今日はバス無しで、ホテルから歩いて松本城へ。
普通の人の足で片道15分。心配な男性は、倍の時間がかかるだろうし、お城の急な段差は登らないだろうなあ。それでもお城までは案内したいし、タクシーを使おうか。。。と、考えていたら眠れなくなってしまった。
でも集まってみたら、心配な方は、沢山歩けないから今日はお休みします。と、メンバーに告げられていました。明日の出発時刻とその方用に作った町の地図とホテルの名前を書いたものを、お買い物から帰ってきたので、手渡しできました。
出発。残存天守と国宝天守。一番古いのは犬山城。松本城は2番目に古い。お堀で写真を撮ってから、歩くスピードが違うので、それぞれで天守に登り、その後も全てフリータイム。石井味噌訪問を予約したゲストは、それぞれ14時半に石井味噌へ。
80歳のゲストも頑張って登られました!
私は、1人で国宝の旧開智学校へ行ってみることに。お城の裏側に回り込むと近い。現在の開智小学校は、立派な校舎、広い校庭、桜が満開でした。
奥にあるのが移築された旧開智学校。
日本で初めて西洋建築を真似して日本の大工さんが建てた擬似西洋建築、と、言うそうです。
2階のバルコニーは形だけ。外に出られない作り。天使の様な飾りがあるけど、おじさんみたい。階段の柱はお寺から。この方が棟梁。
当時は建築材が無くて、廃仏毀釈が行われていて、壊されたお寺から持ってきた材料が使われました。床の木。お寺の欄間がドアに取り付けられています。
発足当初はそんなに人数がいなかったのに増えて増えて男子生徒1500名、女子1000人いた時代もあったそう。当然教室は生徒が入れ替わって使っていた。驚きの証拠写真!
昔の教科書もありました。寺小屋みたいに一人一人の教育から、一斉に行う授業に変わり、教科書が大事。でも買えない生徒もいるので大きなサイズも作られた。また、当時は貧しい家の子は子守に出されていて教育の機会がなかったので、子守を受け入れ、卒業生からは感謝の手紙が送られていた。
教育の変遷、興味深かったです。
この作りの学校は贅沢だ、壊して建て替えなど意見もあったが次第に、保存しようという世論に。
そして国宝に指定されたそうでした。
ホテルに帰る道道、街に国宝の建物が二つもあるなんで凄いなぁ。。。
ホテルに戻ると、今朝お休みしたゲストがフロントに。疲れが出ていたので眠れたそう。そして今度はお買い物を沢山したので、本国に送りたいと。郵便局から送るそうでした。
明日の予習をしていたら、天気予報は雨!
春の高山祭り。楽しみにしていたけど、雨だと屋台が出ないのかな。
明日も頑張りましょう!