エッセイ 「でまかせ」 | ちっぽけもんのブログ

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でまかせ

その日夫は、少し酔って帰ってきた。結婚して1年半、仕事が終わればすぐに帰宅する夫だった。めずらしい事だ。

いつもは「家で、こうしてゆっくり飲むのが、一番いいや」といいながら、テレビのサスペンスドラマを見ながら、チビリチビリとお酒をのむのが常だった。


その日は、私にとって辛い日であった。先日からの妊娠の兆候で、意を決して私は病院へ向かった。なんの不安も持たず、でかけた。それなのに、突如、医者から宣告された言葉は「手術」。


卵巣が異常に大きくなり出産は無理なので、切除するという。両方切除の可能性が強いと宣告された。いま芽生えている生命も、大丈夫を言う保証はないと云う。思いもよらない現実に、考えがまとまらなかった。むやみに涙が流れてきた。 


 夫はどう思うのだろう、普通に子供をもてないかもしれない現実に、どう反応するのだろう?私は自分の体のことや、手術の恐ろしさより、そちらのほうで、頭が一杯になってしまった。


 ほろ酔いで帰ってきた夫は、「軽く飯」と言った。辛い話は、御飯の後にすることにした。彼はおなかも膨れ、気持ちのよい満腹感と酔いでゆったりしていた。


 話をし終わった私をみつめて、夫はしばらく考えていたかとおもうとすぐに、顔をあげニッコリ笑った。

「二人だけの生活も、ええんとちがうか?楽しいぞ」 


 彼の言葉に、どれだけ私は救われたか。手術・出産をおえるまで、医療にも助けてもらったが、何よりも夫の言葉にたすけてもらった。


 生まれたばかりの長男を二人でみつめながら、私はあの言葉の礼を言った。

「そんなこと、俺が言った?おぼえてへんなぁ。酔ってたから、口からでまかせや」


そういう事にするには、かれの言葉はぎこちなかった。