その昔、私は小さな手帳を持ち歩いていました。きちんとした家計簿をつけていなかった代わりに、その手帳にちょっとした日記めいたものと、その日に使ったお金の額をメモしていました。

それがプライベートな手帳であるという認識は無く、あくまで家計簿の延長のような扱いでした。誰に読まれても構わないもので、そこに書かれた私の一言日記が面白かったらしい主人は、時々勝手に手帳を開き、中を読んでは笑っていました。

 

何にいくら使ったかを細かく書いていると、後々それを見返したときに、その日の自分の行動が大変リアルに思い出されます。あの美術館に行った後、突然雨が降ったからダイソーで傘を買ったんだった。そういう些細な諸々は写真や日記にはなかなか残らないもので、「お金のメモ」だからこそ蘇る思い出というのが、確かに存在します。

 

 
 
 

さて、結婚して3年ほど経った頃、主人と二人で旅行に行ったことがあります。リゾートホテルに宿泊し、夜は美味しいステーキを食べたのですが、その時に主人はサプライズプレゼントとして指輪を用意してくれていました。小指につける「ピンキーリング」と呼ばれるもので、結婚指輪の邪魔をしないシンプルなデザインで私はとても喜びました。

 

主人との旅行でも相変わらず私は、昼食や夕食、お土産などに使ったお金を全て手帳にメモしていました。

ここで困ったのがサプライズでもらった指輪の金額です。思い出代わりのお金メモとは言いながらも日々細かく記録し続けていた結果、自分が把握した出費については漏れなく記さないと落ち着かない気分になっていました。

 

 

我が家は、私と主人、財布が同じです。二人して稼ぎ、給与口座は別であっても一つのお財布と考えて、そこから自由に使うというスタイルでした。

サプライズで貰った指輪も間違いなく二人で稼いだお金から支払いをしているはずで、勿論それで良いのですが、プレゼントを貰った喜びとはまた別問題として「家の支出」としてのメモを残しておきたい気持ちが私には強くありました。

 

この指輪、一体いくらしたのだろう。キラキラした小さな石が沢山ついた、エタニティタイプのリングです。雑貨屋なら5,000円いかない程度だろう。しかし宝石店なら数万円はするだろう。赤い小箱に入っていて、確かに保証書もついている。しかし最近は、雑貨屋でもこの手の指輪は売っている。これは……さっぱり見当がつかない。

 

手帳には嘘偽りない数字を書きたい。この指輪だって、ズバリの金額を書きたい私です。自分が予想した金額がもし大きく外れていたら、それはそれで落ち着きません。苦渋の選択として私は、指輪の値段として「プライスレス」と書いておきました。

 

 

 

 

 

 

そんなことを書いたのもすっかり忘れたある日、主人がなにやら一人でくすくす笑っています。何事か振り返ってみるとそこには開かれた私の手帳がありました。

「プライスレスって面白いね。」

主人が笑いながら言いました。サプライズで指輪をくれた日に私が書いた日記を、彼は読んでいました。

 

穏やかに笑う主人とは対照的に、私は引きつった笑顔で返しました。よかった、助かった。あの指輪が5千円なのか5万円なのか分からず困った当時の私、とりあえず間をとって「3万円位?」なんて手帳に書いていなくて本当に良かった。

 

サプライズプレゼントを値踏みされたと知ったらさすがの主人も怒ったでしょう。私の人格も疑われたかもしれません。あの時私が頭の中でどれだけ品の無いことを考えていたとしても、残ったのは「プライスレス」という優しい言葉だけです。

 

私の結婚生活はこういう綱渡りの連続です。一歩踏み誤れば信頼は損なわれ、夫婦関係は奈落の底へ。ケチで品の無い女が普通の結婚生活を送るには、それなりの努力をしながら色々なことを装ってみせる必要があるのです。

 

 

  

 

 

 

 

 

★ランキング参加中★

にほんブログ村 その他生活ブログ 家計管理・貯蓄(30代)へ
にほんブログ村