて言って・・・・・いや!かぁさんの事わすれるなんて・・・・・いや!」



道子は、しゃがみこんで、押さえ切れない涙を、スカートで覆った。



「晴美のおもいでは・・・・・悲しいけど・・・・・・サイレンだけなんだよ。たったひとつの思い出を、わたせないよ!」



 氏神様は、うんうんと頷いて、泣きじゃくっている道子の頭に手を置いた。そして、まもなく姿を消した。















平成二十七年八月





 八月十五日。今年も終戦記念日がやってきた。今年七十三才になった晴美は、三歳だった終戦時を、思い起こそうとした。だが戦争の記憶はほとんどない。母を奪った憎い戦争なのに、思い起こせる事はひとつだけだ。



そうだ、夏休みに遊びにやってきた孫達に、話して聞かせよう。面白くない顔をするだろう。でも戦争を憎むこころを感じて欲しいから、話してやろう。

「おばぁちゃんが小さな頃ね、工場のサイレンがなるたびに、不安になったの。こころぼそくて、こころぼそくて、・・・・・・・・・・・・」