私が子どもの頃、とても欲しかったけれど買ってもらえなかった物がありました。
それは学習机です。
 
キャラクターモノのデスクマットが敷かれ、目の前には存在感抜群の本棚があり、横にはランドセルが掛けられたり、高さの変えられる椅子がセットになったりしている、そんな子ども用の机です。
 

 

 

 

自分の城のような学習机を幼い私は欲しいと思っていましたが、当時の我が家には既に立派な学習机がありました。

それは大学教授の祖父がかつて使っていた、重厚な木製の事務机です。

 

手元には引き出しがあり、足元にはワゴンがあり、そういうところは普通の学習机と同じでした。よくある学習机との一見した違いは目の前の本棚が無いこととくらいです。

 

しかし細かいところで、たとえば子ども用の学習机にありがちな無駄なメカチックさ…棚をあれこれ動かせたり、見えないところにポケットがあったり、デスクライト用のコンセントが付いていたりというような、そんな余計な飾りが一切無いのが、祖父の机の特徴でした。

 

 

大人になった今見るとその趣ある机の魅力も分かりますが、昔の私は趣よりも「ごちゃごちゃと色々付いた机」が欲しいと思っていました。

 

しかし、そう裕福では無かった我が家でしたから、私も父に新しい机をあらためてねだることはしませんでした。

 

机が欲しい。

おじいちゃんのがあるよ。あれを使ったら。

分かった、じゃあそれで。

 

そんな僅かな会話で全てが終わったと記憶しています。

 

 

 

 
大学受験も終わり大人になると、自分が机を欲しがっていたことなどすっかり忘れてしまっていました。
 
むしろ、家具を買うのはできるだけ控えたい、捨てる時に邪魔になるような大物は買いたくない、とそんな頭でいましたから、現在の家を5年前に建てた時も、机がいるような場所には造り付けのカウンターを付けてもらいました。
 
 
そうすることが最も合理的で無駄のない家づくりに繋がると考えていたのですが、自分の部屋を欲しがるようになった我が子を見て私は急に思い出してしまったのです。
 
「自分の学習机が欲しかった」という昔の気持ちを思い出し、息子に好きな学習机を買ってやりたいという強い気持ちが突然に芽生えました。
 
 
しかし我が家の子ども部屋には、既に造り付けのカウンターがあります。
勉強机として機能するように取り付けたもので、コンセントもあるし、すぐ横には本を置ける棚もあり、逆に言えばその部屋に、もう大きな学習机を置く余裕は無いのです。
 
息子はあの部屋の、既にある造り付けの机に満足してくれるでしょうか。
 
「僕も皆のような学習付けが欲しい」ともし言われてしまったら、私は自分自身も机を買ってもらえなかった記憶と相まって、とても悲しい気持になるでしょう。
 

 

造り付けのおかげで新しく家具を買わなくて良いし、処分にも悩まされないという金銭的なメリットは確かにありました。

しかし「自分の学習机が欲しい」という欲求を満たすすべはもはや永久に無くなりました。

 

子どものためか自分のためか分かりませんが私は、子ども部屋にカウンターなんて付けなければ良かったと思っています。

どうか息子は同じ思いをしませんようにと、イオンの学習机コーナーを通る時は彼が興味を示さぬよう、いつも足早に通り過ぎています。

 
 
 
 

 

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